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両親の罪1

「やった! やったぞ、手に入れた! これがあの有名な魔女の秘薬だ!」

「まぁ、ベラルド! 貴方上手くやったのね! 流石だわ!」

「これを売り払えば大金になる。キアーラ、君のドレスは贅を凝らした最高のものにしよう! 美の女神も嫉妬する程の美しい花嫁になれるんだよ!」

「嬉しいわ! 世界で一番素敵な結婚式にしましょうね!」


 手に手を取り合って喜ぶ二人の若い男女。

 そのうちの一人はベラルド・アドルノ。両親を亡くし、アドルノ子爵家を継いだばかりの若き領主だ。

 そしてもう一方は、キアーラ・アドルノ。急な代替わりに伴って、急ぎ入籍を済ませたベラルドの妻である。元は伯爵家の娘で、キアーラの方が身分は上だった。裕福な家であった為、王族は無理でも侯爵家くらいなら嫁入りも望めるほど。しかし実際に彼女が選んだのは、さほど裕福でもない弱小領地の子爵令息だった。

 そう、この婚姻はキアーラが強く望んだからこそ叶ったものであり、そしてそれはベラルドの望みでもあった。

 なぜならベラルドは社交界一と言われるほどの美男子であり、その美貌にキアーラが一目惚れしたからだ。またその瞬間に、ベラルドも社交界一と言われるほどの美少女であるキアーラに一目で恋に落ちていた。

 運命の糸が引き合うように吸い寄せられた二人はその美しい(かんばせ)を甘く蕩けさせながら、永遠の愛を誓い合ったのだ。


 キアーラの生家はこの婚姻を歓迎しなかった。政略に使う為に金をかけて美しく育ててきた娘を、何の旨みもない弱小子爵家に寄越すなんて大損でしかないのだから。

 しかし、その美しさ故に自分の願いが大概叶えられてきた我儘な娘の意思は硬かった。自分より美しくない夫に抱かれるなど虫唾が走ると。ベラルドの元に嫁げないのであれば、修道院へ入るとまで言ったのだ。

 瑕疵もないのに娘が修道院に入るなど、要らぬ詮索を受ける要因にしかならない。根負けしたキアーラの両親は、持参金以降は子爵家への支援は一切しないという条件で結婚を許した。

 美しい女を美しく保つには、莫大な金がかかるのだ。それを分かっていたからこそ、今後お荷物になるであろう娘を切り捨てたのだった。

 

 自らの外見を保つことと、それを用いて美女を侍らすこと──女性に贈り物をするのも戦略上必要だ──にしか興味のなかったベラルドは、領地経営に関する勉強にほとんど手を付けていなかった。両親は可もなく不可もない範囲で順調に領地運営をしていたし、まだあと30年は現役で働けるだろうというほどには若かったのだ。

 それならば今はより持参金の多い裕福な家門の美女を妻に得る為の努力をした方がいいというのが、ベラルドなりの()()()()判断であった。

 そしてキアーラもまた、自らの美貌を保つ為にしか労力を費やさない女であった。美しくさえあれば、周囲の人間がその他の雑事は処理してくれる。美しいものとそうではないものの間には、埋めても埋まらない大きな溝があるのだから。

 そんな二人であったから、当然のように領地経営の知識など全くなく。それなのに変わらず美に関する支出は控える気がなかったのだから、資産は瞬く間に溶けて消えていった。


 急ぎ入籍は済ませたものの、その披露目となるとそれなりに準備が必要だ。場所を確保したり、料理の手配や警備の計画。もちろんドレスや装飾品も揃えなければならない。

 半年の準備期間を想定したものの、元々裕福とはいえなかった子爵家の資産は既に火の車だ。

 いつもの美容クリームも、いつもの高級フルーツも出てこない。風呂場でマッサージを担当するメイドにも給料を出せなくなって、邸からは一人また一人と使用人たちが消えていく。なにより、結婚式のドレスが用意できていないのだ。世界で一番美しい花嫁になるはずのキアーラは、世界で一番美しいドレスを(まと)わねばならない。それなのに、金が払えないならばと仕立て屋での作業が中断されてしまったのだ。

 招待客のもてなしが多少貧相になろうとも構わないが、花嫁が世界一美しい姿でないなど許されない。であれば、足りない金はどこかから持ってくるしかないのだ。

 今から税率を上げたとて、間近に迫る結婚式までに回収することは不可能だ。農業が主産業であるアドルノ領では、農産物の収穫を終えなければ現金収入は得られない。ないものはないのだ。

 であれば、それ以外の方法で──頭を悩ませる二人の耳にその噂が聞こえてきたのは偶然だった。


「──本当に危ないところだったんだ。だから先祖の宝飾品を売って金を作って、なんとか買えたんだよ」

「その魔女の秘薬とやらで嫁さんの病気は治ったんだろ? さすがだよなぁ、一粒飲めば瀕死の人でも生き返るって噂だもんな」

「ああ、そうさ。あの薬を手に入れるためなら、なんだってするって言う人もいる。確かに高額だが、魔女は美しいものが好きらしくてな……金さえ払えば誰でも売ってもらえるわけではないっていうのが難点なのさ」

「ああ、お前は昔から顔だけはいいもんな!」

「だけとはなんだ、だけとは!」

「ははは! まあ嫁さんが元気になってなによりだ──」


 すれ違い、去って行く男たちの会話に耳を澄ませる。魔女の薬。高額。美しいものが好き──


「なぁ、キアーラ」

「ええ、ベラルド」


 見つめ合う美貌の男女。


「少し、出かけてこようと思うんだ。待っていてくれるね?」

「ええ、もちろんよ。貴方なら、きっと結果を出してくれるって信じてるわ」


 そうしてベラルドは魔女の森へと足を向けたのだった。

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