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第10話「ガルシア・スプラウドの初恋」

 ゴーランが疾駆した。

 そして姿を消した。




「あれは、魔術騎士だったのか?」

 と、ガルシアは問うた。




 なかには、魔術と騎士と両方の修練を積んだ者がいる。そういった者を、魔術騎士と呼んでいた。しかし、両方に才能がある者は珍しく、部隊を編制するまでには至っていない。




「いえ。あれは《俊足》という固有スキルなんですよ。ただ走っているだけです」

 と、レオ騎士長が教えてくれる。




「走っているだけ?」




「音速で走っているため、肉眼ではとらえられない。そういうスキルなんですよ」




「なるほどな」




 さすがにこれで、ケネスという子供も終わりだろうと思った。驚くことが起こったのは、次の瞬間だ。ガルシアは思わず立ち上がったほどだ。その勢いで肘かけにあった水をこぼしてしまった。




 ケネスは、ゴーランの一撃を防いだのだ。しかも、ただ防いだのではない。




「あれは……」




 自分の目に間違いがなければ、まず間違いなく土系最上位魔法の《絶対防御(アブソリュート・シールド)》と言われるものだ。最上位魔法を使える魔術師なんて、限られている。帝国内でも100人いるかどうかといったとろだ。




 魔法というのは「基礎魔法」「上位魔法」「最上位魔法」に大別される。が、細かく見ていくと、同じ基礎魔法の中でも、さらにランク分けされる。A級基礎魔法、B級基礎魔法、C級基礎魔法……F級まで存在している。




 それは、最上位魔法でも言えることだ。




 A級~D級の最上位魔法と言われるものは、神話に登場する神レベルだ。ガルシアでさえも、D級が限界だ。それでも神の領域に足を踏み込んでいる。



 今のは、どのぐらいだ?

 わからない。




 たった一瞬で、しかも見ているだけでは、そこまで細かく判別できない。しかし、最上位魔法が発動されたことだけは間違いない。




 ただでさえ驚いているのに、さらに驚くことが起こった。驚くというよりも、むしろ理解できない事態だった。




 ケネスが発した《酸の霧(アシッド・フォグ)》が、帝国12騎士のベルモンド・ゴーランを溶かしてしまったのだ。




 これには貴賓室どころか、会場全体が唖然とさせられていた。気が付いたときにはケネスの姿は消えていた。会場は喧騒に包まれていた。




「癒術で治るでしょうか?」

 レオ騎士長が尋ねてくる。

 そう尋ねられてガルシアもようやく正気を取り戻した。




「いや。さすがに癒術でも死人までは治らんだろう」




「そうですか。帝国12騎士の1人がこんな形で死んでしまうのは、非常に惜しいことです。惜しいことですが、それよりも――」




「わかっている」




 あの、ケネスという少年だ。

 タダモノではない。

 使われた魔法は4つ。




 土系上位魔法の《鉄の皮膚》。土系最上位魔法の《絶対硬化》。風系上位魔法の《呪縛の蔓》。火系上位魔法の《酸の霧》。どれをとっても申し分ない。




 ひとえに魔法と言っても、強弱は個人の魔力量によって変わってくる。筋肉に置き換えてみるとわかりやすい。たとえば、筋肉がまるでない人間が繰り出す回し蹴りよりも、圧倒的な筋力がある人物の単純なパンチのほうが強い。




 魔法も同じだ。




 最上位魔法まで使える技量も大切だが、肝心なのは魔力の強さだ。ケネスは火系上位魔法で、帝国12騎士の1人を完全に溶かしてしまった。魔力が強すぎたためだろう。




 欲しい!

 そう思った。




 ケネスという少年を手に入れられれば、かなりの戦力になる。それも即戦力だ。自分と対等なほどの、魔術師かもしれない。




 しかもまだ子供だ。

 伸びしろはいくらでもある。

 自分の直接の弟子にしたいとまで思った。




 あるいは、自分よりも強いかもしれない。




 ガルシアはカラダの芯が熱くなるのを感じた。魔法においては自分より強い者など、見たことがなかった。もしもケネスが自分よりも強ければ、はじめてかもしれない。この気持は、初恋、と言われるものかもしれないなどと感じた。




 25にもなって初恋とは――。

 我ながら呆れる。

 いいや。

 そんな不埒なことを考えている場合ではない。



「帝国魔術師を総動員せよ! あのケネスという少年を見つけ出して、我が魔術師部隊に勧誘するぞ」



 控えていた魔術師はたじろいだ。




「し、しかし、これは殺人です。闘技大会とはいえ……」




 なんて愚鈍なことを言うヤツか。

 ついガルシアはカッとなった。




「この闘技大会の本来の目的は、優秀な人材を見つけ出すためのものだ。帝国12騎士をああも簡単に倒してしまう魔術師だぞッ。殺人であろうと構わん。皇帝陛下はお許しになるはずだ。さっさと探し出せッ」




「はい!」

 魔術師は貴賓室を飛び出していった。




 つい怒鳴ってしまったが、失言だったことに気づいた。特に、帝国12騎士の1人として、ゴーランに目をかけていたレオ騎士長の前だ。




「すまない。別に他意はない」




「いいえ。構いません。私もガルシア魔法長官に同感ですよ。これは本来、優秀な人材を見つけ出すための大会です。ゴーランという戦力を失った分、それよりも大きな戦力が見つかったというだけです」




「わかってくれて、ありがたい」




 デラル帝国と、ケリュアル王国は現在、停戦中。とはいえ、ずっといがみ合っている仲だ。ベルジュラックはもともと、ひとつの巨大な絶対王政国家だった。しかし、世継ぎの問題でモめた。それをキッカケに各国は散り散りに分裂。その中で最もチカラを持った2つの国が、デラル帝国とケリュアル王国だった。




 帝国と王国。




 いずれかが相手を討てば、この戦争はたちまち収束するだろうと思われているが、もう数百年にわたって争い続けている。




 均衡が崩れない。




 逆に考えればチョットしたことで、このバランスは崩れるはずだった。そして今回の、闘技大会はその均衡を崩すための、戦力確保なのだった。



(あの青年がいれば、かなり違ってくる)

 と、ガルシアは確信した。




 ケネス・カートルド。




 その名前は、たしかのこの胸に刻みつけた。今の戦いを思いかえすだけでも、胸の奥がキュンとすぼまるものを感じた。

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