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戦乱の世、死を背負う者、何を成す。  作者: せいや
第1章「死の匂いに慣れる頃」――死をただの終わりにしない者の、最初の一歩――
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第4話「大戦の足音」

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 その日、野営地の空気は少しだけ違っていた。


 兵士たちの声が少し低く、歩幅がそろわない。誰もそれを言葉にしないが、空気が揺れているのを、全員が肌で感じていた。


「斥候、また戻ってねえらしいぞ」


「第六陣営の兵、三十人近く減ったって噂だ」


「帝国が動くって、ほんとか……?」


 それは、焚き火の周りや兵舎の影で交わされる、**“死の足音”**だった。


     ◆


 アシュレイは、荷運び任務を終えた帰り道に、兵舎裏の土壁に寄りかかって座っていた。


 濡れた靴の中で足がずっと冷たい。もう感覚もない。けれど、今はその不快さの方が落ち着いた。


 頭の中がざわついていた。


 さっき、物資班の兵が言っていたのを耳にした。


「帝国の先鋒部隊が、国境砦を抜いたらしい」


 ──それが本当なら、この前線も、すぐに主戦場になる。


 そうなれば、アシュレイのような下層兵が最初に送られる。


 死体の山を築いて、敵の勢いを削ぎ、それでようやく本隊が動く。


 そういう順番だ。


     ◆


「やっぱり、来るんだな。戦争ってやつが」


 ユリスが、どこからともなく現れた。


 いつも通り、果実の皮を剥いている。どこで仕入れてくるのかは聞かない。たぶん、聞いたらまずい。


「アシュレイ、お前さ。こういう時、怖くならねえの?」


「……ならない」


「嘘だな。目が言ってる。ビビってるって」


 アシュレイは黙った。たしかに、心は静かに騒いでいた。


 心拍がほんの少しだけ早く、体がわずかに硬直している。


「けど、ビビるってのは、死にたくねえってことだろ。いいことだよ。俺なんて、怖くてたまんねえ」


「……」


「だからさ」


 ユリスが果実をぽんと投げて、アシュレイの胸に当てた。


「俺が、お前の“死んでほしくない奴”になってやるよ」


 アシュレイは、しばらく黙っていたが、やがて果実を拾い上げ、口元にだけ小さく笑みを浮かべた。


「……お前、変わってるな」


「そう言われ慣れてる」


 ユリスは、片目だけを細めて笑って見せた。


     ◆


 その夜、兵舎の端で、伍長たちが密かに会議をしていた。


「本部は、前線を“盾”にする気だな。ここの陣営ごと、捨て駒に」


「だが命令は撤退不可。馬鹿げてる……」


「第七方面隊は“最初に削られる”ってのが、ここだけの噂だぞ」


 兵士たちは、その会話を聞かぬふりをして寝たふりをした。


 言葉にした瞬間、それは現実になる。だから誰も喋らない。目を閉じ、ただ時間が過ぎるのを待った。


 だが、アシュレイだけは、その会話が胸に刺さって抜けなかった。


     ◆


 翌朝。野営地は異様な静けさに包まれていた。


 湿った地面。空気に漂う鉄の匂い。


 ふと、どこかで鳴った鉄の擦れるの音が、ひときわ大きく聞こえた。


> “何かが起こる”――そう確信できるほど、世界が重たかった。





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