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世界の終わりは三度も来ない  作者: 矢坂楓
4話 波の向こうで

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4-(9)

 20:00 市街地商業区画(久住母娘+レギオン数名)


 次々と現れる、水死体になりそこなった人の肉。ヴォジャノーイが手ずから人を殺した際に、己の肉や血を混ぜてから水に沈めることでそれと似た形の……半漁人の特徴を歪に反映した死体が出来上がるという。散発的に発生していた、または知られざる行方不明者や水死者をヴォジャノーイが回収したり手にかけていたならば、その数たるや甘く見られない。或いは腕利きの一般人なら対処可能だが、死体の悪臭、人を攻撃する抵抗感、そして悪魔の眷属として痛みを知らぬ化け物への恐怖がまさるうちに、返り討ちに遭うのが関の山だ。

「佳乃、分かっているわね? 彼らは死体とはいえ、手順を踏んで弔われていないし自分が死んだという自覚も無いはず。私達は悪魔に対しては苛烈に、でも人であった者達へは最大限の慈しみと哀れみを持たねばならないわ」

「心得ていますわ、お母様! 悪魔本人ほんたいを叩くのが最優先ですけれど、聞き込み通りなら際限無くは現れませんわよね! 丁寧に、この死体の頚椎を狙って『神罰』を打ち込めばいいのですわ!」

「……なんだ、あの人達。聖徒がうちの市に入り込んでるとか、織絵執行官と接触したとは聞いていたが……」

 だが、対憑魔機動班の遊撃隊の前に現れたのは二人の金髪美女……装備と聖職者の装いを見れば、彼らと相容れぬ聖徒の者達であることは明白だ。本来なら目的の確認や越権に対する許可の確認等が要るが、緊急事態な上に織絵 真琴外部執行官から事前に情報が届いている。特例的に認めざるを得ないのは間違いない。間違いないが、あの二人は異質だった。

 佳乃、と呼ばれた娘が噂に聞く『神罰槍』セシリア・久住・佳乃だとすると、母と呼んだのが『鏖拳』久住ジェルトルデか。佳乃の手にはその二つ名を象徴する法儀式済み銀針が携えられており、頚椎に突き立てられた個体はぴくりともしない。ジェルトルデの拳にはメリケンサックらしきものが嵌められているが、拳の握りが浅い。よく見れば、掌あたりがトリガー構造を成しているのがわかる……打撃時に駆動する仕掛けか、物騒すぎる。

「美人ばっかりだからって見惚れてんじゃねえぞ小林ィ! 中坊チューボーの小娘に先手打たれて恥ずかしいと思わねえのかァ!」

「すいません園崎班長!」

 呆然と、見惚れると言って過言ではない状態だった小林巡査は、班長である園崎警部補の檄で素早く制圧弾発射筒を構え、前方から近付く死体に引き金を引いた。制圧弾を受けた死体は、もんどり打って倒れ、動かなくなった。

 機動隊のガス筒発射機と諸元はほぼ同じだが、発射弾頭は低級悪魔憑きを強制排除するための「仮殺弾」と呼ばれる特殊弾。弾頭の大きさとそれに伴う衝撃力もさることながら、ごく低級の悪魔憑きであれば一発、下級悪魔憑きなら包囲集弾により祓魔が可能となっている。原理としては中級以上も対処可能だが、その命中率や必要弾数が現実的ではないため後継弾の開発が進められている。

 無論、悪魔そのものではなくその断片程度のバケモノなら、この一発で昏倒せしめ、悪魔としての要素を排除できる。

 完全排除は可能だが、問題はその時間と被害の最小化。執行官の言葉通りであれば、ここで被害を食い止めて全滅させておかなければ、続いて襲来する大型の魔獣へ後手となる……そうだ。

 彼とその助手が高速ボートを徴発して海へ向かったというが、そんな巨大生物を悪魔憑き二人で、はあまりに無理がある。自分たちが総出で向かって対処できるのか、それ以前に間に合うのかは別問題として。

「よォし、ここいらは片付いた! 中央病院に死体の回収を要請しろ、直行直帰で霊安室にぶち込めってな!」

「了解!」

 園崎警部補は一同に向けて指示を飛ばすと、手の空いた者への乗車を促す。それから久住母娘に向き直ると、芯の通った直立、そのうえで敬礼を一つして駆けていく。プライドも、対抗心もある。だが、今彼に、そして彼らに要求されるのはひとりの警察官として、市民を守る義務とそれを助けてくれる人々への礼儀であったことは間違いない。

「お母様、私達は海に向かいますの?」

「残念だけど、私は船舶免許がないのよ。今からじゃ、聖徒側を叩いても埃も出ないわ」

 だから、彼女達のこの街での活躍と物語はこれだけだ。

 あとは、業腹ながら悪魔憑きの青年達に任せるほかはない。

 ……ない、はずだ。


 同時刻 F県M市沿い 洋上


 都心部沿岸と異なり、F県まで北上すると海辺を照らす光はすっかりと静かになる。そのうえ、洋上を爆走する船は沿岸よりかなり距離が離れている……明らかに、二級船舶免許では運行できない洋上だ。

 アロハシャツにハーフパンツ、甲板にあからさまに怪しい長物を積んだ運転者は、無線を繋いだヘッドセットへと楽しげに話しかけた。

「夜の海っていうのはいいねぇ、最高! これが夜釣りだったらもっと良かったなあ!」

『言ってる場合ですか。貴方が今回の話を知って「行っていい?」とか聞いてきたから新幹線とか手配しようかと思ったら全部却下してプレジャーボート持ち出したんじゃないですか』

 無線の向こうからはむっつりとした女性の抗議の声が聞こえる。いかにもなお役所言葉と言葉には、不満の色が濃く浮かぶ。男はそんな彼女の態度を意にも介さない。

「まーまー、そう言わないでよ! そうだ、帰ったらデートでも行く? 俺は全然いいよ?」

『……私、人妻ですからね?』

「俺はウェルカムだけど?」

『……もう。駄目に決まってるじゃないですか』

「そっか、じゃあしょうがないな。あと1時間もあれば現着だけど、真琴君にはヨロシク言ったんだろ?」

 ああ、手応えはあるな。男は確信していた。もうちょっと強引に押せばいけるかもしれない。だが、そこで手を引くのが彼だ。ここまで脈を見せてから唐突に矛を収められると、相手は得てして戸惑うものだ。そして、勝手に寄ってくる。

『え、ええ……? ああはい、織絵執行官は非常に、貴方が向かわれるのに難色を示しておられましたが』

「そうかいそうかい、あいつはツンデレだからなあ! きっと思わぬ助力に大喜びに違いないさ!」

『絶対、嫌がってると思うんですけど……』

「でもあいつは俺に借りがあるぜ? 『悪魔症候群とサプリもどき』の件でね」

『……そんなんだから嫌われるんですよ』

 無線から呆れたような声が漏れ、切断される。

 勿体ないなあ、と男は怪しい笑みを浮かべ、ボートをさらに加速させた。

 嫌よ嫌よもなんとやら。貸し借りでプラマイゼロにするのは素人のやることだ。貸したら、また貸す。真琴には押し貸しするぐらいで丁度いい程度には、彼は重い負債を抱えているのだから。

 一級船舶と無線免許、そして私有プレジャーボート。

 完璧にバブルの遺児みたいな趣味層なのに、真琴と10歳も差がない(推定)あたりこの人マジで本編に出したくねえなって思ってました。

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