84.愛し子を救え ***SIDE竜王
ルンがいない。新たに作られた魔王城の敷地内から、ルンの魔力が忽然と消えた。竜族、魔族関係なく、慌てふためいて探し始める。
次世代の魔王に確定した跡取りであり、同時に我らの愛し子だ。ルンの魔力に異変があれば、すぐに警報が鳴るよう仕掛けが施されていた。鳴り響いた警報音に、魔王アスモデウスが魔力探知を行う。
以前、幼子が一人で海へ行ったことがあり、それ以降取り入れたシステムだ。ルンが誰かに行き先を告げずに城を出れば、その時点で作動する。今回は城内の廊下で、痕跡が途絶える不自然さに騒動が大きくなった。
城の敷地どころか、周辺の森にも姿がない。なんらかの魔法による転移か、今のルンに教えていない魔法か。どんどん範囲を広げて探す母親は、突然動きを止めた。
「今の……」
「ああ、俺も感じた」
竜王である俺にも届いた。あれはルンに教えた魔法だ。魔力を凝らせ、通信のために使用する。危険を感じた時に助けを呼ぶ方法として、魔王アスモデウスが作り上げた。何度も練習に付き合ったから、よく覚えている。
のせられた声も波長も、間違いなくルンだ!
「海の方角だ、急げ!」
「転移の魔法陣を用意して」
「裏庭に準備して転送します」
俺の号令に、フィルが具体的な指示を出す。バラムが大急ぎで魔法陣の準備を整えた。全員で裏庭に駆け込み、描かれた魔法陣を広げて飛び乗る。注ぐ魔力はアガリに任せた。こういった調整は彼の得意技だ。
ぱっと転移した先は空中だった。咄嗟に竜化する。魔王アスモデウスは、先代の背に拾われた。まあ、一人でも魔力で浮くだろう。それだけの実力者だった。ひらひらと舞う黒いコウモリが、甲高い声で注意を引く。
吸血種の長は、あの場所だと森の一角を示した。再び、僕はここだと訴えるルンの魔力が届く。我先にと突進し、地面を崩した。どうやら下に洞窟があったらしい。
崩れた瓦礫の中、両手で顔を覆ったルンがいた。目の前に人間も数匹、足下に不快な魔力が漂っている。どうやら、この場所に召喚されたようだ。相手の意思確認もせず、無理やり召喚する魔法は禁忌とされてきた。それを使い、我らが愛し子を狙うなど!
口々に心配する家族に囲まれ、ルンは平気だよと笑ってみせる。傷つけられた様子はなかった。勇者様と呼びかける人間を、尾の先で潰す。あの子をそんな汚れた名称で呼ばせない。
洞窟を崩しながら着地したのは、アガリとフィルだ。泣きそうな顔で両親に保護されるルンの姿に、ほっとした。ヴラド達が追跡したので、人間の巣も判明するだろう。駆除の精度が高まるのは、安心材料だ。
ルンが誘拐されないよう、魔王城に新しい魔法陣を敷設しなくては。それから安全対策として、常に誰かが付き添うことにしよう。大切な次期魔王を傷つける愚者が現れぬよう、人間を見せしめに潰す。その決断は誰も反対しないまま、静かに決行された。




