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武術大会2

 模擬戦のトーナメントがいよいよ開始の時間となった。最初は会場を4ヶ所に区切り、それぞれ予選が行われていく。

 エルヴィアはもちろんフェーデルのみを目で追っている。彼が優秀な騎士であると言うことは分かっていたつもりだった。でも、あくまでもそれは想像の中でだけだったと分かった。

 会場は広く、エルヴィアが駆け込んだのは観客席の一番後ろだ。すり鉢状に下がった一番底の演習場の土の上に立つフェーデルは遠く、向こうから見てもエルヴィアなど人に紛れて豆粒ほどにしか見えないだろう。

 それなのに、3回目の試合に難なく勝利したフェーデルの掲げた剣が真っ直ぐこちらを指し示した気がして、胸がドキンと大きく鳴った。


 次はいよいよ準決勝である。もうここからは会場の中央で、一対一の勝負だ。それぞれの応援する騎士を見るため分散していた観客の視線も、中央の騎士二人に集中している。興奮で騒めく空気が、審判の手が上がった瞬間にしんと静まり返った。

 自分の吐く息さえ騒がしい気がして、エルヴィアは知らず両手で口元を塞ぐ。何か叫び出したいような、涙がこぼれ落ちそうな、自分の気持ちに名前が付けられない。

 審判の手が振り下ろされ、張り詰めた空気が膨らみ破裂した。


 ──キン!


 模擬戦ように刃の潰された金属の剣が高い音を立て、降り注ぐ日の光をキラキラと反射させる。それはフェーデルより一回りも大きな体躯の屈強そうな相手の騎士の手を離れ、審判よりもずっと後ろの地面にごろりと落ちた。


 わぁぁぁ!!!!

 会場が揺れる勢いで歓声が上がる。

 エルヴィアは詰めていた息をはっと吐き出した。


 悔しそうに歯を食いしばり会場を後にする騎士とは裏腹に、フェーデルは静かな表情をしている。

 勝負は一瞬であった。

 剣の知識のないエルヴィアには、一体何が起きたのかさえ分からなかった。それでも勝負が始まった瞬間にフェーデルが相手の懐へ踏み込み、その剣を弾き飛ばしたことは分かった。

 彼は見るからにフェーデルよりも大きかった。力も強いだろう。それなのに……。

 フェーデルは昔から他の人より身体が小さかったという。エルヴィアの記憶にある幼い彼も確かに小柄であった。背が伸びたのは騎士になってからだそうで、苦労することも多かったのだと思う。けれど、だからこそ力に頼り切らない技を磨き、身体の大きな人の何倍も稽古を積んだ。その血を吐くような努力の日々は、身体が他の人並みかそれより大きく育った後にもしっかり根を張って彼の礎となっているのだ。


「──クソッ! 誰だよ、フェーデル・カポネは顔だけの()()()()()()()だって言った奴は! おかげでここまでの賭け金がパーだ!」

「あのお綺麗な顔で実力者なんて嘘だろう!」

「フェーデル様って王女様のお気に入りだっていうから、てっきり顔だけだと思ってたわよね」

「王女様の近衛はみんなお顔が綺麗だものね」


 周囲の声にエルヴィアは強く拳を握る。確かにフェーデルは綺麗だけれど、綺麗なだけで騎士が務まるわけがない。あの人は、いつだって鍛錬を欠かさず生傷を作り、それでも主人を守るためなら命を捨てる覚悟を決めた誇り高き人なのだ。

 毎回傷だらけで現れるフェーデルに、「無理しないで」と言いたかった。でも彼が強くなるということは、彼自身をも守ることだから。せめて血の滲む傷が膿まずすぐ治るようにと、よく効く薬を作って出すことしか出来なかった。

 エルヴィアの瞳に、悔しさで薄く涙の膜が張る。


 もうひと組の準決勝では、細身のキラキラした金髪の青年があっさりと勝利を決めた。終わった後もなんだか親しげに肩を叩き合い、負けた騎士は颯爽と会場を後にした。

 残された金髪の騎士と、そしてフェーデルが決勝で闘うことになる。身長は同じくらいだろうか。ただ身体はフェーデルの方が逞しく大きい。

 引き締まった顔つきをしたフェーデルに対して、金髪の騎士は余裕のある薄い笑みを湛えている。少しそれが嫌な感じで……同時にどこか見覚えがある気がした。


「キャァ! 決勝はイサイア様よ! やっぱり素敵ね!」

「あれは公爵家の次男だな。やはり有力貴族家出身の方が優秀な教育を受けてきているに決まってる!」

「ベルモンド様は第二騎士団でも大きな権力をお持ちだと聞くわ。きっとお強いのでしょうね」


 女性たちの華やいだ声と、男たちが賭けに興ずる騒がしい声がする。あれは、イサイア・ベルモンド……かつてエルヴィアにブサイクだモンスターだと暴言を吐き、食べ物を投げつけた公爵家の子息だったのか。

 周囲の子息たちにも物を投げるよう指示し、エルヴィアが汚れていく様子をあの薄い笑みで眺めていた。


 審判が入り、向かい合った二人の横で手を上げる。観客の騒めきが一気に静まり、緊張の糸が張り詰めた。


「──始め!」


 振り下ろされた手と共に、フェーデルが素早く踏み込む。やや不恰好ながらもイサイアが剣を掲げ、キン! と高い音を立てながら防御の姿勢を取る。

 その瞬間、フェーデルは僅かに目を見開いて、驚いたような表情を浮かべたように見えた。

 足の動きは見るからにフェーデルの方が軽快で優れている。それなのに、初撃の後は随分と慎重な動きで、何かを探っているようにも見える。

 ──まさか、怪我をした? でもまだ攻撃が当たったようには見えないし。何かが……起きている?

 エルヴィアは無意識に、少しずつ観客席の前へ歩を進める。興奮した人々は、隙間をかき分けるエルヴィアになど目もくれない。

 剣の先をフェーデルの方へ向け、ヒラヒラと馬鹿にしたように振るイサイア。そのニヤついた顔は騎士というより、街中のチンピラか酒場の酔っぱらいにしか見えない。

 ぐっと歯を食いしばったフェーデルは、剣を握り直すと再び大きく一歩を踏み込んだ。


 キン、キン、キン! 高い音が響く。フェーデルが鋭い突きや払いでイサイアを押し込み、攻めていく。いよいよ追い詰められたイサイアは汗をかきつつ、それでもあの嫌な笑みを一瞬浮かべたかと思うと……剣を持つ逆の手で何か小さな物を握り込み、それをサッとフェーデルの顔へ向けて投げつけた。


「──っ!!」


 階段を半分ほどまで降りてきていたエルヴィアにも、何かが光を反射しながらフェーデルに向かって飛ぶのが見えた。

 剣技以外で攻撃をするのは明らかな反則のはず。それなのに審判は何も言わず、試合は継続。おかしい、こんなの何かがおかしい。

 上半身を大きく逸らせたフェーデルだけれど、その何かは彼の頬を擦って地面に落ちた。咄嗟にそれを目で追ったが、審判が自然に足で踏んで隠したように見えた。視線をフェーデルに戻すと、彼の顔には口の横あたりからこめかみ近くまで線が走っており、動くたびにそこから赤い血が流れ出ていく。


 ──刃物を投げたんだ……!


 飛び散る血で視界が悪いのだろう、片目を眇めつつフェーデルは剣を振るう。ニヤニヤ笑いながら押し返すイサイアの剣先が、フェーデルの騎士服の袖をピッと切り裂いた。


 ──なぜ? なぜ切れたのか。あれは、あの剣は刃先が潰れているはずなのに。そう、イサイアが持っているのは真剣だ……!

 最初に切り結んだ時、確かにフェーデルは驚いた顔をしていた。あれは相手の剣の刃が潰れていなかったから。だからその後は何か考えるように、攻め手を考えていたのだろう。

 下手をすれば死んでしまう。ましてや、相手は許されていない他の武器を投げつけるなどという卑怯な手まで使って。

 証拠を隠した審判も、イサイアの味方なのだろう。だから剣に細工があっても、何も言わずに試合を続けているのだ。


 なんてこと。なんてこと、なんてこと!!

 切られた頬はさほど深くない傷のはずなのに、血はだくだくと流れているし、ここから見ても妙に腫れて、ただれているように見える。

 苦しそうに眉を顰めたフェーデルは、それでも足を止めず、果敢に踏み込み、そしてイサイアの剣の手元を下から掬い上げるように叩くと弾き飛ばした。


 ──キィン!


 わぁぁぁぁ! 大歓声で会場が揺れる。

 流石にこれでは不正な判定も出来そうにない。フェーデルの勝ちを宣言した審判とイサイアは、もはや興味がないという顔をして会場を後にした。


 今や観客席の最前列まで駆け寄ったエルヴィアは、身を乗り出してフェーデルを見つめる。

 顔はもう半分が腫れ上がり、おかしな色に変わりつつある。普通の切り傷ではあんな風にはなり得ない。きっと毒が塗られていたのだ。

 早く解毒を! 傷を……! フェーデル、フェーデルが!

 手が震え、足が震える。

 あの人を失いたくなかった。たとえ私ではない誰かと暮らす未来であっても。それでも生きていて欲しい。笑っていて欲しいのだ。

 視界が滲み、ぼろぼろと涙が溢れた。

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