第9話「ガルシア・スプラウドの観戦」
帝国魔法長官――ガルシア・スプラウドは貴賓席で闘技大会を見ていた。現在は停戦中とはいえ、ケリュアル王国との戦争はすぐに再発する。そのときのために、1人でも優秀な人材を確保しておきたい。ガルシアの役目は、今回の大会で優秀な魔術師ないし、魔術師の卵を見出すことだった。
同じ貴賓室には、帝国将校が3人。そして帝国騎士長――英雄と言われるソーディラス・レオの姿もある。帝国12騎士の中でも最強と言われている。
将校たちがさっきから、卑しい目を向けてくるのがわかっていた。ガルシアは女性なのだ。絶世の美女だという者もいる。傾国の美姫だと言う者もいる。魔法長官になれたのは、皇帝の女だからだと言う者もいる。
くだらない。
若くして長官のイスに座れたのは、それだけ才能に恵まれていたからだ。
騎士と魔術師は、マッタクの別枠になっている。騎士には騎士の階級があり、魔術師には魔術師の階級がある。ガルシアは帝国魔術師として最高位に座する者である。
「レオ騎士長は、闘技大会に参加しなかったのかね」
と、ガルシアは尋ねた。
騎士と魔術師が別枠とはいっても、騎士長と比べれば、ガルシアのほうが階級は上だ。それでも帝国随一と言われるレオ騎士長にたいして、尊敬の念を覚えている。年齢的にも、ガルシアのほうが若い。
レオ騎士長は頬をゆるめた。
「それを言うなら、ガルシア長官こそ」
「私は、闘技大会に参加するよりも、優秀な人材を見つけなければならんからな。次なる戦争に備えて」
「同じく、私もですよ。ガルシア長官は魔術師をお探しでしょうが、私は腕の立つものを――ね」
いちおう立場的には、ガルシアのほうが上だ。なので、レオ騎士長のほうが言葉づかいをあらためていた。
「なるほど」
貴賓室の座席は深く沈み込むようになっている。肘かけには飲料が用意されている。水を手にとり、口を湿らせた。
相変わらずお美しい――とか。
キレイなプラチナブロンドですな――とか。
将校たちは、つまらない言葉を投げかけてくる。いちおう相手は将校だ。失礼がないようにあしらっておいた。
会場が騒がしくなる。
「誰か有名な人物が出てきたかな?」
「あれは、帝国12騎士の1人。ベルモンド・ゴーランですよ。双剣のゴーランなどと呼ばれています」
と、レオ騎士長が紹介してくれる。
「若いな」
それに良い男だ、と思った。
いちおうガルシアにも美醜感覚は備わっている。しかし、重視はしていない。ガルシアは、実力のある人物こそ美しいと思っている。
「ええ。ゆえに勢いがある。動きが直線的でまだまだ甘いですが、相手の急所を的確に突く技量はなかなかのものです。それに、彼の俊足は凄まじいものがありますよ」
「ほぉ」
具体的な説明は不要だ。
帝国12騎士の内に数えられているのなら、それだけ強いということは証明されている。
「相手はまだまだ子供ですね。これは、組合せが悪い」
「うむ」
ガルシアは見るべきは、子供のほうだ。優秀な人材確保という意味では、別にゴーランを見る必要はない。同じく騎士長も子供のほうに注目しているようだ。
「あの子供。どう見ますか?」
騎士長は鋭い眼光を、子供のほうに向けている。
きっと自分も同じような目をしているのだろうな――とガルシアは思った。
「騎士には不向きだな。カラダを鍛えている様子はない。これといった武具を装備しているわけでもない。それでもこの闘技大会にエントリーしたということは、魔術に自信があるということではないかね?」
「ええ。私もそう思います。で、魔術のほうはどうなのです?」
ガルシアは首をひねった。
「いや。優秀な魔術師であれば、見てわかるものだ。しかし、あの子からはまるで何も感じられないね」
「なら、不要な人材ですね」
「ああ」
ものの数秒で終わる試合だろうと思っていた。しかし、その予想は大きく外された。ゴーランの一撃を、子供が受け止めたのだ。
「なかなか、やるんじゃないですか」
騎士長は感心したように、子供を見ていた。
「今の魔法は、おそらく土系上位魔法の《鉄の皮膚》だな。ふむ。見た目からは魔法を使える気配など、ぜんぜん感じられなかったのだがな……」
ガルシアは首をかしげた。
「しかし、帝国12騎士の一撃を防いだのです。これは立派なことでしょう」
「そうだな」
上位魔法を使えるというだけでも、優秀な魔術師の証拠だ。
待機させていた魔術師の1人に、子供の名前を尋ねた。名前は、ケネス・カートルド。Fランク冒険者だとのことだ。
「Fランク冒険者? 何かの間違いでは?」
と、騎士長が首をひねる。
ガルシアも同じく「?」を頭に乗せていた。
イデタチからはFランク冒険者と言われても、納得がいく。騎士としても魔術師としても、冴える点はない。しかし、上位魔法を使って、帝国12騎士の一撃を防いだのは事実だ。
何か固有スキルによるものなのか。
自分の実力を隠さなければならない、事情でもあるのか。
長く伸ばしているプラチナブロンドの髪をかきあげた。別に、外見を気にして伸ばしているわけではない。切るのがメンドウなだけだ。将校たちの鼻がヒクヒクと動いたのを見て、ゲンナリした。次からは、男のように短髪にしようかなどと思う。
「前言撤回だな。育てればなかなか使えそうだ。試合が終わったら、帝国魔術師に勧誘してみよう」
まだ子供だ。
育てれば、そこそこの魔術師ぐらいにはなるだろう思っていた。
「それが良いでしょう。まぁ、しかしこの試合は、ゴーランの勝利に変わりはないでしょうけどね」
「それはそうだ」
帝国12騎士に勝てる子供なんかいたら、仰天だ。