7話-(3)
14:20(午後開始から1時間20分経過)
甘く見ていた、とは流石に言わない。
少なくとも、おじさんが経験値的に格上極まりないのは分かっていたつもりだった。格闘戦なんてアタシの趣味じゃないし、春先にも逃げ回るだけだったし、堕聖者事件では不意打ちで捕まっていたアタシだ。
だとしても、利き腕なし、悪魔なしで自分が「亜音速に達する」と評価した姪を相手に勝てるなんて余りに余裕ありすぎじゃないかとは思っていた。動体視力から逆算しても、攻撃が見えないなんてありえないとも。
「え゛っ」
それら全てが、盛大なる思い上がりだと気付かされるのは正直恥ずかしいを通り越して理解が追いつかない。
「だっ?!」
正面切っての全力疾走をフェイントに、眼の前で死角に回り込む。単純だけど速さで圧倒できる……そう判断し、切り返しで足を溜めたタイミング。気付けば、数歩離れていた筈のおじさんから足払いを受けていた。体が浮いたと気づいた時には喉もとに竹刀が触れ、力いっぱい、後頭部が地面とキスする音がする。これがヘッドギアなしだったら、死んだ脳細胞の数は地球人口を超えたかもしれない。
「さて、これで……えーっと保って1分ちょっととして50回くらいか? 私もそろそろピンチとか味わってみたいなあ」
「少しくらい、手加減出来な……、ハァ……の……?!」
「人間、報酬ぶら下げられないと頑張らないけど痛くないと覚えないんだよ。最低限の防具をつけてる時点で諦めるんだな」
肩を軽く回して余裕を見せつける姿に反論しようとしたが、背中を打った衝撃で肺の空気が足りない。マジで足りない。荒い呼吸しか出てこない喉に心底恨み節が募るが、これが今の実力差だといわれるとぐうの音もでない。
自分の意地を総動員して寝転がった状態から振り上げた竹刀はしかし、柄元を弾かれ竹刀があらぬ方向にすっぽ抜けてしまう始末。初期位置に戻って正座したおじさんの姿は、それでも憎らしいほど様になっていた。……かれこれ1時間こんな調子だ。
確かに動きは見える。でも死角から飛んでくる軌道は見抜けない。辛うじて視界の隅を掠めた軌道から首を逸らしても、待ってましたとばかりに追いついてくる。手元に集中していると足を掬われ、挙げ句の果てには竹刀を受け流された流れから回し蹴りが後頭部に食いついてきたのだ。
その間、ほとんど初期位置から動きがない。右手を使わせたら、どころか半径1m以内から動かしたらアタシの勝ちでいいんじゃないかと思うくらいにはおじさんとの差は圧倒的だった。
「まあでも、ちゃんと変化をつけて攻めて来ようとするのは成長してるな。その調子で変化をつけることと視野の広さを身に着けて、相手が何をしようとしてるのか、何をすれば相手が嫌がるのかを考えて動け。身体能力が上がったり、装備で補正がついたくらいで動きがワンパターンだったら何も怖くないんだよ。午前中にずっと形稽古やったろ。別にオリジナルの武術とかやらせた訳じゃないんだ、繰り返しやって体に刷り込め」
「えぇ……組手、ずっと定期的にやりますとか無いよね?」
「ある訳ないだろ。可愛い姪を何度も何度も痛めつけるなんて正直勘弁してほしいんだが?」
おじさんの言い分はいたいほどよく分かる。おじさんの本棚から借りて読んだバトルものの漫画でも、物凄く速いけど狙いが単調だからって理由で負けてるようなキャラが沢山居たはずだ。つまり、それだけ「速い」のは「わかりやすく強くて、わかりやすく対策できる」ってことなのだろう。
でもまあ、「可愛い姪」かぁ。
そう言われるのは悪くな
「けど、今日は業務時間内なんでな。あと1時間位は痛い目を見てもらうぞ。早めに帰れるんだ、もう少しは根性見せろよ」
前言撤回。
この人に慈悲とか愛情らしいものを期待したアタシがちょっと馬鹿だったかもしれない。
……しれないんだけど、終わってから定食屋に連れてってくれたことだけは評価してもいい気がする。




