73.自慢の息子だ ***SIDE父
生まれた時から、ルンは奇跡を起こしている。竜族はかつて魔族の一種族に過ぎなかった。魔族から分かれたのは、数代前の竜王が原因だ。魔王になれなかったドラゴンが、仲間を連れて魔族から抜けた。
そのため魔族と人間の領地の間に陣取り、人間を押し戻して土地を得たのだ。そこから数千年、徐々に人間が増長して北へ近づいた。魔族は竜族に押される形で、北へ押しやられた。
俺が妻アスモデウスと出会ったのは、偶然だった。竜王を継いだばかりの俺は、人間を押し戻そうと動く。弱肉強食の原理は、世界の掟だった。そのルールを適用するなら、人間の領地はもっと小さくあるべきだ。
魔族と争って領地を広げるより、人間を排除する方が早いし確実だった。弱い者は強者の支配下に入り、大人しく従うべき。持論をもとに人間が切り開いた森を奪った。そこに突然現れたのが、魔王アスモデウスだ。
人間の領地を奪おうとしたのでもなく、ただ興味があったという。竜族を刺激しないよう、単独で現れた。襲いかかった俺を軽くいなして攻撃を流し、笑顔を残して消える。あの余裕の表情と態度で、恋に落ちた。
あとで恋仲になってから聞いた話では、彼女も結構ギリギリだったらしい。慌てて逃げると格好がつかないので、それなりに余裕を演じて逃げたのだ。当時はそんな事情を知らず、俺を相手に強さを見せ付けた美女に夢中だった。
口説いて断られ、何度もチャレンジし、ようやく口説き落とした時には感激で涙が滲んだほど。好きで、大切で、彼女の望みならと竜王位も放棄した。一緒に暮らすために、魔族と対立する竜王の座は邪魔だったのだ。
今になればわかる。あの時、竜王位を保持したままで状況を変える能力が、俺には足りなかった。魔族の一員に戻り、アスモデウスの下につく。その覚悟がなかった。反発するだろう同族と争うことを避け、逃げたも同然だ。
俺が放り出した未来を、息子は幼いながら引き寄せた。現竜王ディアボロスは、冷徹王の二つ名を持つ強者だ。その彼を、ルンは魅了した。母親譲りの美しい外見と膨大な魔力、俺に似た豪胆さを武器に。愛らしさで竜族を味方に引き入れた。
二つ名持ちを複数落としたのが、故意の手腕なら見事だ。だがあの子は、おそらく無意識だろう。ひ弱で無邪気、無害そうな外見を利用した。いや自覚はないが、魅了は確実に周囲を巻き込んだ。
結婚直後、うるさく干渉する魔族を嫌って人間の領域に近い洞窟に家を作った。そこへ訪ねてきた吸血鬼の長、ヴラドが最初の被害者かもしれない。赤子であったルンを見るなり、態度が変わった。大切そうに見つめ、恐る恐る触れ、態度は一変する。魔族の重鎮であるヴラドが味方になり、魔族の追っ手の心配は消えた。
妻の進化の封印に巻き込まれた時、正直、ルンの心配は後回しだった。薄情なようだが、あの子は強い。どこからか味方を得て、安全を確保する。そう信じた。
いや……ただ信じたかったのだろう。そうしなければ、一緒に封印された俺の心が砕けてしまう。無事でいてほしい。願った結果は、思わぬ成果と共に待っていた。
世界の統一、各種族が共に暮らす世界――あの子はいつだって、俺の予想の斜め上にいる。自慢の息子だぞ、ルン。