エピローグ
「やーっと家決めたのねー?」
引越し作業があらかた落ち着いたその日。前触れなくドアが叩かれたかと思えば、しれっとミランダが現れた。
旅の途中もエルヴィアの魔道具でたまに森の薬屋には会いに行っていたし、帰りはミランダに送ってもらっていたけれど。それでもそれまでほど頻繁には会えていなかったから、薔薇の香りが懐かしくて嬉しい。ぎゅっと抱きつくとふかふかのお胸に癒される。
「旅先だと色々面倒だから、貴女たちが落ち着くまで待ってたのよ。これでまた前みたいに会えるわね!」
「えっ、そうなの? 嬉しい!」
ミランダのことはもう家族だと思っている。これから私たちだけが老いていくのは複雑だけれど、限られた時間の中でも沢山の思い出を作りたい。
フェーデルの方を見れば、彼もふわっと微笑んでくれた。
「わぁっ、じゃあここに一緒に住む? あっ、転移があるからあの森から来るの? お皿とカップ、ミランダの分も用意しとくね!」
「ふふふ、可愛いわねぇ〜エルヴィア! 流石に新婚家庭に割り込みゃしないわよ。私だってそこまで野暮じゃないですからね」
ぐりぐりと私の頭をお胸に擦り付けながら、エルヴィアが笑う。あったかい。
「え、新婚って言ってももう1年以上経ってるよ? ね?」
ぐりっとフェーデルの方を見ると、なんだか変な顔で苦笑いしていた。
「確かに入籍してからは経ってるけどな。俺はまあそれなりに我慢してきたんだぞ」
「でしょうねぇ。健康な成人男性がなかなか我慢したもんだわ。あんた結構凄いわねぇ」
「厳しい夜もありましたね……」
なんだかフェーデルとミランダが分かり合った顔をして頷き合っている。仲良さそう。ずるい。
「んー、じゃあミランダは転移で来るってこと?」
「いえ、あの近くの森に住むわ。こっちの森もいいわねー、今までなかった薬草も生えてるから、また新たな薬開発も捗りそうよ! エルヴィアが話してた異世界の薬でまだ作れそうなのもあるしね」
「そうなの! ならいつでも会いに行けるね!」
アドルノの森から移る気はないのかと思っていたけれど、別に強いこだわりがあったわけでもないのだそう。あちらでしか生えない薬草は転移でも取りに行けるし、なんなら少し持って来て自力で増やすそうだ。
これからこの新しい場所で、新しい家族と、新しい暮らしが始まる。
転生特典も別にないし、託された使命も特にない。美少女チートは肝心な相手に効かないし、魔法で俺tueeeも全く無かった。
だけど、私は自由だ。好きな人と、これからの人生を生きることが出来る。また辛いことが起きるかもしれないし、きっといつか好きな人との別れもくるだろう。だけど、それまでの間は愛する人を愛して、大切なものを大切にして、生きていきたい。
「ミランダ! 大好き!」
「まぁ、可愛い! 私もエルヴィアが大好きよ」
「──ちょっと妬けるな?」
「フェーデルも大好きだよ!!」
「うふふ、エルヴィア、貴女。今夜から覚悟しといたほうが良いわよ〜」
「えっ?」
「やっとこの日が来たか……」
「うふふふふ! じゃ、私は帰るわね。1週間後くらいにまた来るわ〜。エルヴィア、頑張んなさいね!」
風のように去っていくミランダ。残されたエルヴィアはぽかんとした顔でフェーデルを見上げる。
「さて、俺の奥さん。旅の間は俺の理性を試してくれて、ありがとう。お望み通り今夜からは、たっぷり仲良くしような?」
これまで見たことのない怪しげな光を瞳に宿し、フェーデルがエルヴィアの頬を優しく撫でた。
この夜エルヴィアは自分の心配が見当外れのことであったと、心の底から理解したのであった。
お読みいただきありがとうございました。