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6話 奪われ


「っ……?!い、嫌ぁっ! やめって……っ!!」

「はいはいはーい。……って、辞めるやつなんかいねぇーよなぁあ?ばぁーか??!!」


 いや、やめて。


 ガタイのいい男陣の前では非力な女であるにも関わらず、必死に彼女は暴れ、藻掻き、喚いてどうにかこの場から、その下劣な手から逃れようとする。


「いいねぇーえ?嫌がる女をこぅ無理やりさぁあ??やっぱこぅうじゃねぇえとなぁア??」


 マジで前回の邪魔だけはないわぁあ、と嘆くのはこの部屋で唯一の布地掛けの高級感溢れる一人がけ用の椅子の上でふんぞり返る男。ここまで彼女を引っ張り込んできた男である。


「…………あぁァアア゛!!?邪魔さえ入んなきゃなぁあ??!俺が楽しんだあとはいつもどおりにしてやろうと思ったのにさぁァ??折角の特上だったっつーのによぉ??」

「でも坊っちゃん、オレらにもこんなふうに楽しませてくれんだから今回はコッチも感謝っすよ?」


 一人でいつまでも切りなく嘆く男に、その近くで他の野郎達が女を囲む様子を眺め、同じように楽しみながら別の男がそう返した。

 無精髭を生やし、いかにもカタギじゃない傷痕をその頬に残す男は、今に身ぐるみを剥がされようとする女を眺め、やはりと口角を片側だけ上げた。


「坊っちゃんに女の扱いを教えたのはオレらだってのに。……今までも、こんなイイ女をオトモダチと分け合ってたんですかい?」


 これまでも使い捨てのオモチャを回されることはあったが、こんな愉しい遊びに誘われたことは一度もなかった。

 問い詰めるというよりは、ただその事実を羨むように無精髭の男は一人椅子に腰掛ける男に投げかける。

 それに対し声をかけられた方は「まぁーなぁ」とそれまで不機嫌そうに歪めてた口角を次第に緩めた。


「今回みたいな特上の女はそうそういなかったけどぉ、そこそこ楽しんでたわぁ。まぁァでもぉ?今回みてぇなのはやったことなかったけど、そこそこ楽しめたら次からも考えてやぁるよ」


 緩めた口角をそのまま両端引き上げれば、彼もようやく目の前の光景を楽しむことに意識を向けた。


「…………せぇぜい楽しめよぉ」


 それは、今に身ぐるみが剥がされようとしている女にか、あるいはその女に対し今に手をかけようとしている男達に向けてか。

 それとも、この場にはいない、男が今に罠を嵌めようと思う相手に向けて零したものなのかは、この場にいる誰にも判断はできなかった。



────────────────────────



『──ねえ、アンタ。……ちょっと、そこのアンタよ!色白のアンタっ』

『……………………』


 視界が白く、まるで頭の中に靄がかかったような感覚の中。誰かがそう声をかけてくる。


『ぼーっとした子ネ…………。アンタ、あのボロ屋に男と一緒に住んでるってのは本当かい?』

『……………………』


 かき消えない靄の中。相手が誰なのかわからないはずのそれが、自分に対しての問いなのが判断できる。何も見えない視界の中で、どこにもないはずの感覚が自身の首が縦に頷いていることを気付かせてくれる。


『ハァー。……アンタ、本当にソレでいいのかい?今からでも、アンタ一人なら……。ウチで面倒見てやってもいいんだよ。…………あの男には言ったがネ、聞いちゃいないことぐらい分かるさ』

『……………………』


 段々と、相手の声がハッキリしてくるのを感じる。

 誰の声なのかは全くわからないけれど、そこに心配の色が乗っているのが少しずつ見えてくる。


『あんな男と、居たいと思うかい?』

『…………───』


 ……………………?

 自分の口が微かに開いたのがわかる。

 相手の言葉に対して、何かを答えようとする自分がいるのがわかる。

 喉を通して、自分からその声が漏れるのがわかる。

 なのに────


 ……私は、何て言ったの?


 自分では、その正体はわからない。



────────────────────────



「っいやっっ!!放してっっっっ!!」


 息が上手く吸えないまま、これ以上ないくらい叫んだ。喉がガサついていくのがわかる。唇が乾き、その奧が干乾びていく。


 嫌だ。辞めて。放して。


 何度も、同じ言葉しか口にできなくなる。

 喉はこんなに渇いているのに、目からは何度も水分が溢れる。


 触れられるたびに思う。

 嫌だ、と。

 掴まれた腕からその強さを感じるたびに思う。

 知らない、と。

 そこから、私ではない体温を感じるたびに、感じる。


 違う、と。



 嫌だ。辞めて。放して。


 口からはそればかり溢れるのに、何故か。

 心の奥で同じくらいにそう感じる自分がいる。


『────知らない──』

『──違う──』


 服をめくられ、腰や胸にベタベタとその手で触れられ、「次は下だ」「おい、カメラはお前が持っとけ」という言葉を耳で拾いながら、自分が口にする言葉とは違うそれが、心の中で何度も繰り返される。


『触らないで』


 強く、痛いぐらいに心の中で叫ぶ。

 それがまるで自分じゃないみたいに、他人のような感覚に頭の奥が熱くなりきれず、嫌に冷静になる。


 靴を剥ぎ取られ、髪を鷲掴まれ、少し離れたところから「首を絞めてもいいぞ」という残酷な言葉が聞こえる。

 ニヤニヤニヤニヤ嗤う眼の前の男性陣が、まるで揃えたように数名私の首に向かって手を伸ばしてくる。

 逃げられない。避けられない。

 何度か反射的に自身の腕を振り回そうとしたけど、誰かに掴まれたそれはびくともしない。

 視界の中が妙にスローモーションに映りながら、頭の中の巡りもまたそれに伴って遅いのを感じる。

 感覚だけが嫌に冷静で、一瞬一瞬を捉えて、逆に捕らわれる。

 体中が弄られている。

 その全てが気持ち悪くて吐き気がする。

 …………なのに、なのにどうしてっ────。



 どうして、こんな時でもあの顔が忘れられないの?



 胸部が外気に晒され、スカートの下が敏感にも空気との摩擦に反応する。

 今も腕は押えられ、足も頭も動けないよう固定される。誰かに首を掴まれ、視界の端で太く毛深い腕が映る。

 初めからマトモにできていなかった呼吸が、完全に制限される。

 目からも口からも水滴が溢れていくのを感じる。

 頭に靄がかかるのに、感覚だけは鋭敏のままだった。

 逃げられない状況に、誰かっと願う思考の中で褐色の肌が何度も交錯する。


 どうして。どうしてどうしてっ!!


 余裕のないはずの思考が、そんな疑問を何度も何度も重ねる。

 息が苦しくて、体中が気持ち悪くて仕方がないのに。

 チッ、と短い音が何度もこの耳に蘇る。



『俺の前に現れるな』


 ………………っ


『姿を見せるな』


 …………っ…………!


『テメェのことなんか二度と知りたくねぇ』


 …………っどうしてっっ!!


 どうしてこんな時に、思い出すのが彼のことばかりなの。

 どうして今、大して関わりのない彼ばかりが頭を過るのっ?


 どうして。どうしてどうしてっ………………!



 ……………………どうして、彼が助けてくれると思うの…………?

 …………どうして、助けに来てくれないの、と思う自分がいるの……?



 こんな時にも関わらず、どうして私は…………、

 心の内からこんな静かな疑問が出てくるの…………?



 腰に、お腹に、胸に首に、あちこちが弄られて、擽ったさよりも吐き気の方が強く感じる中。

 首の裏を、誰かに舐められたのがわかった。


「…………〜っっイヤぁァアっっっ!!」


 その瞬間、口から勝手にこれ以上ないくらいの叫びが溢れた。それまでの思考も疑問も一瞬で胡散して、身体中のすべてがその事実を否定しようとする。

 喉の痛みすら感じる余裕もなく、ただ無我夢中で絶叫する。


 反射的に、拒絶せずには居られなかった。


『知らねーよっ』


 不思議と今この瞬間だけは、あの言葉にただ頷きたかった。


 知らない。違う。


 誰のものかも確信できなかったその言葉が、自然と自分の胸の内から溢れる。


 こんな触られ方なんか知らない。

 こんな気持ち悪さなんか知らない。


 強く。強くそう思える自分がいる。



 こンな熱っ、知らないっ……!!



 息が苦しくて、腕も足も麻痺して動かし方さえわからなくなる。

 それでもっ…………!


 こンなの知らないっ!こンなの違うッっ────!!

 ────『あの人』以外の熱なんて、私はイラナイッっ!!




ガンッッッっ!!!!ガツッッン!!




 熱くなりかけた思考が、耳でその音を鮮明に拾った。

 その瞬間、それまで張り詰めていたモノのすべてが緩んでいくのを感じる。


『大丈夫』


 だって、心からそう思えたから。

 私は少しずつ、その意識を刈り取られていった。

 自分が必死に求めたそれが今、すぐ近くにあると確信したから。



────────────────────────



 耳がイカれそうなほど甲高い絶叫が外にまで響いた部屋に扉を蹴破って乗り込めば、そこは見渡すだけで野郎の数がウザってぇ程だった。視界の端に映り込んだ野郎は、アホ見てぇな面を恥ずかしげもなく俺に向けてくる。


 …………ウゼェ。


 突然楽しみの時間に突入してきた俺に対し、敵意よりも先に呆気を取られるやつらは無視し、今まさに手元の武器を掴もうと身動きをする奴らに視線を向ける。

 ……その中央には、あの女もいた。


 一人が立ち上がる前に俺は勢いをつけてソイツに足技を見舞う。一人目は咄嗟に反応できずに顔面から食らったが、次に狙ったやつは反射で腕を使って凌ぎやがった。

 それでも俺の勢いに負けたのか、それともただ単純にテメェの力量がなかったのか、俺に押される形で吹っ飛んだ。

 相手が受け身を取ったかどうかも気にせず、俺は次へと照準を合わせる。

 たかが女一人を囲う目的で集められた連中のせいか、ほとんどのやつは俺に力の差で負けた。

 ココに来てからマトモなヤり合いはしたことはなかったが、ココには以前に比べりゃ力も技も劣る奴らしかいねぇ。

 流石に何人かは反撃してきたが、粗方読めたあとはすぐにその足を掬ってやった。

 ソイツらの相手をしている間に、半分ほどの人間が減ってたが特に気にしやしなかった。


「……………………ぃ」

「……アァ?」


 それでも、俺が部屋に入ってから今まで一度も身動きを見せなかったやつが、わずかに声を漏らした。

 ムカつきのままに聞き返せば、男はまた微かにその口を開き、そして発狂した。


「…………ぃぉ……ぉいおいおいおぉいぃィィっ!!!!」


 声量に合わせて、ソイツがドタバタと座った状態のまま地団駄を踏み始める。

 元々悪かった空気に最悪にも埃が舞い上がる。

 野郎が転がった部屋で一番元気があるように思えるやつが、次に顔を上げたと思えば予想通り俺を睨み付けてきやがった。


「……なぁっア?なぁッッア?!邪魔すんなっつったよなぁあ??何してんの??何してぇの??マジ意味わかんねぇよぉ〜、なぁあァアーーーー??!!」

「……………………うるせぇよ」


 既に取り巻き一人もいないにも関わらず、まだ一人吠えるやつに俺からも改めて向き直ってやる。

 椅子に座った状態のまま、ソイツが下から俺を見上げる体勢になるよう俺から一歩近付いた。


「興味ねぇとか言ってなかったかぁァア??そんな女なんか知らねぇとか言ってなかったかぁア゛??マジなんなのお前ぇっ??特上だが何だろぅが好きにしていいっつったのお前だよなぁァアア゛??」

「……………………」


 いつまでもグダグダ同じ内容で喚きやがるクズに、俺はドンドンと足を向け距離を詰める。

 耳を劈くような野郎の叫びが、俺の腹底を煮え立たせる。この部屋に入った時からそうだったソレが、更に燃料を加えられるのを直で感じ取る。


「一体全体どぉいうつもりなんだよぉお前エエェェッッ??!!何回俺の邪魔すりゃあ満足なんだぁァアお前ェエッッっ?!次やったら許さねぇつったよ……グアッッァ!!?」


 放っとけばいつまで続くかも分からねぇ男の喚きに、俺はそのまま顔面に蹴りを入れた。同じタイミングで大きく縦に開いたソコに、俺の靴が直に嵌まった。

 キタネェ音を漏らした相手に、俺はそのまま引くこともなく上から見下ろす。


「うるせぇよ。黙れっつったのが聞こえなかったか?」


 少なくとも、この部屋に入ってから今まで一言も「黙れ」とは口にしていなかったが、それを相手に気取らせることもなく自身から発せられる圧を意識的にも強める。

 男の口にピタリと嵌った己の靴先を、更に突っ込むように力を入れる。


「俺はテメェで勝手にやれって言ったよな?先に俺を巻き込んだのはテメェの方だろうがっ」


 どういうつもりはテメェの方だ。

 俺が眼圧高めてそう言ってやれば、男はウガウガと動かねぇ口でなにか言いやがる。俺の靴が段々とよだれ臭くなっている気がした。

 今、俺の背後には一切の人の気配が感じられない。あったとしても、どうにかこの場から逃げおおせようという意識だけだ。腹立たしさに加えられるモノが、更なる苛立ちを引き起こす。


 ………………ウゼェなァ……っ


 時間を置けば置くほど募る苛立ちに、目眩と吐き気が重なる。なのに熱くなった頭は、思考すら放棄し箍を外すことにだけ意識を向けた。


「……そもそも、テメェが最初に俺に突っかかってきたんじゃねぇかっ」


 意識せずとも、口の動きが止まらねぇ。

 ただ目の前で俺の靴をまるごと咥えた男が、気に食わなくて仕方がねぇ。


「もう二度と、俺の前に現れンなっ。そのキタネェ面を見せンじゃねぇっッ!次俺を巻き込もうとでも企んだそのツキにゃあっ────」


 もう、クソに向ける言葉も惜しくなる。

 相手にすること自体が馬鹿らしくなる。

 だが、ココで放れば馬鹿は勝手につけ上がる。

 ソレがわかってるからこそ、その心の髄まで俺の言葉が染み込むように蟀谷に更に力を入れる。


「────オボェてろよ」


 そう一言、俺が口にすれば俺を見上げていたその顔は勝手に引き攣り、視界の端に映るやつの指先が震えるのが目に入る。

 俺の言葉を理解した男に俺は今度こそ興味を失せ、吐き捨てるように一旦足を引き角度を変えその顔面に突っ込んだ。

 そして、後ろを振り返る。


 そこには転がった野郎どもに紛れ、意識を失って床に伏す一人の女がいた。


 チッ


 自然と、舌打ちが零れた。


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