冷凍保存された肉塊
ぶつり、と首元にナイフを入れる。ぶつり、ぶつりと熟れた花肉を切断していく。
「こんなもの、いらない、のに」
どうして私は花肉を冷凍保存しているのか。
自分が恋をしているのだと気づいたのは、多分半年前のこと。朝目覚めたらアネモネの花が首元を覆うようにして咲いていたからだった。
最初から失恋が決まっていたようなものだ。何故なら相手には既に結婚相手が存在していたのだから。
こんなもの、いらない。穢らわしい。
そう思って花を摘んだが、摘めども摘めども花が溢れて止まらなかった。どうやら恋が実るまで永遠に咲く花らしかったのだから笑いものだ。
やがてその花も枯れて、後には鶏の肉髯のような肉塊が喉元にへばり付いた。花肉である。
花肉は恋が成就するまで取れないのだという。それを無理やり取って冷凍保存して……私はいつになったら食べる予定なのだろう。
捨てればいいのに、保管して。馬鹿みたいだと思うのに放置している。
今も花肉を削り取って、氷の中に入れようとしている。最近の習慣だ。花肉は氷漬けにすると美味しいらしいと聞いてから、そうしているけれど。
「先輩の結婚式か……」
変わった人だったけれど、彼もまた恋に落ちたらしい。大輪の花を咲かせているのをスカーフで隠しもせず堂々としていた。恋は人を狂わせるとはよく言ったものだ。
明日になれば先輩は既婚者になる。その式には私も呼ばれている。大学の後輩として、賑やかしとして参加する予定だ。
この恋は誰にも言うつもりはない。だからいつか私は一人で寂しくこの肉塊を食べるのだろう。そうして失恋の味を食するのだ。
「結婚、おめでとうございます……」
明日になったら言えるだろうか。幸せ一杯の彼を目の前にして。
春と雖もまだ肌寒い。明日はマフラーをぐるぐる巻きにして結婚式に参加しよう。それぐらいのことは許されるはずだ。
ぶつり。私は萎んだ花とともに、後悔を帯びた肉塊をちぎり取った。