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安倍晴明物語☆~夢幻の月~  作者: 夢月みつき
第一章「晴明と美夕達の日常」
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第八話「鴨川の悪霊」

「妹……」美夕(みゆう)はその言葉を聴き、胸がズキンと痛んだ。

蘭子の女房(上流貴族の世話をする女性)達を伴い、

晴明(せいめい)、美夕は蘭子と共に屋敷の中へ入っていった。

「さあ、さあ。父上がお待ちかねじゃぞ!」

蘭子(らんこ)は晴明の手を引っ張り、謁見(えっけん)の間に向かって晴明達を導いた。


謁見の間には、小太りで黒い口ひげと、あごひげを生やし、

中原家の家紋が入った、紺色の狩衣(かりぎぬ)を着て、

(かん)を被った中年の男性が座っていた。この男性が、中納言(ちゅうなごん)中原清道公なかはらのきよみちこうである。



清道は、晴明の姿を見ると、

「おうおう、晴明。よう、来た。今日は少々、遅かったようだがの」

ふと、美夕の方を見る。「む? そこな。娘は誰じゃ」

すると、美夕はひれ伏し。

「はい、中原様。お初にお目に掛かります…私は、巫女見習いの美夕と申します」

清道はあごを撫で、しげしげと美夕の顔を見て。

「ほう、その金色の目、お主、晴明と同じ化生じゃな? 何の化生じゃ。申してみよ」

と言うと、美夕は冷や汗を流し、困った。



もし、“鬼”と答えれば、この場で切り捨てられるかも知れない。

そう思うと、恐ろしくて、言葉が出てこなかった。

その様子を晴明が傍らで見ていて、助け舟を出した。

「清道公、美夕は神の使いと言われる。“白蛇”の化生です。

そして、私の補助をする巫女として、連れてきました。

必ずや、清道公と姫君のお役に立てると思います」



清道は扇をバッと広げ。「ほう、美夕とやら、白蛇の化生とは何と、縁起の良い。

晴明が白狐、美夕が白蛇。わしの屋敷は神の化身に守護され、何とも心強いことよ!

これで、我が姫に憑いた憎き悪霊も、尻尾を巻いて逃げてゆくわ! わははははは!!!」と豪快に笑い出した。



蘭子は、目を吊り上げムスッとし。

「父上! わらわは、その美夕とかいう女が好きませぬ!

きっと、わらわの晴明を乗っ取ろうとしているのです!

父上はよう、わらわと晴明の祝言を挙げてくださりませ!!」

と叫ぶと、せがんで清道の手を引っ張った。



その言葉に清道は血相を変え。

「なっ、何と! そこな、女人が晴明を乗っ取ろうとしておるとな!?

それは、せぬな! 晴明よ! お主は、蘭子と美夕。どちらが大切なのじゃ!?

まさか、蘭子を裏切りはせぬじゃろうな!!?」と叫び。

扇で晴明の肩を叩くと晴明は、綺麗な微笑みを浮かべ。

「まさか…美夕は、私の妹のような存在です。

私が真に愛しいと想うのは、“蘭子姫”ですよ」と、言った。



清道と、蘭子は大いに喜んだ。

しかし、美夕は瞳から涙をぼろぼろと流し、

悲痛な表情を浮かべると、部屋から飛び出した。

「美夕!」晴明は美夕を追いかけようとした。


だが、清道に「晴明よ!我が姫を愛しいと申したのは、偽りか!!」

と、言われ。涙を飲んでとどまった。

中原邸を飛び出した、傷心の美夕は、鴨川に近い。林の中をとぼとぼと、歩いていた。

辺りは薄暗くなってきており、不気味な雰囲気が(ただよ)っていた。

茂みから、黒い半透明の恐ろしげな悪霊達が出てきて。

美夕を取り囲み、取り殺そうとした。美夕は真っ青になり、

「キャアアア! 助けて、晴明様―――!!!」と泣き叫んだ。



絶体絶命のその時、「美夕ちゃん、危ない!!」

何と、道満(どうまん)が美夕の前に飛び込んで来た。道満は数珠をかきならし、法術を唱えた。

りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!! 悪霊退散!!!」

格子状の九字を胸の前で切ると、悪霊達は悲鳴を上げて成仏していった。



道満は、美夕の顔を覗きこみ。

「どうしたの? 美夕ちゃん。美夕ちゃんなら、浄化出来るはずでしょ?」と言うと、

美夕は恥ずかしそうに真っ赤になり、

「ありがとうございます……道満様。あのね。実は私、今、“あれ”なの。

だから、巫女の神通力は、使えないの。巫女の力は、神聖なものだから。

私の炎は、霊に効かないし」と、言った。



「そっか…それじゃあ、力は使えないね」

と道満はぽっと頬を赤く染めると、美夕の両肩を掴み。

「一人で、こんな場所を歩いているなんて危ないよ?

晴明ちゃんと、一緒に出かけたはずでしょ? 晴明ちゃんは?」

と言うと美夕は、悲しげな表情になり、

「晴明様は……今、中原清道様のお屋敷にいらっしゃいます。

そこには、幼い姫君がいてその姫と祝言を挙げるそうです。私のことは妹だって!

私より、その姫君の方が愛しいと……うっく、ふぇぇっ、うっ、うっ」

と声をしゃくりあげると美夕は、大粒の涙を流し泣き始めた。



道満は、思わず美夕を強く抱きしめブルブルと怒りで震えだした。

「あんの、()()()()()―――!!! よくも、美夕ちゃんを泣かせたな――っ!!?

道満は美夕を連れ無謀にも、中原清道の屋敷に乗り込んだ。



「無礼者! ここをどこだと、思うておる? 中納言、中原清道様のお屋敷だぞ!!?」

門番が道満を押しとどめた。

「無礼は承知さ! ここに安倍晴明(あべのせいめい)という、ケチな陰陽師がいるだろ?

そいつに用がある。さっさと、通してもらおうか!!」

道満は錫杖(しゃくじょう)で、門番の腹を強く突いた。そのまま門を抜け、庭へとなだれ込む。



狼藉者ろうぜきものだ――!!!」

門番が苦しそうに叫び、腰に下げている刀を抜き、道満に振り下ろした。

道満は錫杖で刀を受け止め、門番の腹を物凄い勢いで、蹴飛ばした。

吹っ飛ぶ門番。道満が、門番に錫杖を振り下ろそうとした時、



「もう、やめてください! 道満様。私の為に、こんなことしないで!!」

何と、美夕が門番を庇った。「美夕ちゃん」道満の力がゆるんだ。

その時、警護(けいご)の武士五人が、いっせいに道満を取り押さえた。

「くそぉおおっっ!! 放せぇえええっっ!!!」道満が力いっぱい暴れる。

屋敷の方から、騒ぎを聴きつけて女童(めのわらわ)、女房達や晴明、清道、蘭子達が出てきた。

「その狼藉者を牢に入れよ!」清道が言うと、晴明は清道にひざまずいた。



「お待ち下さい! 清道様。この者は蘆屋道満(あしやどうまん)という法師で、私の弟子でございます。

どうか、私が厳しく仕置きをしますゆえ、私の顔に免じて、お(ゆる)し願えませぬでしょうか?」

清道は渋々、うなずき「うむ、そう言う事なら、そなたの顔に免じて赦してつかわす」

と告げると、晴明は「感謝申し上げます」と、頭を下げ。



「失礼いたします」と言うと、道満の腕を掴み、裏庭へと強引に引っ張っていった。

「痛いな、放せよ!!」道満は、晴明の腕を振り解いた。

晴明は、眉を吊り上げ「道満! 中原公のお屋敷に乗り込むとは、何事か!

何を、血迷っている! もう少しでお前は、死罪(しざい)になる所だったのだぞ!!」

一喝すると、ガッと、突然、道満は晴明の胸倉を掴み。


「血迷ってるのは、どっちだ! 晴明!あんた、美夕ちゃんを一人にしたろ!?

美夕ちゃんは、悪霊に取り殺される所だったんだぞ!

美夕ちゃんはあんたが、守るんじゃなかったのかよ?

それに、中原の姫と祝言を挙げるって!?

美夕ちゃんより愛しいって何なんだ!! 美夕ちゃん泣いてたぞ。泣かすなよ!!

あんたが、守れないなら俺が盗っちまうぞ!!?」と、怒鳴った。



晴明は、冷たく紫の瞳を細めた。

「――勝手にしろ。それが美夕の意思なら、私は何も言わん…」

二人の間を、冷たい風が吹きぬけていく。

「この野郎っっ!!!」何と、道満はいきなり晴明を殴った。

「フン、あほうが…」

晴明は、口の端から流れ出た血をぬぐい、つぶやいた。




その時、茂みから美夕が現れた。美夕は悲しげな表情を浮かべ、涙を流し。

「晴明様、酷い! 私はあなたにとって、その程度の女だったのですか?!

私にいつも向けてくれた、優しい眼差しや、お言葉は偽りだったのですか?

こんなことなら私、あの時、父様(ととさま)に食べられた方がよかっ……!」

と言い放とうとして、晴明にいきなり抱きすくめられた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆

◇今回の登場人物◇

中原清道なかはらのきよみち

娘が一人おり、早くに母親を亡くしたため

ふびんと思い甘やかして育ててきた。

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