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世界の終わりは三度も来ない  作者: 矢坂楓
1話 猫又探しと魔猫飼いの死のこと(2022/4/9)
6/57

1話-(4)

 19:00(電話連絡より1時間後) 織絵個人探偵事務所


「すみません、レンタルーム城塚の最上階の……ハイ、その部屋の件でお伺いしたいことがありまして。今後の借用を検討しているので使用条件などの確認に……ええと、動物の飼育の可否、光熱費の処理と通信回線の有無、あとは……」

 物事というのは、怪しい奴に正面から突っ込んでぶん殴れば終わるような話は少ない。警察は現行犯でもなければ令状が要るし、一般人も現行犯などでのみ逮捕権が発生する。『合法的に権利を得る』為には、相手が違法であるという証明が必要なのである。つまり、まずレンタルルームの違法使用から詰める。

「終わったよおじさん。コーラ頂戴コーラ。置いてるんでしょ?」

「ねえよ。オレンジジュースで我慢しろ」

 電話を終えた麗が無いものねだりをしてくるので、冷蔵庫から取り出したジュース缶を麗の腹に向かって山なりに投げつける。慌てて受け止めた麗の渋い顔といったらない。

「これ綺羅々ちゃん用の160mlのやつじゃん!」

「ペットボトル置いといたらあの子際限なく飲みそうなんだよ冷蔵庫漁って! 『本数』ってブレーキがないとガキは手が付けられんの!」

 男性の拳ひとつ分くらいのジュース缶でも喉は潤う。電話一本で何を求めてるんだと思う。こちとら綺羅々ちゃんの保護者から厳しい目を向けられてるんだぞ。

「ケチねえアナタ。救出の下調べなんだから奮発したらいいじゃない」

「マリーさんには関係ないじゃないですか。一通り麗から話は聞きましたが、あの部屋に猫又達がいるんですね?」

「そうよ。どこからか集めてきた猫又がそこそこの数。繁殖させて生まれた『ただの猫』がさらに沢山……は多分当日に本社管理のトコから連れてくるわね。多分、今回調達したコ達は顔見世するとバレるから連れ帰って繁殖要員、私達みたいな古株は顔見世兼裏オークションでしょうねえ」

 マリー(26歳猫又・♀)からの横槍を丁寧に躱しつつ、早々に本題に入ることにする。

 彼女もミケ同様に遠くの町で拉致られ、去勢もされず数度の繁殖を経て未だに飼い殺しの目に遭っているのだという。大体2年前から。

 猫又に代表される低級憑魔動物ようかいは、基本的に本来の寿命よりも大幅に長生きで、且つ出産可能回数も野良猫よりは少し多い。頑丈だからだ。だが、そこから生まれた動物は至って普通の動物達で、憑依する確率は通常と変わらず『極めて稀』の範疇である。

 あるのだが、猫又とその子供を保護して『譲渡』と称して有料で対応する者、『猫又同士の子を保護した』というストーリーを糊塗した違法譲渡、または脱法ペットショップ、果ては猫又の保護と偽っての捕獲からの裏オークションへの出品など、新たな形の犯罪が増えている。

 動物愛護法に付随して『愛玩憑魔体管理法』、通称『妖怪保護法』が生まれたのもむべなるかな、であった。

 恐らくケルベロスやグリマルキンが多数の悪魔の匂いをかぎ取ったのも、卜部氏の残り香のようなものだろう。

「有難うございます。卜部氏や社員、飼育にかかわっている人達について何か気になることは?」

「飼育崩壊とは言いたくないけど、子供達の環境はちょっと不安になるわね。売り物になる限りは低調に扱うだろうけど、子猫のうちに引き取られるワケじゃないし。歳をとったらただの猫よ、猫又神話もバレちゃうから残しておくわけには行かないはずだけど」

 マリーが逃げた理由はわかる気がした。ミケは一般的な猫又よろしく頭が緩く思考がトロい。言葉は喋れても本質は猫だ。彼女は少しだけ頭が回るので、引き離された子猫に対する情も、末路もなんとなく察しが付くということだ。

「大変結構な話でした。今の証言をもとに、対策課に令状をお願いできます。麗、ミケ用のケージにシェード被せてお前の家で預かってくれ。事務所においとくと卜部氏が来たとき面倒……なん、だが」

 これで事件解決に一歩踏み出して令状とってめでたしめでたしと行きたかった。だが世間は甘くないらしい。

 事務所の呼び鈴が鳴る。スコープから外を覗くと黒服の男がいた。

 おとなしく扉を開けようとした刹那、そいつはスマホに何事か囁き、そして。

「裏に回れ!」

 麗に手振りで指示する間も与えられず、私はドアごと事務所内に吹っ飛ばされていた。

 空転する視界の端で、麗が指示通り逃げるのがみえた。


●―Ⅱ―

「はじめまして、探偵さん。自分はホットエピック業務執行社員、渡会(わたらい)と申します。以後よしなに。早速ですが本題に入りましょう」

 鉄扉ごとふっ飛ばしておいて、話が出来るコンディションだと考える傲慢さはどこからくるのだろう。私は眩暈を振り切りながら喉を震わせた。

「……ふう…………」

 扉をぶち抜き、人を壁際までふっ飛ばしておいて恭しく一礼した渡会とかいう男は、ドアスコープで見た姿とは似ても似つかないものだった。スーツが千切れていないのが不思議な筋肉、そこから漲る優越感。『オレ』はその辺疎いが、確か違法アプリによる肉体強化のようなものが出回っていた気がする。

「自分達は情報保護の観点から、マリーを探しておりました。当然、あなた方ならどうにかして探し出すんじゃないか、と見込んでの依頼です。とは言えお互いに信頼できる関係にはまだ遠い。あちらのお嬢さんには自分が監視についていました」

「…………」

「そうしたら、あなたは何故か警察署に向かったという。マリーが見つかる前に、です。可笑しいと思いました。お嬢さんの方、特憑魔体だったのですね。ブローチを見落としていました」

 あ、畜生。オレはともかく麗は33号として公表されてるじゃねえか。ギリギリ開示義務違反はしてないが、つけ入る隙は与えてたのかよ。馬鹿野郎が。

「マリーは猫又ですが、普通の猫として偽装が出来る。仮に見られても幾らでも言い訳は利く。ですがあなたが警察に行って、彼女が特憑魔体なら隠し立ては無駄でしょうね。本当に勿体ない。イベントまでにマリーを見つけてくれて、変に勘繰らなければ相応以上の収入が……」

「あ、自供はそんなもんでいいわ。オレ、長い話嫌いだから。で、この自供テープは幾らになるかなーなんて」

 オレの方も見ないで話を続けていた渡会は、唐突に蹴り上げられた扉、そしてピンピンしているオレに大層驚いた様子だ。ICレコーダーに、かもしれない。

「バッ、先程まで息をするのがやっとだったのに、なんでいきなり?!」

 息も絶え絶えだって分かってて喋ってたのかよ。アホかこいつ。

「オマエが知る必要はねえよ。よく知らねえけど、その体って頑丈なんだよな? 力だけの見掛け倒しじゃねえよな?」

「は? 何を言って、いや、マリーはどこにやった?!」

「今聞く話じゃねえよ。話戻すけどよ、このビル古いからエレベーター無くてな。あのガキんちょ、毎日階段上って来んだぜ。果てはアスリートか競輪選手かってな」

 こっちも今する話でもねえな。オレも『久しぶり』だからちょっとテンションが上がってるらしい。アニキもいつも言ってるけど、あいつがガス抜きしないのが悪い。

「俺が言いたいのは、オマエ等が奪ったミケって猫又を返せってのがひとつ。もう一つは、事務所を壊したオマエをぶん殴るってことだな。扉越しと壁に挟まれたのとで2発か」

「話にならない! 死に体で自分を殴ったところで何もできず拳が潰れるだけだ! あの娘はもう他の執行社員が」

「舌噛むなよ」

 話が長いので、オレが振りかぶってぶん殴るまで十分余裕があった。なので、腹に一発キメてふっ飛ばす余裕があった。肉達磨がオレの腹パン一発で吹っ飛ぶの、何度見ても気分がいいな。

 扉があった場所を抜けて、正面の柱に体を預ける渡会は驚きで目を白黒させている。ざまあみろだ。紛い物で強くなったつもりでも、今のオレに勝てるわけがない。

 織絵 真琴が呼ぶところの(フー)、ケルベロスの『右側』のオレはたまにコイツの体を借りて動かさないとストレスが溜まる。いつもは運動できるとこで発散させては筋肉痛と戦う姿を笑ってたもんだが、やっぱり暴力が一番気持ちがいい。

 憑依体(オレ)で体を覆えば、鉄骨を殴ろうが多分拳はつぶれない。多分。

「きっ、きさ、貴様、このっ、悪魔……!」

「よく言われる。でもにわかの悪魔憑きに言われたくねーなあ。ウラベって奴から『借りた』んだろ? それ。駄目だなあ法律違反は」

 渡会の首を掴んで引きずり、外階段から外へと吊り上げる。植栽があるし、この筋肉なら落ちても死なないだろう。

「で、これが2発目だ。死ぬなよ」

「待っ」

 手を放す。落下していく相手に追いついて殴れれば最高にロックなのだが、それを実行したらマコトが死ぬ気がするのでやめた。

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