幕間 2003/8/9
ジェルトルデと真琴の痴情の縺れだけで短編一本書くだけの内容があると思うけど余りに重すぎる。
なんでこいつしれっと結婚してんだよって話は4話で。
2003/8/9 17:20 A市郊外
「まだ立つ気かよ。いい加減、オレはマコトの体使うのしんどいからやめたいんだけど」
「だ……ったら、戻ればいい、じゃない。坊やに体を、預ければ、あとは楽でしょう?」
瓦礫が崩れる音と、激しく咳き込む声。ジェルトルデ・マグリーニは目の前に幽鬼の如くに精気なく、しかし無数の針で刺すような殺気を称えた織絵 真琴、否、彼が二と呼ぶケルベロスの人格と対峙していた。余裕綽々のあちらと違い、もうジェルトルデの肉体はズタズタだ。筋肉はかなり痛めつけられ、立つのもやっと。
「駄目だ。アイツはオマエを殴りたがらないし、オマエがマコトを撃ったら死なないけどショックで寝込む。だからマグリーニ、その銃を置いてケツ捲って逃げろ。あの悪魔憑きはオレたちの獲物だ。死なせちゃいけねえって、アイツがあの男の娘と約束した。オレには親子の情なんてわからねえけど、死なせた時のこいつがどれだけベソかいて自分の腹にナイフ突き立ててきたかわかるか? 死ねねえ癖に、死にたがりやがってさ。オレ達の身にも……はは、オレは憑いてる側だから体なんてねえんだけどな!」
もう何度、コンクリート目掛けて蹴り飛ばされたものかわからない。
もう何度、腹部に重い一撃を受けたものか覚えていない。
恐らく普通の人間なら、最初の一撃で内蔵が潰れていてもおかしくはなかった。鍛えた肉体、そして聖体の防御がなかったらこうは粘っていなかった――その実力には自惚れがあるし、真琴本人であれば如何用にでも出来ただろうが、『強制憑依と荒事特化』の二にはなんら通用しないという、頑然たる事実だけが露わになった。無論、二に肉体を預けるリスクは多大な消耗、そして未成熟な肉体への打撃。彼女が痛めつけられるほど、後々彼が前線から退く期間は延びるのだ。
すべては堕聖者討伐のため。彼が、魔界王派が掲げるような許しを前提とした憑魔解除は許せない、許されないのだ。
「私は! 誇り高き『聖徒』として! その役割半ばで己に負けた堕聖者が! のうのうと明日を夢見ていることが許せないし許されないと言ってるのよ!!」
「だったらマコトが、まだ青臭ェクソガキが自分のせいでもないのに死んだ奴相手にメソメソしてるのを延々と見てろっていうのかよ!? オレ達みてえなのを喚ぶ為に寸刻みにされたこいつの両親、アレに罪滅ぼしするためにサタン様に頭下げてるこの馬鹿の心が曇るのを見てろっていうのか! こいつに! 初恋なんてクソみてえなもの刷り込んでオレたち事撃とうとした奴が聖職者ヅラだぁ? 笑わせるんじゃねえよ!」
絞り出すように吐こうとした矜持はしかし、二の絶望と怒りのこもった激昂にかき消された。『彼』が真琴の中でこの三年ちょっとの間にどれほどのものを見たかは知らないが、しかしそこまで喚き散らされるだけの諸々があったことは自覚している。だが、それがどうしたというのか。使命感の前に、一人の少年の青春を秤に掛ける余裕などなかった。
「それで、も……」
アラーム。
場違いなほどにけたたましく鳴り響いたそれは、死力を尽くして食らいつき、目の前の怪物を抑えようとしたジェルトルデの理性に軛を打つものだった。
「――その辺にしておけ、二。メソメソベソベソ泣き喚いてるのはお前の方じゃねえか。時間だ、帰るぞ」
「はっ……ああ?!」
瞬間、表に顔を出した真琴自身の人格に、彼女は思わず頓狂な声を上げた。怒りにすら聞こえるそれ。しかし、軽く振り向いた真琴の目には、無感情な、否。
「殺しさえしなければ、俺が祓う必要なんてない。ジェルトルデ、お前はもう舞台の上にはいないんだよ。舞台袖で恨めしくカーテンコールを見せられる大根役者だったってだけだ。奴は、堕聖者でも聖徒でもなく、もうただの信徒だよ」
傷ついた体を引きずりながら、真琴はその場を離れていく。
試合に負け、勝負に負けた。
そしてあの目は、完全に興味を失った目だった――織絵 真琴はその時点で、ジェルトルデから完全に興味を喪失したのだ。




