第5話「魔神との契約」
「ま、待て。待て待て待て」
と、ヴィルザがあわてたように追いかけてくる。まるで親に置いて行かれた、寄る辺ない子供のような顔をしている。
「なんだ」
「言ったであろう? 私は数千年も誰ともしゃべっていないのだ。貴様がいなければ、また1人ぼっちになるではないかッ」
「あぁ……そうなるのかな」
「うむ。であるから、私も貴様と一緒に暮らそうと思う」
「えぇ!」
「なんだ? そのあからさまに厭そうな声は、いくら魔神だからといって、そんな嫌悪感を丸出しにされると、傷つくではないか」
ぐすん――と鼻水をすすっていた。
「いや。ゴメン。別に厭ってわけじゃないんだけど、オレについて来られても困るというか」
しかも一緒に暮らすだなんて、論外だ。
トッピョウシすぎる。
今はチカラを行使できないとはいえ、好んで魔神を世話する物好きもいないだろう。
「具体的に何が困るのか、言ってみろ」
「食事とか」
独り暮らしをはじめて冒険者として生計をたてている。Fランクなので、たいしたお金はもらえない。実際1人で生活するのでセイイッパイだ。
「問題はない。私は食事をとらないからな」
「何も食べないのか?」
「本来であれば存在してないも同然であるからな」
「それにしても、魔神と一緒に生活するっていうのは……」
大きな決断が必要だった。
優柔不断はケネスとしては、即決しかねる。
「よし。わかった。そうであるなら、貴様に恩恵を授けてやろう。その代わり、私の傍から離れないこと。こういう条件でどうであろうか?」
「恩恵っていうのは?」
「貴様。魔法陣は展開できるか?」
「いちおう、魔法陣だけなら」
冒険者としてやっていくために、独学で魔法の使い方を覚えた。魔術師学校に行けば、ある程度は魔法を習得することが出来るが、ケネスには入学費がない。
独学でやった結果、どんなチカラも発現することは出来ないが、なんとか魔法陣だけは展開させることが出来るようになった。
「貴様の魔法陣を通して、私が魔法を使う。そうすれば、私の魔法をこの世に顕現させることが出来る」
「え、いや。それはさすがにマズイって」
さっきの大地がめくれあがる惨状が思い起こされる。
「無闇に騒ぎを起こそうというわけではない。今日は、闘技大会が開かれているそうではないか。勝てば賞金も出るのであろう? 私のチカラを使えば、優勝など容易いこと。その賞金を貴様への恩恵としよう」
「賞金か……」
たしかに、それは魅力的だ。
賞金だけではなくて、名声も得られる。
そこで、ふとある着想を得た。
魔法陣を通せば、魔神のチカラが行使される。しかし、はたから見ればそれはケネスのチカラに見えるのではないだろうか? だとすると、これからの冒険者としての生活にも役立つかもしれない。
「たしかに、メリットは大きいな」
そうであろう、とヴィルザは嬉しそうにうなずく。
「貴様はチカラを得る。正確には私のチカラが行使されるだけであるが、まぁ、チカラを得ると言っても良かろう。そして、私は寂しくなくなる。これで、持ちつ持たれつの関係になるではないか」
「じゃあ、さっそく闘技大会にエントリーしてみようか」
まだ受け付けてれば良いが……。
「うむ」
と、ヴィルザは大きくうなずいた。
話だけ聞けば、良いこと尽くめのようにも思える。だが、そんなに良いことばかりだらけではないような気もした。