表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦乱の世、死を背負う者、何を成す。  作者: せいや
第1章「死の匂いに慣れる頃」――死をただの終わりにしない者の、最初の一歩――
6/71

第6話「ユリスの記憶」

---


 目を閉じると、別の誰かの人生が流れ込んでくる。


 それは夢とも幻ともつかない、けれども異様に鮮明な“現実”だった。


     ◆


 空が曇っている。


 冷たい雨の中、濡れた木箱の上に腰を下ろす少年――ユリス。


 赤い土の地面、崩れかけた家、焼けた柱の匂い。


「お兄ちゃん今日は何してあそぶの?」

と後ろを鴨の子みたいに引っ付いてくる最愛の弟の声はもうどこにもなかった。ただ…ただ、焼け跡にぽつんと座り込んでいた。


 誰も来なかった…誰も助けてくれなかった。


 あの時、世界から拒絶された気がした。


 でも、それでも彼は泣かなかった。泣いたところで、何も変わらないと、知っていたから。


 その夜、彼は焚き火の前で震える手で剣を握った。


 訓練場では笑われた。動きが鈍いと罵られた。だが彼は黙って耐えた。


 「強くなれば、きっと次は守れる」

 それが、彼の願いだった。


     ◆


 次に見えたのは、兵舎の風景。


 俺――アシュレイが、初めて野営地に来た日のことだ。


 無表情のまま、誰とも目を合わせなかった俺に、ユリスは声をかけてきた。


「お前、何考えてるか全然わかんねえけど、なんか気になるんだよな」


 それが、最初の言葉だった。



ある日の訓練中。


「なんで俺にかまうんだ?」

「なんでって、そうだなぁ…なんかお前、死んだ弟に似てるんだよ、雰囲気がさ!」


 剣の重さや、干し肉の味、戦場の空気。


 ユリスが感じていたすべてが、皮膚から、骨から、血の奥から、俺の中にしみ込んできた。


     ◆


 彼はずっと、笑おうとしていた。


 不器用で、口下手で、でも誰かを元気づけたくて。


 だからこそ、怖くても、悲しくても、冗談を言い続けた。


 そんな彼が、最期の最期に言った言葉が、心に焼きついている。


> 「お前が、生きててくれたら、それでいい」




     ◆


 俺は、目を開けた。


 そこは、戦場だった。まだ煙がくすぶり、死体の山が積まれていた。


 膝の上には、ユリスの剣がある。


 握った瞬間、その重さに“想い”が込められているのが分かった。


 刃の形も、柄の感触も、以前とは違う。


 それは、“彼の剣”が“俺の剣”に変わった瞬間だった。


     ◆


 俺はまだ、何が起こったのか分かっていなかった。


 ただ、彼の想いが、俺の中に確かに残っていること。


 それだけは、痛いほど理解できた。


 呼吸を整え、立ち上がる。


 目の前の世界は、相変わらず泥と血にまみれていた。


 だが、その中にひとつだけ、変わったものがある。


 俺の足元に、彼の想いが宿っている。


 それは、もうただの“死”ではなかった。



---

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ