1話 寒空の下で、
短編のはずだったのになぁ。
雪が降り積もる程度に冷え切った冬、その女は現れた。
街に繋がる一本道の中、女はただそこに佇んでいた。薄ら寒い格好で、腕も足もがむき出し。真夏と勘違いしてきたのかと思うほど、そのまま凍え死ぬんだと確信してしまうほどの姿だった。
それでも、それをものともしないような凍ったその女の表情に俺は薄気味悪さを覚え、その場ではただ通り過ぎた。
たとえ迷子だろうが物乞いだろうが、俺には関係なかった。罪悪感さえ俺にはない。
次にその道を通った時、女はまだそこに突っ立っていた。
馬鹿なのか?と思ったが、その変わらずの不気味さに俺は近寄りもしなかった。
そして次にまたその道を通れば、やはり女はまだいた。こんな寒空の下、変わらずそこに佇んでいた。
一体、いつまでいやがるんだ。
見ているだけでこちらが寒さを感じ凍えそうな気分になる。いい加減ウンザリしてきた俺は、自身の首に巻いていたマフラーを女の無駄に整った顔に叩きつけて女の前を横切った。
女はやはり人間だったようで、叩きつけられたことに驚いたのか俺の方を振り返ったのを気配で感じたが、俺はそれを無視して帰りの道を突き進んだ。
物乞いなら、さっさとそれ持ってどっかに失せろ。
だがその後日に道を引き返したとき、女はまだそこにいた。
しかも、俺が叩きつけたマフラーをその肌に巻きつけることもなく、両の手で抱えていた。
馬鹿なのか?と嫌でもまたそう思った。物乞いの類かと思っていたが実は違ったのかと疑った。
それでも、俺はその場を通り過ぎこれ以上は相手にすまいと女を無視した。
こンな寒い中、何故あンなところに突っ立っているのか俺には理解できなかった。実はどっかのアホが作った雪だるまの類かとさえ思えた。
雪のように白い肌に、氷柱のような凍った白い髪だ。雪女と言われれば、それで納得できそうだった。
次にその道を通ればやはり女はいた。
しかも、雪降る中未だに俺の叩きつけたモノはその両手で抱えていた。
俺は口から零した舌打ちとともにそれを奪い取っても、女はスンとも動かなかった。俺はそのままソレを女の首に無理やり巻き付けてやったが、その間も一切女の表情は見なかった。
その時にソイツの髪も巻き込んだが、それが氷でも氷柱でもないとわかっても、俺はまた一度舌打ちを零すだけでその場を去った。
そして案の定、次に通った時も女はまだそこにいた。
これからもまだ寒い日が続くと言われているにも関わらず、女は変わらずそこにいた。その時は俺も無視したが、女も特に反応しなかった。
その帰りの時も、やはり女はまだいた。もしや一日中突っ立ってるのかと、この時になってようやく俺は思考した。
朝だろうが昼だろうが夜であろうが、変わらずそこにいる女に、無関心だった俺も苛立ちを感じ始めていた。
そして俺は手元に偶々あったブランケットを2枚、女の首に巻き付けたもンと同じようにその顔に向かって投げつけた。そして女の反応を見るよりも先に俺はその場を過ぎ去った。
そして、またもや案の定。次に通った時も女はまだいた。
俺の投げつけたブランケットを、またもや両の手に抱えていた。
馬鹿なのか?ともう何度目かもわからない感想を俺が持ったのも当然だった。
俺はため息混じりに女のブランケットを一枚奪い取ってその肩と腕を覆うように巻き付けた。もう一枚をその腰に巻き付けてやれば、ようやく女の妙に白い肌が視界から隠れ、薄ら寒さが減った。
なんで俺がこンなやつにここまでしてやらにゃならねぇと、俺は舌打ちとともにため息も溢した。
そして俺はそのまま女を放って帰路に着いた。その時はもう欠伸も出る時間だった。
寝ぼけてたと、誰とも知れず相手に言い訳をした。
次に通った時も女はまだいたが、これ以上は関わってたまるかと無視を貫き通した。
それを何度も繰り返しどれだけ日付が回ろうとも、女は変わらずそこにいた。
そろそろ寒さにも限界が過ぎたのか、凍え死ぬという時期は終わりが見え始めた。
しかし、まだ寒いことには変わらねぇ。
またあの道を通ればやはり女はそこにいた。
実は人間じゃねぇのか、と何度か思ったが俺にわかるもンではなかった。無反応で無表情の女は薄気味悪さが未だに香っていた。
俺はいい加減腹が立ち、今度は女の顔に手袋を叩きつけた。物乞いならマジでいい加減にどっかに行ってほしかった。目にするだけでも苛立ちが募る。
そして、やはりか次通った時も女は俺の叩きつけたモノをそのお手々に抱えていた。
馬鹿なのか?と毎度本気の籠もった感想は未だに俺の脳の中を巡っていた。
一度はその場を無視したが、次に通った時もそれは変わらなかった。
何故俺がここまでしてやらなきゃならねぇと若干自分でも納得できないままに、俺は女の手からそれを引っ手繰り、無理やりその手を引っ掴んだ。
そして、初めて触れた女の肌は本当に雪の塊かと思えるほどに冷え切っていた。
まさかかじかんで思い通りにならなかったのか?と無意味な疑問を持ちながらも、その手に俺は無理やりソレをはめ込んだ。
その時、俺は初めて女の顔を覗き込んだ。
この寒さの中青白い髪を垂らし、頬を赤らめることもなく。その目はまるで雪空のように濁った灰色だった。薄ら寒いカッコウをした女は俺が投げつけたもン以外、一枚の薄着しか身に着けていなかった。
…………薄気味わりぃ。
そンな女を見て、俺から溢れる感想もただそれだけだった。
そして、それからしばらくして冬が明けた。降り積もった雪は見る見るうちに溶け、目にしただけで鼻につく彩りの花も咲き始めた。
そして、その道にはやはりと言ってか女が変わらずいた。
馬鹿らしい。と結論付け、俺はもうその女を相手にしなかった。
毎年お馴染みに、それから気温は一気に高まり水も一瞬で湯気になる暑さが到来した。
身に着けるもンが肌着一枚であろうと変わらない鬱陶しいその日は、外に出ることさえ自殺行為だと言われる。
こンな暑い中、影の一つないあの一本道でもしやと俺は気になった。
アの女の心配をする必要もなければ義理もねぇ。
なのに妙に頭の中をチラつく女の肌の色が、外気に気怠く参る俺を仕方なしに予定になかった家を出る行動に促した。予定外の行為のソレに反吐が出そうになりながら、そこに向かえば案の定と言えばいいのか、やはり女はいた。
馬鹿なのか??と俺は声に出すことさえ億劫だった。額から汗が湧き出ながら、俺は女に接近する。
不気味なことに、女は俺が巻き付けたモノをすべて身につけた状態で変わらずそこにいた。俺は考えるよりも先にその上に巻き付けたブランケットを引っ掴んで奪うように剥ぎ取った。見てるだけで暑苦しいっ。
続いて腰に巻いたもンも、首に巻き付けたもンも同じように奪い取り、投げ捨てた。最後にその手に嵌めたもンを外すために、苛立ちながらその腕を取れば、おかしなことに気がついた。
…………まさか、ンなのはあり得ない。
疑わずにいられないソレは、確かに俺の手で触れていた。ソの女の肌は、まるであの真冬と変わらぬように冷え切っていた。冷気を放っているとも思えるその肌は、この死ぬほどの暑さの中汗を掻いてることもなかった。
信じられないと思いながら女の顔を確認するように覗きこめば、その額も汗を一切掻いてる様子は見れなかった。
その事実を知れば、この暑さの中で俺すらも薄ら寒さを感じた瞬間だった。
だが、その脳を引っ掻く冷気も日に当たるうちに熱され、長い思考は許されなかった。俺は照り付けられる熱に朦朧とし、何も考えることもできないまま女の手を引いた。
こンな暑さの中、あの場で立ち尽くせるほど俺は馬鹿でも狂気でもなかった。
女の冷えた手はその間も変わることはなかった。
ようやく自身の住家にたどり着き、俺はボロい扉を蹴破って屋根の下に押し入った。
部屋の中も暑いが、日に当たる外よりは遥かにマシだった。こンな暑い日にゃ蒸部屋になるのを避けるため、外に大きな土壁を築いた窓を開けっぴろにして玄関だけ閉じていた。
熱で頭がどうにかなりそうだと思いながら、ここまで黙って大人しく付いてきた後ろの女を振り返る。そレは男の部屋に連れ込まれたにも関わらず、相も変わらねぇ様子だった。
無意識のうちに俺は舌打ちを漏らしたが、女はピクリとも動かない。
ふと、もう一度女の肌を確認すれば、やはりそコは冷え切った様子だった。
地縛霊の類ではなかったんだな、と頭の片隅で考えながら、俺は不躾さも気にせず女の肌をペタペタベタベタと触れ回った。
肩も、腕も、頬や額も。どこを触れても、まるで寒空の下に突っ立っていたのかと思えるほど冷えたその体に、暑さに思考を奪われ続けた俺は、まるで吸い寄せられるようにその首筋に鼻先を近づけた。
女の肌に自身の額を押し付ければ、それまでの熱が溶かされるように感じ、一種の心地良さも伴う。
そのまま縋り付くように女を全身で抱き留めれば、女も嫌がる素振りを見せずされるがままだった。
こンな頭のおかしくなる暑さの中、人肌同士をピタリとくっつけるなんざ、これまで考えたこともなかった。
そして、ふと俺は冷え始めた頭でどこまでヤればこの女が反応を見せるのかが気になった。
邪な思いで女の髪に触れれば、やはりそれは氷柱ではなかった。片手で女の頭を動かねぇように抑えながらその体をアチコチ弄ってみたが、それでも女は反応しなかった。
吸い付くように触れていた口元を、その首筋から胸元まで触れる面積を移動させても、女の表情は変わらなかった。女の腰を引き、誘導すれば呆気なくその女は俺の寝床に背中を付けた。
そのまま、女から放たれる冷気で布団が冷え切ってくれないかと考えながらも、俺は目の前の女から気がそらせなかった。
引いたはずの熱が、未だに頭に籠もるのを感じる。冷え切ったその肌に触れながら、外の暑さに朦朧としたままなのだと結論づける。
押し倒す姿勢から、少しずつ女の肌に自身の体ごと吸い付いていく。触れるそコに心地良さを感じながらも、俺がいつまで触れていても移らない熱に再度薄気味悪さを感じた。
どうすれば、この女の体にも熱が宿るだろうか。
そンなことを頭の片隅で感じながら、俺は確かめるように女の手を取り、そこに吸い付いて見せた。
ここしばらくで日に焼けた俺の肌とは違い、夏空の下突っ立っていた女の体は冬に見たあの白さのままだった。
どれだけ俺が吸い付いてみせても反応しない女に、俺はその手のひらを一舐めしたがそれでも女は反応を見せなかった。
今度は手首をしゃぶるように舐め回したが、やはり女は変わらなかった。
いい加減、勝手にも腹立ってきた俺は女の喉に食らいつくフリをしてみたが、やはり女はされるがままだった。
薄気味悪い。不気味だ。薄ら寒さを感じる。
これまでの感想が一気に思考を攻め立てたが、俺はまた確かめるように女の鎖骨に吸い付いた。
今度はもっと、確実に痕が残るように薄い皮膚に吸い付いてやれば全身が雪のように冷たかった女の肌に、ようやく一つの灯りが移った。
それから俺は確信したように女の肌に何度も吸い付き幾つもの痕を植付ければ、赤くなったそこだけは俺の与えた熱が残されていく。
全身にくまなく痕を付けてやっても、女は何も反応しなかった。
しかし、そレに植付けられた熱は今度こそ、どこにも逃げはしなかった。
こンな薄気味悪い女に俺が熱を上げ興奮するタマではないが、やはり幾ばくかの支配欲求と好奇心は俺にもあった。
何より、外気の暑さに脳がイカれそうなこの日は、女の冷えた肌が氷菓子のように甘く感じた。
甘ったるいもンも舌の肥えない俺は苦手としているが、この女の甘さはそれとは違って格別に感じた。
結局、俺が最後に吐き出したのは欲望に染まった熱だけだった。俺に植付けられた熱は、不思議と女の肌にそのまま残っていた。
熱を吐き出したことで俺自身も満足したのか、そのまま力を抜くように自分の布団の上に転がった。
相変わらず部屋の中も暑いが、女を腕に抱いてる間はその暑さと冷気の狭間で心地良ささえ感じた。
次に目が冷めたら、女は氷のように溶けてなくなっているんじゃないかと、珍しくもおめでたいことを考えながら俺はそのまま瞼を下ろした。