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4話 触れ


「なぁァ、今度こそ邪魔しねぇでくれよぉ??」

「………………」

「なぁなぁなぁァアー??」


 うぜぇ。


 もうすぐでやっとこの暑っ苦しい季節も終わり、()では体験したことのなかった涼やかで過ごしやすい季節が巡ってくるというのに、俺の前にはうぜってぇやつしか現れねぇ。


「特上の女。手ぇ出していいんだろぅー??」

「知らねぇよ」


 食堂で一人カレーを食ってる時に絡んできたソイツは、いつまでも俺にくっついて来やがる。


 テメェで勝手にしろよ。俺に付いてくンじゃねぇ。


 心の底からどうでもいい、そう口にすればようやく相手も納得したのかどこかに消えた。


 クソっ、昼寝する時間がなくなったじゃねぇか。


 アレ以来、アの女も姿を見せることはなくなった。そもそもアイツがここの学生だとも知らなければ、コレまで一度だって会ったこともねぇ。

 白い影さえ見なくなった最近は、ようやく落ち着ける時期になったはずだった。


 …………なのに────。


 あの男だけは毎度俺のとこに来やがる。

 知らねぇ。興味ねぇ。

 毎度同じことを言っても毎度寄ってきやがる。

 いい加減にしろ。

 暑っ苦しい時期が過ぎたってのに、何で俺がこンな面倒な日々を送らなきゃならねぇ。


 …………どうせなら、あン時にぶん殴っときゃ良かった。

 そうすりゃ全部おじゃんで、俺もゆっくりできたはずだ。

 また別の面倒事はあるだろうが…………。



「────今度こそ、やっと手筈が整ってよぉ。だぁから()()()()絶対に邪魔すんなよぉ??」


 邪魔してほしくねぇなら勝手にやってろや。

 何で毎度報告にくンだよ馬鹿。


 眼の前の馬鹿に貶しの文句を心の内で吐けば、相手はそれに気が付く様子もなく言葉を重ねる。

 ホント馬鹿だなコイツ。


「なぁァ。アレ、本当にお前の女じゃないんだろぅ??」


 何度確認すりゃコイツは気が済むんだ。

 結局この男も周囲のやつらと同じように、ただ俺に怯えてンじゃねぇか。


 好きにしろ。勝手にしろ。

 何度言ってもわかりゃあしねぇ。

 マジでうぜぇ。



────────────────────────



『…………寒い、です』

『………………』


 何で今更、こんな夢を見るンだ。

 うぜってぇ。


『…………寒いです』

『………………』


 日に日に我儘を覚えやがって。

 何が寒いだ。ふざけンな。あンな真夏の暑い日に何言ってやがる。


『熱が、欲しいです』

『………………』


 ホント、…………マジうぜってぇ。


『────』


 もう、互いの名前すら覚えてねぇよ。


『──あなたの──、』


 …………そういえば、()()()もはじめはンな呼び方してたな。

 呼ばれた瞬間、怖気が走った。


 …………だから。

 だから確か、俺から…………。


『やめろ。ンな呼び方されても寒気しかしねぇ』


『──名前で呼べ』


 元々誰にも呼ばれてなかった名前を、俺は何でかあの女に教えた。


『テメェは────』


 …………そういえば、アの女に名前なんかあったか?


 ────。

 俺、アイツのこと何て呼ンでたか……?


 …………確か、確か一度、一度だけアイツをっ……。


 ────っ。


 …………知らねぇ。覚えて、ねぇよ。あンな──、

 …………あンな、雪女みたいやつのことなんて。



『────』



────────────────────────



「………………あぁ゛?」

「だから……、お願いだ。アイツを止めてくれっ」

「オレ等じゃどうしようもないんだよ」


 食堂でカレーを載せたトレイを片手に席を探してたら、急に腕を後ろから引かれ危うく昼飯をひっくり返すところだった。

 そンな時に俺の腕を引っ張ってきた張本人は頭を下げることなく、意味の分からねぇ注文をつけてきやがる。


「オレ等、本当はあんなことやりたくないんだっ」

「でも、アイツ理事長の息子だろ?もし逆らったら何されるかわかったもんじゃない」


 アイツ、というのが誰を指しているのか予想を付けながら心の内で「なるほどな」と納得を覚える。

 コイツらが指すやつが俺の予想通りなら、確かにアイツには他にも連れが幾らかいたのを覚えている。

 だが、残念ながらその連中の顔までは覚えてねぇ。

 コイツらがそン中にいたかも曖昧だ。

 でも本当に俺の予想通りなら、つまりコイツらは仲間はずれにされたあとの自分の保身を心配していやがる。だから離れられねぇし、逆らえねぇ。


 ……やっぱうぜぇな。


 つーことはアイツが理事長の息子?もし殴ってたら退学処分で済ンでたかも分からねぇな。

 ンでもってそンなやつだからあンなウザってぇノリしてたのか。と一人結論づける。


『…………クソっ!次邪魔したらマジで許さねぇからなぁァア゛!!』


 ……つーことは、アレも負け惜しみってわけでもなかったわけか。

 それまで一切思い出すことのなかった三下の発言を思い出し、俺は一人そう思った。


「お願いだっ!アイツを止められるのはお前しか居ないんだよっ」

「コレまではギリギリのラインだったけど、今回はお前が一回目潰したせいでアイツ余計なことまで考えてるんだっ」

「………………余計なことねぇ」


 知るか。


 そう一蹴することもできるが、どうも気になる言い方だ。

 まさか、俺を巻き込む気だとか言わねぇよな。


「マジ今回だけは離脱したいんだよっ」

「でも、そんなこと今のアイツに言ったらオレ等もどうなるかわからないし……。お願いだっ!」


 カレーにスプーンを突っ込み、冷め始めたそれを口に運ぶ。

 もしこの昼飯をあのまま落としてたら話を聞く気もなく、俺はコイツらを戸惑いなくぶん殴っていた。テメェが命拾いしてることにも気付かず、コイツらはテメェの尻を俺に拭わせようとしてくる。それだけでも腹立たしいっ。


 俺は関係ねぇ。そう眼の前の言ってやりゃいい。


「…………ンで、その余計なことってなんだよ」


 そもそも、コイツらが言うことが百パー本当が分からねぇ。それこそアイツの命令で俺に嘘の情報を吹き込み、利用しようとしてる可能性すら有り得る。

 一回目を邪魔したのも事実だ。そンな扱いされンのも、()じゃよくあることだ。


「……っ!助かるっ!!」

「聞いてくれるのかっ!?」

「………………まだ、手ぇ出すとは言ってねぇ」


 …………でも、聞くだけならタダか。と思うのは、前の俺じゃあり得ねぇなと考える。

 ココは、俺がそンくらいになるほど平和なのだと。

 そう思うことに、した。



────────────────────────



『──なぁ、ンな寒ぃなら他所行けばいいじゃねぇか』

『………………?』


 俺の脈絡のねぇ言葉に、女はキョトンとした様子だった。普段は動かねぇ表情が、ポッカリと穴を空けたように見えるソレに、俺は何故か腹の中から笑いが込み上げそうになった。

 ソレに気が付かねぇフリをしながら、俺は続けた。


『俺ンとこに居着くのは勝手だが、別に俺以外でもいンだろ?』

『………………』


 女は一度、俺の言葉に考え込むように視線を下げた。一瞬頷いたのかと思ったが、どうやら違うようだった。


『………………こンな何もねぇとこより、街の方が温けぇよ』


 もうすぐで、この女がここに来てから何度目かの冬が来る。二度目までは数えていたが、三度目以降は辞めた。

 俺に散々利用されてるこの女も、いつかそれを理解して出ていくと思ったからだ。

 だというのに、この女と来たら寒い寒いと最近はそればかり言って俺に引っ付いてこようとする。そんなに寒ぃならもっと温けぇ場所に移ればいい。

 何も、ここに居着かなくたって、こンな女ならどっかのモノ好きの貴族が諸手を挙げて引き取ってくれる。

 特に、夏の時期は需要も高まる体だ。


 …………勝手に、出ていきゃあいい。


 親切にも聞かれる言葉を吐いて、俺がそンなことを考えていれば、女はまだ不思議そうにしていた。

 貴族の家には、冬に部屋で火を点けても安全な構造をしてると教えれば、女はそれでもピンときていないようだった。


 ……あぁ、そういえばこの女馬鹿だったな。


 組んだ足の上で頬杖をかいて前のめりの体勢になりながら女の代わり映えのしねぇ表情を眺める。まさか俺に取り憑いてるとかいう理由じゃねぇだろうな?

 元々は地縛霊の可能性すら考えていたわけだが、今更になってそンな疑問が思い起こす。


 ……でも、俺が出掛けてても付いてこねぇよな。

 そういうやつらって拠点を移すこととかできるンか?


 割と真面目に目の前の女が人間ではない可能性を考えていた俺だが、次に女が口を開いたとき俺はウッカリ開いた口を閉じるのを忘れた。


『──、──────』


 女の珍しくはっきりとした声が部屋に響いた。

 普段はハリなンかねぇくせに、こンな時ばかり調子のいいこと言いやがる。

 中途半端に開けっ放しにしていた口を改めて閉じ、俺は一度目を瞑る。


 馬鹿らしい。


 次に目を開けた時、女はパチリと瞬きをしていた。何かに驚いているような、そンな表情が読み取れた俺はその理由もまた何と無く察した。


 馬鹿らしいな────、俺も。


 今、目の前から俺の顔をその瞳に映す女から、俺は敢えて自分のソレを反らした。

 その間も、女の瞳が俺の横顔を映していることに、俺は自然と、…………口角を上げた。


『──、──────』

『──────────、──』


 女がここに来て、初めてマトモに話した気がした。

 それが酷く、…………気分が良かった、気がした。


 女は未だ、俺を見つめるだけ。

 その冬空の瞳で、まっすぐと。

 それだけでも、俺の気分は悪いもンじゃなかった。

 そう言い切れる自分が、酷く不思議で。酷く、心地が良い。



 もうすぐで、また何度目かの冬が来る。


『寒いです』


 寒く、なるな。


 自然と溢れた自身の言葉の、ソこに含む意味に俺は気付かなかった。

 どうとでも取れる、その言葉に。


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