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腑に落ちない日々②


 久し振りに聞く妹の声だ。

 「えっ、なに?何かあったのかい?」

 「何かって何。違う違う。あのね、そういう知らせじゃないんだわ。こっちはみーんな元気だよ。まあ 就職したっきり4年も帰郷してないんじゃあそう思うのも無理ないか。」

 「うるへい。兄は忙しいの。じゃ何の用?こーんな夜中に」

 「なんもなんも。ただちょっと、さぁ」

 歯切れの悪い妹のテンポにイヤな予感がする。

 「何よ」

 「やー、来週東京に行くんだけど、そっちに泊まらしてもらってもいいかい?」

 ああなんだそういう用件か。ちょうど今一人だし別に構わないけど。と思いながら、そういえば妹や家族に彼女と同棲していた事を言っていなかったのを思い出した。だがこの先もう復縁しそうもないし、面倒なのでこのまま黙っておくことにした。

 「まぁ、住み着くんでなければ構わないよ」

 「良かった~。あとで詳しい行き方のメール送っといて。じゃ」

 一方的に電話を切った妹に、章一郎はなんだかなぁと思いながらもまあいいやとすぐに忘れてベッドに倒れこんだ。眠気とだるさに勝てるものなどこの世にない。


 翌日。住み慣れた「ライフダイブ」編集部とは別フロアにある「白夜」編集部へ向かうと、皆が温かいまなざし出迎えてくれた、などという事はなく。

 「こんにちわー。この度『ライフダイブ』から異動してきましたー、礼柩舎章一郎と申します。あ、入社四年目の二十六歳です。どうぞよろしくー」

 朝礼でダラーっとあいさつをした際に編集部の面々を見渡すと、皆一様に暗い顔で自分を見ていることに気付いた。当たり前だが歓迎はされていないようだ。違う部署とはいえ自分のダメ社員ぶりは大なり小なり耳にしているのだろうか、と章一郎は思った。章一郎は人の機微にはまるで疎いが、自分のダメなところはちゃんと認識している。認識しているのにそれを直す気がないのが一番の問題だ、とは和輝の(げん)である。

 朝礼が終わると窓際の与えられた机に戻って自分の持ち物を広げ始める。朝早く出勤して定刻前に仕事の準備を済ませておくなんてことは入社以来した事がない。おおきなあくびをしてからウ~ンと伸びをしていると、斜向かいの席の男が美味しそうにお菓子を口に運んでいるのが目に入った。隣の席の男は冗談が通じなさそうな他のメンバーと違って人懐こそうだった。いささかまんまる過ぎる顔の輪郭に、眼鏡がきつそうにかかっている。まじまじと見る章一郎の視線に気付いて男は話しかけてきた。

 「ボクは山本誠治。よろしく。えーと、レイキュウシャ君?変わった名前だね。お葬式の車みたいだね」

 幼少時から何度も何度も言われてきた文句を吹きかけられて、慣れているが多少うんざりした顔をしてしまった。章一郎は愛想笑いが少し苦手だ。そんな章一郎に気にすることなく山本は白夜での基本の仕事の流れを手短に教えてくれた。あと何か他に分からないこととか、聞きたいことはないかと言ってくれたが、正直教えてくれた事の半分はよく分からずに相槌だけうってしまった。章一郎はそれより気になっている事があった。

 「あのー、今回のこの人事は、何かワケがあるんですか」

 「ああ、うん。人事ね。――、ウチのエースの滝沢さんが病気で倒れられてね……。それで」

 山本は歯切れの悪い言葉に、しきりにペンを回して落ち着かない様子だ。明らかに何かを言い淀んでいる。

 「まぁ、あとで編集長かデスクからなにかしら話があると思うよ」

 それだけ言うと山本は会話のシャッターを下ろすように自分の仕事を始めた。


 その日の午後、章一郎が慣れない白夜編集部に早くもライフダイブが恋しくなってしまうより前に(そもそも章一郎はそんなデリケートではないが)編集長から呼び出しがかかった。白夜編集長の鬼島俊介は若いOLが「素敵なオジサマ」と目を輝かせそうな外見の持ち主である。実際、入社して四年の間に鬼島の社内外での浮いた話が章一郎の耳にも入っていた程だ。堀の深い整った顔にロマンスグレー輝かしく、品の良いスーツの袖から高そうな腕時計が覗く。

 「礼柩舎章一郎君、急な異動で悪かったね」

 「いえ、構いません」

 「今回は、君の仕事ぶりを評価しての異動なんだよ。私の打診でね。ははは」

 章一郎はやや引き攣った顔でそれは面白い冗談ですね、と肩を落とした。編集長たっての希望でというなら、さらに意図が見えない。雑誌の編集者などという職業に就いておきながら、章一郎はお世辞にも文章力や読解力があるとは言えない。普段読書すらしない。ライフダイブ編集部内においては「なぜ礼柩舎は入社できたのか」が部内七不思議のひとつに数えられていた位だ。和輝にも日々そのことをつっこまれていたが。与えられる仕事は専ら情報収集と雑務。そんな自分が文芸誌に引き抜かれるなんてどこをどう考えてもおかしいと章一郎は思う。そんな心境を正直に鬼島にぶつけてみようかと口を開きかけた時、相手の方からとんでもないデッドボールが飛んできた。


 「君には、藤原鉄線の担当に就いてもらおうと思ってね。」


 ああ、自分は今とんでもなく阿呆な顔をしているだろうな、と章一郎は他人事のように思った。




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