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世界の終わりは三度も来ない  作者: 矢坂楓
3話 Angels

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3-(2)

2022/5/29 13:59 某教会 礼拝堂


 休息日の礼拝に訪れる人々は、何れも敬虔な信徒達である。聖書を諳んじ、讃美歌を歌い上げる姿は何より貴く美しい。

 彼等の献身と信仰を目の当たりにしながら、それをヴェール越しでしか見ることのできぬ自分の姿に、コルラードは激しく己を恥じた。如何に追われる身であっても、如何に身分を明かせずとも、もう少し、自分にやりようはあったのではないかと。

「ご加減は如何ですか、コルラード殿。否、『ラーフ』殿とお呼びした方が良いでしょうか? あなたのことだ、()()()()いるのではないですか」

「……吐かせ、下郎。私の望みをこのような形で変え、あまつさえこの国の対策の網を抜けるような小細工を施し彷徨させた意味が何処にある」

「とはいえ、貴方はつい先日まで後期の癌患者だったんですよ? 夜の礼拝堂で神に向けて捧げていたあの祈り! あの弱弱しい祈りでは、悪魔を祓う側でございなどと大手を振って歩く聖徒とはだれも思いますまい! だからこそ、()が支部に入り込んでも、()()()()()()結界はついぞ私を弾くことも見破ることもかなわなかった! 死に瀕し命に飢えた貴方には、さぞやラーフ殿も馴染んだことでしょうなあ!」

 司祭服カソックを着てこの場に現れた彼は、無論のこと聖職者ではない。むしろ逆、れっきとした悪魔憑きだ。その観点で言えば、堕聖者である自分も大差ないのだろうが。

 数か月前、命を失う瀬戸際にあったコルラードは神に祈った。祈りというより懇願、死にたくないという怨嗟だったようにも思う。痩せ衰えた体に降りかかる激しい痛みと死への恐怖は如何に鍛えられた肉体であっても平等に蝕む。平等であるからこそ、敬虔さのみによって覆せぬ事実があった。

 だからそれは正に『悪魔の囁き』であったことは否定しない。『悪魔解放同盟デビルサンクチュアリ』は発足から20年を経て、当初の組織の志を残す者はほぼおらず、組織としてもそもそもが2度の憑魔大染で瓦解している状態で、その残党でございなどとのたまう者がまともであるわけがなかった。なかったが、人生に絶望して縋る神も見えていないコルラードにとって、生きるという目的意識の下ではそれを実現してくれるなら神でも悪魔でもよかったのだ。

『悪魔憑きとて、病魔に勝てるわけではありません。ごく例外を除けば、呼吸するように死は訪れましょう。……ですが、どうあっても生きたいと申しますなら。一柱、聖徒あなたがたでは思いもよらぬ悪魔をご提供致します。そして、この国で発達した悪魔憑きを検知する機能、あれを欺くことだって難しくはありません』

 そう言って自分を陥れた男は、確かに不死を実現した。異教の物語に於ける神と対立する者。神を欺いた者。太陽と月をも呑む神話の悪魔――ラーフを、彼に与えたのだ。悪魔でありながらサタンを奉じぬそれは、さぞ簡単に喚び寄せられたことだろう。

「ご高説大変結構。我が信仰が地に落ちたのは疑うまい、恥じるばかりだ。だが主を欺いてまで得た不死、そうそう失うには惜しい。貴様が現れたということは、この地も危うくなったということか『黒石』」

「さすが、苦難と葛藤に潰れた果てではなく、己の卑小な欲と恥とを秤にかけて堕聖者となった方は話が早い! あなたの部下がもうそこまで来ているのです……それに! 彼女はよりにもよって『ケルベロス』を頼りました!」

「ケルベロス? 嘗て我々の神託を唾棄し、あまつさえ聖体を以ても御せなかった魔界王派か。噂話にしか知らぬあの、愚物が」

 芝居がかった『黒石』の言葉に、は瞠目する。コルラードはDPⅠ終結後、聖徒の立て直しと堕聖者の探索の為に日本に移った。故に彼は、かの01号(ケルベロス)に煮え湯を飲まされた同胞のことも、ジェルトルデが完膚なきまでに叩き伏せられたことも知っていた。それを、今頼るのか。恥も外聞も捨てて、自分を討つ為に。

「その通り。その恨み節大変結構、だからこそ依頼のし甲斐がある」

「逃げろと言うのかと思ったよ、私は」

「とんでもない。2日後、朔の日。あなた(ラーフ)にとってこの上ない絶好機です。早晩探り当てるサタンの猟犬を噛み千切り、主を奉ずる堕聖者としてその屍を掲げればいい! ……主は許しますまいが、聖徒は溜飲を下げるでしょうなあ!」

 コルラードはその高らかな宣言を聞き、『そうかもしれない』と何故か理解した。何時になく高揚するのも、きっと来るべき日のせいだ。

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