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 “温泉庭園”での一日を皮切りに、それからの私たちの日々は、女二人、遠慮なしに華やかなものに色付いていった。

 旅行に行ったり、野外フェスに行ったり、気の向くままにショッピングで爆買いをしたり。思いつく限りの豪遊を試した。もちろん、私の仕事が休みの週末に限られているけれど、土日の二日間を恋人以外の誰かと遊び尽くすのは初めてで、純粋な楽しさに身も心も癒されていった。

 旅行中、観光先で遊覧船に乗った時に、潮風に靡く髪の毛を押さえながら、二人の新しい生活に思いを馳せた。


「風が気持ちいいー! あ、あんなところに島が見える」


「本当だ。人住んでるかな?」


「いやさすがにいないっしょ。なんなら二人であの島で暮らしてみる?」


「ふふ、それもありかも」


 幡ヶ谷三丁目なんていう狭い枠の中から飛び出して、二人きりの島で自由気ままに暮らしてみたい。

 カオルと一緒なら、どこで何をしていても水晶玉のように日常が煌めいていく。

こんな日々がずっと続けばいいのに。もう彼氏なんていらないかも。結婚も、しばらくはしなくていいな。風は強いけど、船はゆっくり進んでいた。近くを飛んでいたカモメが、観光客が投げたかっぱえびせんを嘴でキャッチする。翼があるっていいなって思っていたけれど、翼がなくても進めるのは素晴らしいことだ。やがて船が停泊所に停まる。楽しかった。全身で受けた潮風が髪の毛にまとわりついてベタつくのさえ気にならなかった。




 そんなこんなで毎週全力で遊び尽くしていた私たち。

 共同生活を初めて一ヶ月、ちょうど月末にお給料が振り込まれると同時に、私は三十歳になった。


「来月のクレジットの支払い……げ」


 いつも給料日にクレジットカードの支払いに必要なお金を避けておくのだが、スマホでクレジットカードのアプリを開いて、私は絶句する。


「二十万円……」


 嘘だろう、と疑う気持ちと、カオルと過ごした万華鏡のような休日が頭の中を駆け巡った。

 普段なら五万円も行かないクレジットカードの引き落としが二十万。

 でも、嘘じゃない。

 だってあんなに豪遊したのだから、とすぐに理由が分かってしまう自分がいて、身震いした。


「流石に遊びすぎたか……」


 カオルがいると楽しくなって、つい。

 女二人の生活を、何も考えずに最大限謳歌してしまっていた。

 その日、帰宅した私はカオルに「我が家の財政について」と話を持ちかけた。


「ざいせい? ああ、お金のことか。どうしたの?」


 くりりとした瞳を向けてくるカオル、私は現実を突きつける。


「引き落とし二十万。そのうち二人で使った分が十五万だから、七万五千円ずつ折半でいい?」


「七万五千円……」


 異国の呪文のように繰り返すカオルの表情が、一気に固くなるのが分かった。


「ごめん日波、支払い、来月でもいい……? まだ働き口が見つかってなくて」


 そう。カオルはまだ就職ができていない状態だ。日々のお小遣いについては在宅ワークを見つけて稼いでいるみたいだけど、ほんのわずかだ。分かっている。だが、さすがに日波もこの大金を「来月に」と言われて、黙っていられるほど余裕はなかった。


「えっと、貯金は? とりあえず貯金からおろしてほしいんだけど。光熱費もいつもより高くて困ってるの」


「うん、そうだよね……平日私が家にいる分上がってるよね。でも本当にごめん! いま貯金もなくて……。ずっと海外にいて、向こう

で貯金もできてなかったから。絶対来月までには働き口見つけて利子付きで返すから。お願いちょっとだけ待って!」


 両手をバチンと合わせて申し訳なさそうに頭を下げるカオル。貯金がないことは本当に驚いた。まさか、一銭もないの……? それなのにシェアハウスをしようとうちに上がり込んできてカオルの神経が、理解できなくなる。

 だが、ないものはないのだからどうしようもない。必死に頭を下げて謝るカオルに、私はこれ以上追及する気になれなかった。


「……分かった。一ヶ月だけね。一ヶ月分は利息なしでいいよ。それ以降はきちんと払ってもらいます」


「ありがとう。ちゃんと就職先探すから、本当にごめん」


 いつも底抜けに明るいカオルがしょぼくれた表情を見せるから、きっかけをつくった私の方が調子が狂う。ひとまずご飯でも食べようと冷蔵庫を開けると、中に入っている箱に気がついた。


「これ、ケーキ?」


「うん。日波、今日誕生日でしょ。三十歳、おめでとう」


 クレジットの支払いができないのにケーキは買えるのか——そんな意地悪な感情は浮かばない。ただ純粋に、祝ってくれることが嬉しかった。


「ご飯はいつもどおりスーパーで買ってきたものだけど……よかったらこれ」


 日波の隣にやってきたカオルが冷蔵庫から取り出したのは、箱入りのピザだった。スーパーで手作りされたものだろう。私にとってはご馳走だ。ピザを目にしてくうとお腹が鳴った。


「カオル、ありがとう。いただきます!」 


 支払いのことは気になるけれど、それはそれ、これはこれ。

 嬉しそうに頬を上気させるカオルと共に、その日はピザにケーキに、大好きなものをたらふく食べて、身も心も満たされた。

 お金の問題はまた明日から考えよう。

 恋人ではなく友人に祝ってもらう誕生日もたまらないな、とひっそりと胸を熱くした。


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