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美しい妻とその夫

「わぁぁ! 凄い綺麗! 遠くまで見渡せるね!」

「ああ、そうだな。ここは小高いから見晴らしが良い」


 エルヴィアとフェーデルは、小高い丘の上に建てられた小さく可愛らしい丸太の家の前に立っている。

 遠くには海も見え、空は青く、丘には小さな青い花が絨毯のように咲き乱れている。この花は毎年放っておいても咲くし、薬にすると効果が強まる作用があるので汎用性が高い。

 土地は広く、気候は穏やかなので薬草栽培にも適しているし、少し歩くと森もあるので狩りや採集も出来るだろう。


 フェーデルと結婚したエルヴィアは、あれから二人であちこちと旅をしていた。フェーデルもそれを機に騎士を辞めたので、二人とも平民だ。

 フェーデルは騎士生活で大概のことを自分でこなしていたし、エルヴィアも前世の記憶とミランダの森での暮らしで生活能力を付けていたから、全くもって問題はない。

 薬を作って売ったり、フェーデルは狩りをした獲物を売ったり。これぞ異世界スローライフ! などと、エルヴィアは地味にエンジョイしてる。

 そんな中たどり着いたこの土地で、とても素敵な家に出会ったのだ。二人ともが一目惚れし、即決で買おうと決めた。街から離れているせいで人気がない物件らしく、お値段がお手頃だったのも幸いだった。


「これからは少しゆっくりしようね」

「ああ、そうだな。旅も楽しかったが、君とならゆっくり暮らすのもまた楽しいだろう」


 手を繋いで歩くのにもすっかり慣れた。反対の手でするりとフェーデルの頬を撫でる。爛れて腫れ上がっていたあの傷は、エルヴィアの傷薬ですっかり綺麗に治ってしまった。本来なら解毒の薬は別に必要だったはずだし、切られてすぐに対処出来なかったから多少は跡が残るかと思ったのに。

 あの日願いを込めて作ったのは、エルヴィアにしか作れないフェーデル専用の最高級傷薬だったのだろう──多分。

 再現はまだ出来ていないが、もうあんな傷が付くことはないと思うけれど。


「騎士を辞めた事……後悔してない?」

「全くしてない」

「でも、ずっとあんなに鍛錬してたのに……」


 彼が騎士という職に誇りを持っていたことは知っている。誰よりも努力を積んでいたことも。


「これからの人生は、エルヴィアのためだけの騎士になる。そのために使えるのなら、あの日々も無駄にはならないから」


 満足そうに柔らかく笑うフェーデルの顔に嘘はない。


「私は……ちょっと薬が作れるだけの小娘だけど、それでもいいの? 王国一の強さの貴方に守ってもらう価値、あるかな……?」


 見た目の美しさなど、彼にとってはなんの価値もないはず。であれば今のエルヴィアが差し出せるのは、この薬作りの腕くらいだと思うのだ。


「知らないのか? エルヴィアの薬は誰もが欲しがる大人気商品なんだぞ。次はどこに行けば買えるのかと、俺たちの移動と共に商人が動くほど。俺の方が釣り合わないかもしれないな」


 ミランダの薬に比べたらまだまだ全然なのだけれども。確かにミランダの薬は森に行かないと買えないから、遠い領地の人たちにとっては私の薬でもありがたいのだろうか。


「先日作ったあのハーブティーも、眠れない時に飲む薬も、それから肌荒れに効くクリームだったか? あれもすごい人気だろう。自覚がないのか?」

「あれは……ミランダに話したら、この世界にはないって聞いたから。認識阻害の魔道具を付けて街で散歩した時にね、不眠症の人の話聞いて、それなら作れそうだなって思っただけで。肌荒れも、若い女の子ならそういうのってすごい大事な問題だから……ちょっとでも自信を持って、外を歩けるようになって欲しくて作っただけで」


 ニキビがひとつ出来るだけで、この世の終わりくらい落ち込んだり、好きな人の前に立つ勇気がなくなったり。そういう年頃というのがあるものだ。

 病気の薬は人の命を左右するものだし、専門的な医学の知識があるわけではないから、エルヴィアにはなかなか作ることができなかった。でも、肌荒れやストレスだって当事者からすれば大きな問題だと思う。だから、そこに対処する薬を作ったのだ。

 人は見た目だけではないと思う。だけど、自分の見た目に少しでも自信を持てたら、見える景色が変わってくるのも事実なのだ。


「──そういう、人の心の内側まで守ろうとするところ。エルヴィアは優しいし、美しいね」

「……ほら、私ってブサイクだったからね。中身くらいは綺麗でいたい、みたいな? はは、そう言ってくれるなら嬉しいな」


 やっぱりいまだにフェーデルは、エルヴィアの外見を気にしない。

 健康的な生活で肉付きもよくなり、出るところは出たし引き締まるところは引き締まったと思う。我ながら美女に育ったと思うし、認識阻害の魔道具を付けずに人前へ出ると、男性からネットリとした視線を浴びせられる。全然嬉しくないけれども。


 ただ唯一魅力をアピールしたい相手にだけ、このお色気光線が効かないなんて……!!

 エルヴィアとフェーデルは結婚して夫婦になったが、旅している間はなかなかゆっくりする暇もなく、なんとキスまでしかしていないのだ……!! 

 こちらからなんと言っていいのかもわからず、エルヴィアは微妙に悶々としていた。

 何も言えずにじぃっと紺色の瞳を見上げてみる。


「……エルヴィアは昔から変わらず綺麗だと思うけど。その青空のように澄んだ瞳がこうしてよく見えるから……どちらかといえば、今の方が好ましいのかもしれないね」


 ふっと柔らかく微笑んだフェーデルが、瞼の上にひとつキスをする。

 ──あ、甘〜い!! せっかく美少女転生したんだから、ちょっとくらい見た目アドバンテージも欲しかったけど……。でもまあ、こんなナチュラルスイートな旦那様と結婚できたんだから、もう、いいか!!! ピュアラブもそれはそれで美味しいし!!


 顔を熱くしながらも、フェーデルの頬にキスを返す。


「世間一般の美醜について、俺にはあまり分からないけど。このスベスベの肌はずっと触っていたいと思うし、艶々の髪はずっと撫でていたいし、いい香りがする身体は抱きしめていたいし、柔らかくて癒されるし、カナリアのような声はずっと聞いていたいし──」

「あ、もう、ストップ! ストップ! わかった! ありがとう!!」


 真っ赤になったエルヴィアの前に、フェーデルが跪く。

 もうあのきっちりとした黒い騎士服は着ていないし、下げている剣も無銘の物だ。それでも背筋を伸ばし、凛とした姿はあの頃のままで。


「エルヴィア、改めて言わせてくれ。愛している──しわくちゃになって命尽きるその日まで、共に生きよう」

「……はい、喜んで!」


 ぎゅっと抱きしめ合って、長い長いキスをした。

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