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安倍晴明物語☆~夢幻の月~  作者: 夢月みつき
第一章「晴明と美夕達の日常」
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第一話「冷たい雨のあとに」

美夕は、しばらく私と満足に口をきかなかった。

やはり、心の傷の深さをあらためて、痛感した。


故郷の怪異事件の後、美夕は、晴明の屋敷に住み始めた。

ショックを受けた美夕はほとんど、晴明と口をきけず

それがまた、彼女の小さな胸を苦しめていた。

そんな彼女を心配して晴明は、顔を見ては声かけをしていた。

「どうだ? 美夕。屋敷には、なれたか」

「あっ、安倍様……申し訳ありません」

美夕はビクッと、肩を震わすと頭を下げうつむいたまま、口をつぐんでしまった。


(今日は、ここまでか……)

晴明はため息をもらすと、仕事部屋に行った。

美夕は、夕餉の買いものにいつもの町に出かけた。

この町には、美夕のような異端(いたん)な存在を受け入れてくれる人達がいる。

「今日は、お芋の煮っ転がしにしよう」

美夕は、手ごろな里芋と人参、こんにゃくを選んで買った。

「いつも、ありがとねー! お嬢ちゃん」

野菜売りのおばちゃんが、にこやかに声をかける。


「はい……」

美夕は緊張して顔がひきつった。

肉屋に行こうとした時、にわか雨が降りだした。

「どこか、雨宿りしなくちゃ!」

美夕はあわてて走り出した。

その時、お気に入りの花柄草履の鼻緒が切れてしまった。

「あっ、どうしよう。安倍様に買っていただいた、草履が」


美夕は草履を引きずって、店の軒下に雨宿りをした。

「安倍様に怒られるかな……?」

美夕は、黒雲が立ち込める空を見上げ泣きそうになった。

「――怒られるとは、どういうことだ?」

低い声が聴こえ何と、晴明が傘をさして現れた。

「あ……安倍、様っ!」

美夕は目を見開きびっくりして、目も合わさず逃げようとした。


「そう、怖がるな。そのような、反応をされると傷つく」

晴明は、美夕の肩をつかまえて苦笑した。

「きちんと、言わないとわからんぞ?」

「申し訳ありません。あの……鼻緒が切れてしまって。

鶏のお肉も突然の雨で、買えませんでした」

美夕はしゅんとして、落ち込んでいる。

「そうか」

晴明は鼻緒を見て美夕を交互に見ると、

「少しばかり待っていろ」


美夕を待たして、雨の中に出ていった。少しすると晴明は帰ってきて

竹の皮に包まれた物を渡した。

「ほら、鶏肉だ。買ってきたぞ」

「あっ、ありがとうございます」

美夕の顔にほのかに笑顔が出ていた。

晴明は、腰を落としてかがんだ。

「よし、おぶされ。鼻緒は帰ったら、直してやるぞ」


美夕は、男性におぶさるのをちゅうちょしたが、

晴明の気もちを考えると、断れなかった。

晴明は美夕をおぶって、屋敷の方に向かって歩く。

暖かい…あのころの父様の背中みたい。

美夕は幼い頃、一度だけおぶってもらった

父の広い背中を思い出していた、目頭が熱くなる。

晴明は、思い切って美夕に聞いてみた。

「今日は、よく話してくれるな。話しついでに、教えてくれないか?

なぜ、お前は未だに心を開いてくれないのか」


「安倍様が聞いてくださるなら、お話しします」

美夕は、うつむきながら話しだした。

「あたしは、安倍様が優しすぎて怖いのです。

あたしはこれまで、他人に化生(化け物)とさげすまれ優しくされて来なかった」

「そんなあたしがこんなに良くして、いただいている。

幼いころから、優しくしてくれたおじいさんも、おばあさんも母様も…

村のみんなは、殺されてしまったのに。あたし一人生き残って。

だから、安倍様に優しくされて本当に良いのかなと」

晴明は、美夕の心の傷の深さを改めて知った。


彼は、美夕をおぶいながら話しを続ける。

「なあ、美夕。私はな。自分が、優しいとは思わないが、

お前がそう言ってくれるならそう思っても、良いのだろうな。

それに私は、お前にこれ以上努力しろと言いたくないのだよ。

自分を責めないでほしいし、お前が供養出来ていないと感じるなら私も手伝おう」

晴明は、紫の優しいまなざしを浮かべた。

「美夕が私の屋敷にいたいと思ったらいくらでも、いてくれ。

私はお前を実の家族と思いたいのだ」


「―――っつ!」

美夕は、言葉にならないほどの嬉しさと、切なさそして、

初めての甘酸っぱさを感じて泣き出してしまった。

頬が夕日のように真っ赤に染まり、心臓は甘い鼓動を打っている。

「ん? どうした。美夕」

晴明が気がつきまた、心配している。

「やっ! 大丈夫ですから、見ないでくださいっ」

(ふふ、見たくとも見えんよ。何とも、嬉しそうな声だな)

晴明は喜びをまぶたに浮かべる。


その瞬間、

「いつも、ありがとうございます。安…晴…明様」

美夕は体中が、優しく柔らかに手足のはしばしまで

溶けてゆくような幸福感が、湯のように流れていた。

「ああ、美夕。ありがとうな」

晴明は美夕が、初めて苗字ではなく名前で呼んでくれたことに、

耳がこそばゆいような嬉しさを覚えていた。


その夜、美夕は絶品の芋の煮っ転がしを作り、晴明は喜んで美味しそうに食べた。

次の日から、美夕は晴明を名前で呼ぶようになった、

その頃から、晴明への淡い恋心も芽生え始めていった。

徐々に、彼女本来の明るさも戻ってきたようで

晴明はそれを喜びながらも、美夕の自分への家族とは

違う感情の芽生えをふくざつな心境で、見守り始めた。

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