4 オフ会
駅から出たヒナはスマホを確認する。画面にはオフ会の料理店であり待ち合わせ場所でもあるチェーン店までの道順が表示されていた。
(この道をまっすぐ行って、あそこの信号を渡ったら右へ行って……)
ゲーム内のチャットで事前に言われていたことでは、駅からオフ会場所までは歩いて五分ほどの距離らしい。いまは手前にある雑居ビルのせいで見えないが、信号まで行けば料理店の入口が見えてくるのだろう。
(あ、そうだ、帽子帽子っと)
互いにゲーム内の使用キャラの姿は知っていても、現実での顔は知らない。事前に顔写真を送ったらどうかという意見もあったが、それは実際に会ったときの楽しみにとっておこうということになっていた。
そのため、誰がオフ会のメンバーであり、どのキャラのプレイヤーなのかを判別するための方法として、それぞれが目印を身につけてくるということになった。ヒナは家にあった赤色の野球帽で、バトルマスターの少女キャラが金髪ポニテ風で短めのウィッグ、ガタイの大きなパラディンの男キャラが白い顎ひげのつけ毛で、賢者の男キャラが牛乳瓶の底のようなメガネだった。
(あったあった)
トートバッグから野球帽を取り出して、ヒナは頭にかぶる。年ごろの他のクラスメイトの女子達はもっと小さくて可愛らしいバッグを使っているらしいが、ヒナは自分には似合わないと思って、また実用性も兼ねてこの地味なトートバッグを使っていた。
(……やっぱり、もっと可愛いバッグにすれば良かったかな? 服も……)
思わずバッグと服を見下ろして思ってしまう。せっかくのオフ会なのだから、もっとおしゃれにすれば良かったかなと。不慮の出会いではあるが、クラスメイトの由仁重護と出会ってしまったことも、その思いに多少関係していた。
(せっかく由仁くんと会ったのに……)
後悔していないといえば嘘になる。だがしかし、ヒナは首をぶんぶんと横に振って、落ち込みそうになる気持ちを振り払った。
(うぅん、過ぎたことはもう仕方ないから忘れよう。それよりいまは、このあとのオフ会を楽しまなくちゃ……っ)
そうやって努めて自分を励まして、ヒナは道を歩き始める。信号まで到着し、青色だったそれを渡った先に目的の料理店が見えてきた。
まだ少し距離があるので顔は判然としないが、白ひげをつけた体格のよい男性と牛乳瓶の底のようなメガネの人物が視界に入った。向こうもヒナに気づいたらしく、メガネの人物がぴょんぴょんと跳びはねながら手を振ってくる。
(え、ロングスカート……⁉)
白ひげの男はシャツを着ていて、そのシャツの下から鍛えられた大胸筋が分かるくらいだった。しかしメガネの人物は……女性向けのロングスカートを着ていて、長い髪を後ろでまとめていた。
思わず立ち止まってしまったヒナに、メガネの女性が駆け寄ってきて手を握る。
「貴女、ヒーナさんでしょ! やっぱり女の子だった!」
「え⁉ もしかしてホーマさんですか⁉ 女の人だったんですか⁉」
「うん、そう。そんなにびっくりされると私のほうがびっくりしちゃうなぁ」
てへへと女性が自分の後頭部に手を当てる。それから思い出したように、体格のよい男へと振り返りながら。
「あそこにいるおじさんがパラディンのカーンよ。『ユートピア』とほとんど変わんないからすぐに分かっちゃった」
「誰がおじさんだ⁉」
カーンと呼ばれた男が白ひげをビリッと取り外す。三十代半ばくらいの顔が現れたが……女性が言うようにゲーム内のキャラとあんまり違いがないように思えた。
あははと笑ってから、女性がもう一度ヒナに向く。
「これであとはニーユさんだけね。早く来ないかなぁ。実はカーンとどっちが合ってるか話しててね」
「合ってる?」
「そ。ニーユさんは男か女か。私は男だと思うって言ってんだけどねぇ」
カーンと呼ばれた男性が言ってくる。
「女に決まってんだろ。あんなに可愛い子が男なわけがない!」
「見た目だけじゃん? カーンってばバビニク知らないの? いまどき珍しくないわよ。私だって『ユートピア』ではTSしてたし」
「お前とニーユさんは違う!」
「ま。来れば分かるわよ」
女性がやれやれと肩をすくめる。ヒナはまさかと思っていたが……。
そのとき、ヒナがやってきた道のほうから駆ける足音と息せき切った声が聞こえてきた。
「すみません! つけ毛をつけるのに手間取ってしまって……!」
聞いたことのある声。それもついさっき聞いた声。まさかと思ってヒナが振り返ると、そこにいたのは……。
金髪の短いウィッグをポニテのように頭の後ろにつけて、両膝に両手を置いて肩で息をするジュウゴがそこにいた。
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