初恋の味
世間はよく、"恋"の味を甘酸っぱいと表現する。
俺は、断言しよう。
甘酸っぱい恋の味などしないことを。
中学2年の6月。
小学生の頃から登下校を一緒にしてきた仲のいい友人が、俺の1歩前で立ち止まり顔を真っ赤に染め上げ言った。
「俺さ、彼女が出来たんだよね。」と。
突然、告白してきたのである。
それからどうも何をやるにしてもあのときの表情がフラッシュバックし、自分の感情が有耶無耶だ。
急な告白から1週間後には、
「今日から彼女と帰ることになったからごめんな!」
左手で謝るようなポーズをして申し訳ない程度に頭を下げた友人。
きっとそこまで深く考えず今まで一緒に登下校をしてきた俺に断りに来たのだろう。
だが、俺にとっては崖から突き落とされたかのような裏切られた絶望感に陥った。
それから友人はと言うと、ご飯を食べることや、遊びに行くにしても全て彼女のことを優先にしてしまい、俺の立ち位置は"友達"から"クラスメイト"にチェンジしていた。
ーー
とある日のこと。
俺は、下校中友人と彼女が恋人繋ぎをして歩いているところを偶然、目撃してしまったのだ。
元々、家が近いことが理由で登下校を一緒にしていたことからいつかはこういった状況に遭遇することを予想はしていた。
しかし、実際見てしまうことと想像は格段と違うものだ。
呆然とその光景を見ていた自分は、思ってしまった。
ー俺も、友人の彼女になりたい。彼女の立場がいい。
ここで俺は、ただのクラスメイト同士なだけだから。なんて、開き直ってしまえれば楽だったはずだ。
だが、自分の心に嘘は付けず、友人の隣で彼女のように手を繋いで歩きたいという欲望が表へ顔を出してしまった。
そんな自分に対して、『キモイ』と一言蔑んだ。
そう思えれば、諦められるかなって。
家に帰宅すると、黒い感情をどうにかしなくてはと明日提出する課題なんて忘れて、自分の部屋に直行し、救いを求め白いベッドへと沈みこんだ。
「何で、俺は男なんだよ。」
小さな声で呟いた。
男である自分が悔しくて堪らなかったのだ。
小学生のとき、初めて出来た唯一の友達。
こんな根暗な俺なのに、いつも隣で笑って話しかけてきてくれた優しい友人を彼女は、何事も無かったかのように奪い取った。
俺がもし、女の子だったら彼と手を繋いだり、男友達には見せないような表情をしてくれた?彼の優しさにたくさん甘えても許してくれるのだろうか。
メリーゴーランドのようにグルグルと回り続ける思考の答えは見つからないままだが、回ることを止めてしまうことに恐怖心を感じる自分もいた。
遊園地は夢のような場所。
夢から醒めてしまえば、必然と見えてくる現実に気づきたくなかったからだと思う。
あれから1ヶ月が経ち、夏休みにさしかかろうとしていたときだった。
友人は久しぶりに、昼食一緒に食べようぜ。と誘ってきた。もちろん断る事情も無かった俺は、いいよ。とすぐ返事した。
人見知りの俺は彼以外に友人はいない。
彼女が出来てからは1人で黙々と食べていたこともあり、寂しくなっていたのだと思う。
だから、友人の明るさと優しさに甘えてしまった。
魔が差したんだ。
これ以上一緒にいては答えが見つかり、夢から醒めてしまうことを頭のどこかでは分かっているのにも関わらず、楽しく話す友人の顔を見て、俺はいつも通りご飯を食べ進めていた。
「聞いてくれよ!この前さ、遊園地に彼女とデートしに行ったんだけど、遂に、ファーストキスしちゃった!」
「俺も大人の階段登っちゃったかな!」
最後の一口を食べようと運んでいた梅干しが箸から滑り、ズボンに落ちてしまったのだ。
ー嗚呼、メリーゴーランドが止まっちゃった。
「大丈夫か!?」
「ごめん、俺トイレ行ってくるわ。」
「お、おう。ティッシュ足りなかったからあげるから言えよ。」
「ありがとう。」
ーー
「俺は、最低だ。」
梅干しは酸っぱいからあんまり好きでは無かった。
だから、食べずに済んで丁度良かったと思わずラッキーと思ってしまったのである。
折角、母が弁当に詰めてもらったのに。
俯いてズボンの汚れを確認した俺はティッシュに水を濡らそうとして正面を向いた。
そして、鏡に映る自分を見て気づいたのだ。
あれ。
何で、俺、泣いてるんだろう。
溢れてくる大粒の涙が頬をつたって口元まで流れてくる。
このまま零れるのは困るなと思い、ちょっと舌で舐めてみた。
何だよ。
しょっぱいじゃん。
誰かが言った言葉を思い出す。
ー"恋"の味は甘酸っぱいと。
そんな味、これっぽっちもしないじゃないか。
泣いている自分が可笑しくて笑っているのか今の自分は、まるでピエロのような顔をしている。
そして、遊園地は閉館した。