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ブサイク令嬢の日常2

「お嬢様、そろそろお休みなさいませんと」

「うーん、水害対策の案件は雨季が来る前に片付けておきたいのよ。キリがいいところまでは処理するわ」

「……お嬢様は本当に良くやって下さっています」

「パウロがいなかったら私なんて何も出来なかったわよ」


 執務室で互いに書類を捌きつつ、家令のパウロと会話を交わす。

 こんな優秀な人がなぜうちなんかに仕えてくれているのかと疑問に思うけれど、アドルノ家は昔からわりと手堅い領地経営をしてきたそこそこの家なのだ。ダメなのはあの父……と次代の子爵となる兄、というだけで。

 歴代の領地の資料なんかを見ていると、本当に頭が痛くなる。代々守ってきたものが、恐らく私が生きているこの時代にすり減り、終わっていくだろうことが分かるのだから。


「パウロももうずっと休みをとっていないでしょう。私がもう少し大きくなって裁量権を握れるようになれば、楽させてあげられるのだけどね……」

「それはお嬢様とて同じではありませんか。子供らしく遊ばせてあげることも出来ず、申し訳ない限りです」


 確かにエルヴィアはそこらの子供達のように無邪気に遊ぶことはしてこなかった。学ぶべきことが山のようにあったし、お金も時間も余裕がなかったからだ。

 しかし、内面がただの子供ではないから、特段我慢したという意識もないのだ。今更幼児に混ざって積み木や人形遊びをしろと言われても……という感じである。

 それなら食べられる野菜を育てたり薬草を育てたりする方が余程建設的だと思っていたし、パウロについて仕事を教わる方が単純に楽しかったのだ。もちろん領主の家に生まれたものとして、領民たちの生活を守っていく義務があるとも感じていたが。


 しかしこのパウロは幼い頃から執務に励んでいる私を大層不憫に思うらしく、何かにつけて休ませようとしてくるのだ。まぁ確かに前世の労働基準法でいえば、バリバリのブラック企業レベルだろうけれど。エルヴィアが休んだ分回らない仕事は結局自分が全て引き受けようとするのだから困ったものだ。パウロとてもういい歳になり、身体もキツいだろうに。

 正直に言えば今世において、エルヴィアはパウロを親……は言い過ぎにしても、祖父のように思っている。優しく、時に厳しく物事を教えてくれて、導いてくれる。共に苦労し、考え、領地のためにと尽力してきた師であり仲間でもある。

 無理はしてほしくないのはお互い様で。最近時折パウロが苦しそうに胸を押さえている姿を見かけているのだから。


「──っ、んん……ぐ……っ」

「パウロ! また発作なの?!」

「だい……じょうぶでございますよ。じきに……治りますからな」

「数日前にも発作を起こしていたじゃないの! ああ……ひどい汗だわ。侍女長を……いえ、薬草を……」


 そして今日もまたこうして蹲るパウロの背中を撫でることしか出来ない自分に焦りと苛立ちと焦燥感を覚える。まだ、そばにいてほしい人なのだ。教わっていないことも沢山ある。

 

「ああ……お嬢様の手は、いつだって温かいですな……。ありがとうございます、少し良くなりましたよ。明日には、また元気に働けるでしょう……」

「ええ、ええ、そうね。パウロに手伝ってもらわないと、私はまだまだ何も出来ないのですからね。頼むわ……ゆっくり休んで、元気な顔をみせてちょうだい」


 パウロを部屋に送り届けて休ませると、エルヴィアは大きく息を吐いた。

 このままではパウロの身体は弱る一方だ。庭で育てている薬草ではわずかに痛みを取るくらいで、根本的な改善には至っていない。むしろ発作の頻度で言えば、どんどん増えている気までする。


「──魔女の秘薬があれば……」


 魔女の秘薬。それはこの領ではそれなりに知られた話だ。

 アドルノ領の森には魔女がいる。その魔女が作る薬を飲めば、どんな病もたちまち治るという。しかしそれは大層高価で、けれどお金さえあれば誰でも買えるというものでもないらしいのだ。


()()()()()()()の魔女……私では到底無理でしょうね……」


 魔女の話は、何故か知らないけれど我が家では禁忌とされている。興味を持ってエルヴィアが一度尋ねた際、母には酷く怒鳴られ、父には頬まで打たれたのだ。国でも大切にされている存在である魔女が、自分の領地に住んでいるというのは大層誇らしいことのはずなのに。それ以来、エルヴィアは家で魔女について口にしたことはない。

 けれど、日頃市井に混ざって領地の様子を見たり、細々とした買い物に行ったりしているエルヴィアは領民達の会話から情報を集め、知る機会がたっぷりとあった。

 曰く、魔女は美しいものが好きだから、薬も美しい者にしか売らないのだとか。


「それでも……分かっていても、試す前に諦めるのは違うわよね」


 魔女に会って、直接「美しくない」と言われるのは正直嫌だ。分かってはいるけれど、他人から直接言われて傷付かないわけではないのだから。

 けれど、万にひとつでも可能性があるのならば賭けてみたいと思ったのだ。やれることがあるならばやってみよう。その方がきっと、心くらいは美しくあれると思うから。

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