83.僕はここだよ!
手をもじもじさせる。両手の指を擦るみたいに動かしながら、もう一度周りを確認した。やっぱり知らない場所だ。
「勇者様、こちらへ」
それ、僕の名前じゃない。将来は王様になるけど、勇者とは違う。意味がわからないし、怖い。差し出された手に首を振った。何か話すのも怖かった。
「どうなさった?」
「違うもん」
泣きそうになりながら、違うと口にした。驚いた顔をする人達を放って、後ろへ下がる。変な模様と印がいっぱいの輪から出て、アガリに教わった方法で助けを呼んだ。
収納を作る時と同じように魔力を一箇所に集めて膨らませ、助けてって響かせる。魔力が伝わる範囲の魔族や竜族が受信して、僕の居場所を伝えてくれるの。お母さんやお父さんが考えてくれた。
ディーやアガリも協力してくれたし、フィルとバラムも練習に付き合ったんだよ。きっと届くと思う。目一杯大きな魔力を作って、僕はここだよと飛ばした。びっくりした顔の人達は、それでも僕に近づく。
「勇者様……今の魔力は?」
っ、人間だ。この人達は僕の叫びがわからなかったから、人間だった。魔族と竜族は、魔力を使った会話を行える。でも人間だけできないと教えてもらった。魔力を持っていても、人間は使えないんだ。だから、目の前の人達は人間……。
前に僕に矢を刺したし、駆除の対象だって聞いている。昔、僕の羽を千切ったのも人間だよ。怖くて震えながら、皆に教えてもらったことを思い出す。魔法で吹き飛ばしていいんだっけ?
魔族や竜族にやったらダメだけど、自分が痛かったり怖かったりしたら、反撃してもいい。あと、人間相手の時は遠慮なく魔法で吹き飛ばして、空に逃げなさいって。どの魔法を使ったらいいんだろう。
頭に浮かんだのは、真っ赤な炎を吹いたお父さんとディーの戦いだった。取っ組み合いもしたけど、炎で鱗を焼いてた。あれにしよう。イメージして、大きく息を吸い込む。手を伸ばして掴もうとした人に向けて、吐こうとした瞬間。
天井が崩れた。穴が空いて、光が一気に入ってくる。一緒に埃と砂も飛んできて、顔を両手で覆った。吸い込むと咳が出ちゃう。それに目が痛くなりそう。
「無事か?」
「ちょっと! ルンが危ないじゃないの」
「ルン、大丈夫か?」
「ちょっとやだ! 人間がいるわよ」
聞こえたのは、お父さん、フィル、ディーで……最後がお母さん? バラムやアガリも来てくれたみたい。心配する声が聞こえて、突撃の合図を出すヴラドおじさんの甲高い音がした。
「僕は平気」
ちょっと眩しくて目が痛いけど、埃で口がイガイガするけど。ケガしてないよ。顔を上げた僕は、そっと手を離した。光にびっくりしないよう、ゆっくり目を開けていく。
ドラゴン姿の皆と、お父さんの背中に乗ったお母さん。ヴラドのおじさんはいなかった。首を傾げたけど、洞窟の先で悲鳴とおじさんの音が聞こえる。甲高くて、普通の動物には聞こえない音だった。ちょーおんぱと呼ぶんだ。
「やれ、いけ、やっつけろ」
そんな感じでおじさんが命令して、部下の人がやっぱり甲高い音で返事をする。でっかいコウモリがいっぱい飛んでいた。