第7話「刃は想いを映す」
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音が消えた。
いや、消えたように感じただけだ。世界が異様に静かに、鈍くなっていた。
遠くで誰かが叫んでいる。斥候部隊の撤退を伝える声。だが、それも水の底で聞くように、ぼんやりとしていた。
俺は、剣を握りしめていた。
ユリスの剣だ。さっきまで彼が使っていた、それを握る指に、震えはなかった。
熱はある。息も上がっている。傷もいくつかある。なのに、恐怖はなかった。
あの瞬間――彼の死の直後から、俺の中で何かが変わっていた。
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敵が残っていた。
斥候部隊の一部が、後方から回り込んでくる。俺のすぐ近くに、二人。
その動きが見えた瞬間、体が勝手に反応した。
一歩、前に出る。
剣を――鞘に収める。
自分でも意味が分からなかった。が、迷いはなかった。
次の瞬間、剣閃が走った。
柄にかけた手が、自然に動いた。意識よりも早く、刃が空を裂いた。
その動作に無駄はなく、迷いもなく、何よりも美しかった。
敵の喉元に、切っ先が突き刺さる。
音もなく、血が噴き出す。だが、俺の心は静かだった。
もう一人の敵が剣を構える。
斬りかかってくる動作、その“わずかな溜め”が見えた。
呼吸。重心。視線の揺れ。
すべてが、読めた。
そして、またも一歩。踏み込む。
足音を殺し、踏み込みと同時に、斜めに切り払う。
喉ではなく、肩口から胴を斬る。
防がれない。反応されない。そのまま敵は沈んだ。
◆
気がつけば、敵影はなかった。
斥候たちは撤退を始めていた。
俺の周囲には、血と泥の匂い。そして、二つの死体。
誰も見ていなかった。
この“技”が、俺のものではないことも、
この刃が“想い”を宿して動いたことも。
でも、俺は知っている。
今の動きは、俺のものじゃなかった。
あれは――ユリスの剣だった。
◆
俺は、剣を握りしめたまま、深く息を吐いた。
胸の奥が、焼けるように熱かった。
これが“強さ”なのか。
誰かの死を背負って、得たもの。
……違う。
これは、“生き残った代償”だ。
俺は、生きるために、ユリスの死を使った。
そう思った瞬間、胃のあたりが重くなる。
罪悪感。悲しみ。けれど、体は確かに動いた。
そして今、俺は生きている。
◆
ふと、耳の奥に、声がした気がした。
> 「生きろよ、アシュレイ」
錯覚だ。幻聴だ。分かってる。
でも俺は、頷いていた。
その言葉に、答えるように。
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