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世界の終わりは三度も来ない  作者: 矢坂楓
5話 来た道往く道(2022/8/1~)

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5-(7)/一章 了

8/27 17:30 織絵個人探偵事務所(新)


「備品設置終わり、急ぎの資料の再整理完了、ネットワーク設定終わり。応接室の椅子はあるけど消耗品が足りない、作業区画の備品……タオルウォーマーは出荷待ち、コーヒーメーカーはまあ、こいつでいいか」

 手元のタスク表と納品書、そしてパソコンの設定などとにらめっこしつつ、新しい事務所の中身が概ね完成形まで整ったのを確認し、私は深く安堵の息を吐いた。新事務所の開所予定日が30日、それまでに接客用の消耗品だの備蓄食料だのを買い揃えておかないといけない。事務机などの設置は業者任せだが、それ以外はすべて自前だ。自慢じゃないが、不器用なので配線処理が一番面倒だった。

「お疲れ様……それにしても、事務所のレイアウトが見事にハマってるね。細々とメジャーで測って発注とかしたの?」

「冗談。今の世の中、ARやら間取りソフトやらで調べられるんだよ。備品は全部買い上げだけど、税理士からも『少しは金使って償却しないと後悔するぞ』って言われてたし怪我の功名だろ」

「税理士とか契約してたんだ……」

 新調されたパソコンの性能に目を丸くしている麗がなんだか非常に失礼なことを吐いた気がしたが、何とも言えない。節約していたわけではないし、給与という形で吐き出してバランスとるつもりでいたのだが、今年はなにかと事件に巻き込まれたので手当が増えていたのだ。

 探偵稼業はまあそこそこ、執行官としての危険手当その他の額が嵩んだので、事務所移転に伴う出費はむしろプラマイでプラスだったまである。

 依頼のデータベースとか過去の資料の復元とかが待ち受けているのだが、HDDからサルベージ出来たもの、無事な書類などは対策課から預かった為なんとかなるだろう。

 ……事務所再開にこぎつけるまでの間、色々とあった。

 例の不倫騒動の旦那はあの組への犯罪依頼その他でお縄になったし、その親が出張ってきて碌でもないことを喚きたてるつもりだったのでこちらから不倫に関して奥方にも見せていなかった資料を出して黙らせておいた。慰謝料は弁護士の仕事だが、苦労無くとれるだろう。そう言えば、昔不貞の手切れ金に窮して銀行強盗を目論んだ親子なんてものを見たことがあったな、と思い出してしまった。

「ところで、固定回線って引いたんだっけ?」

「ああ、FAX付きでな」

 唐突な麗の問いかけに、当たり前だとばかりに応じた。仕事用の携帯電話という手もあったが、公私の別がつかなくなるので避けたいのが本音だ。

「今更FAXもなくない?」

「そう思うだろ? 企業のお偉いさんとか体質古い人とか、書面で残したいってんで結構使うんだよ……で、固定回線がどうした?」

「うん。固定回線とかFAXとか、宣伝しないと使われないけど大丈夫かなあって」

「問題ない。タウン誌の隅っこに載せた」

「……じゃあ、あの留守電の表示は? あと吐き出された書類の数が」

 FAXに懐疑的なのは分かる。前時代の遺物と断じたくても、未だに使われるときは使われるから外せないのが事務所ってヤツだ。

 移転したことを宣伝しないと、ビル跡地に訪れる人が後を絶たないので広告を打つ必要もある。結構な額が飛んだが致し方なし。

 それらはよくある。それまではありきたりだ。

 だが、今まさにガッシャンガッシャンと紙を吐き出すFAXと、点滅を続けている留守電表示に私は白目を剥いた。繋いだのは昨日だったはずだ。確かに、事務所の色々な手筈が整うまで留守電にしておこうと思ってはいた。タウン誌の陳列と配布は……昨日だったか。

「麗、今日は定時だから帰れ。明日から準備で忙しくなるぞ」

「大丈夫なの? これ仕事か嫌がらせのどっちかだよね?」

「こっちで整理しておく。若いんだから早く帰りなさい」

「無理しないでよ?」

 心配そうにこちらを見る麗を軽く手を振って追いやると、改めて吐き出された紙を拾った。

 FAXは20枚ほどあったが、うち10枚が依頼関連、5枚が脅迫や人生どん底に入った連中の恨み節。これはシュレッダー行き。残り5枚は……こちらで手配していた情報に関する報告だった。だが、このままでは何が書いてあるのか読めない。

 留守電を聞く。口頭での依頼要求もあったが、細切れに、ボイスレコーダー越しの声が録音されているものが立て続けに流れる。

「相変わらずの面倒臭さだな……」

 留守電の内容を書き出し、情報書類と突き合わせる。

 解読結果は、とある中東国家の宗教絡みのちょっとした事件の記事の書き起こし。どうやら宗教施設にあった神体の一部が失われたという、事件の報道だった。

 そして、それが結構前の出来事で、前後してその宗教国家の政治が乱れ始め、国家転覆には至らずとも悪魔憑きの出現率が上がっていた、という。

 宗教緩衝帯であった関係から聖徒が鎮圧に現れたが、それでも検挙率は半分ちょっと。十分優秀だと思うが。

 そして最後の一枚は、まったく解読が必要のない一枚の写真だった。解像度は粗いし白黒、暗い場所を隠し撮りしたのだろうが、撮影者はよく生きていたものだと感心する。

「……そうか」

 それは、見紛うことなき『黒石』の姿。一緒にいる男は見覚えがある。違法な連中の残党の残党、残りカスみたいな構成員。そして、顔は隠しているが……見間違いでなければ、恐らく。

「久しぶりですね、所長」

 かれこれ10年以上前に失踪した、先代所長。

 日砂ひさご 一兵いっぺいその人の姿だった。


 日々は変わりなく続いていく。

 世界は歩みを止める者を置き去りにしていく。

 置き去りにされた者や、敢えて取り残された者達は世界との狭間で手を伸ばしているのだろう。

 ……立ち止まりそうになった自分の頬を張ると、私は改めて資料を振り分け、明日から、正確には3日後から始まる新しい日々に思いをはせることにした。



 世界の終わりは三度も来ない 一章 夜と黎明 了

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