85.お風呂はどっちに入るか
いきなり僕を連れ去ったのは、人間が使う召喚魔法だった。説明されて、聞いたことがあると頷く。歴史のお勉強で出てきたよ。よその世界から、勝手に勇者を攫って来る酷い魔法だ。
魔法は便利だけど、ちゃんとルールがあるのに。相手の都合も聞かないで連れてくるのは、マナー違反だった。それに召喚魔法は片方にしか作用しないから、お家に帰れなくしちゃう。そんな魔法が残っていたら危険だよ。
僕はたまたま同じ世界だったからいいけど、他の世界から呼んだり呼ばれたりしたら、帰れなくなる。怖くて泣きそうになった。でも大人になったから我慢できる。ぐっと堪えて鼻を啜ったら、皆がハンカチを出した。ふふっ、僕の鼻は一つなのにね。
ヴラドのおじさんが人間を追いかけて、もう魔法を使えないようにしたと教えてもらった。安心だね。今回は魔力が足りなくて、同じ世界にいる僕を召喚したみたい。その辺の状況は、お母さん達もわからなかった。召喚魔法って、人間しか使えないの。
魔法ごと捨てたから、僕が勝手に連れて行かれることはない。ディーの背中に乗って帰った。お父さんの背中にはお母さんがいるし、魔力を使いすぎたアガリはバラムが乗せて帰る。
せっかく海の近くに来たので、お魚も捕まえて帰ることにした。フィルは水竜だから上手にお魚を追いかける。ぽんと尻尾で弾いて、上で待ってる僕の方へ投げるの。収納の口を作って、お魚を受け止めた。
これなら海水が入る心配はないね。お魚をたくさん獲ったら、皆で並んでお家へ向かう。大きなお城は森の中ににょきっと生えていて、ディーは高く飛んだ。上から見ると針がいっぱいに見える。急に角度を変えて、まっすぐお城の裏庭に突っ込んだ。
降りたディーは僕を背中に乗せたまま、横へ移動する。直ぐ隣にバラム、お父さんが舞い降りた。避けないとぶつかるところだったね。
「さあ、お風呂に入って夕食にしよう」
お父さんの掛け声で、二つに分かれる。女の人と男の人は、別々にお風呂に入るんだ。僕は最近、お母さんじゃなくてお父さんと入っていた。
「今日はこっちにいらっしゃい」
「そうよ、まだ怖いでしょう?」
お母さんとフィルが呼ぶから、どうしようかと迷った。フィルが怖いのかな。だったら、ディーと入ればいいのに。うーんと唸った僕を、お母さんが抱きしめる。
「僕、男の大人の人になるから一緒はダメだよ」
「もう大人になっちゃうのね。寂しいわ」
お母さんは僕がずっと子供でいたらいいのに、とよく口にした。フィルも同じようなことを言う。不思議に思って尋ねたら、お父さんは笑いながら教えてくれた。女の人は、子育ての本能があるんだって。だから子供を可愛がることが好き。僕が大人になると、可愛い可愛いとできないから、寂しく感じるんだろう、と。
大きくなったら、カッコいいと褒めてほしい。そう考えると、確かに可愛い時期は短いのかも。僕はお父さんと手を繋いで、反対の手をディーに伸ばした。二人の間でぶら下がりながら運ばれ、お風呂で脱ぐ。
「お風呂だ!」
普段の生活に戻った僕は、怖いのを外へ投げ捨てた。




