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忘れた筈の過去

 ······無意識の闇の中で、自分の意思とは無関係に記憶の再現が成される。あれは、まだ俺が二十歳の時だった。


 八つ年上の姉に頼まれ、俺は姪の冬子とうこを迎えに行く為に幼稚園に向かった。


 俺の仕事が夕方からなのをこれ幸いに、仕事の忙しい姉はよく俺を冬子の迎えに使った。


 幼少の頃より姉に頭の上がらない俺は、渋々とその頼みを聞いていた。幼稚園の向かいにはちょっとした山広場があった。


 起伏に富んだその広場は、幼稚園帰りの幼児達にとって格好の遊び場だった。退園後まだ体力を持て余しているのか、俺は度々冬子に山広場に連れて行かれた。


 名も知らぬ落葉樹が冬支度を急いでいるのか、広場は落ち葉で埋め尽くされていた。俺は義務感から姪を見守る為に斜面を登る。


 幼児達の賑やかな笑い声が各所から聞こえてくる。この広場は三方が柵で覆われている。園児達の母親達は安心して出入り口である下界で井戸端会議に勤しんでいた。


 冬子は放って置いても安心出来る子だった。俺はむしろ他の園児達に注意を向けていた。


 だが、俺のその心配は杞憂だった。身体の小さい子供は急な階段を器用に登り、年長の園児は年少の手を引き斜面を下る。


 落ちた枝に足を取られ、園児が俺の目の前で転げる。大丈夫かと声をかけたが、園児は力強く「大丈夫」と短く言うと直ぐ様立ち上がり走って行った。


 ······ここは子供達の社交場であり、子供達だけの世界だった。彼等は自分達の頭と小さな身体を駆使し自由に遊んでいる。


 山広場に佇む唯一の大人。俺は間違い無くこの世界の異分子だった。それは、傾き始めた太陽から届いた木漏れ日が視界に入った時だった。


 眩しさに目を細める俺の視界の先に、二人の女の子が映った。この広場でも突出して突き出した丘に二人は立っていた。


 その狭い足場に園児二人が立つには少々危険だと感じた俺は、二人の近くに行く為に移動し始めた瞬間だった。


 茶色い髪の女の子が後ろを振り返った。その祭、隣にいたおかっぱ頭の少女の肩に触れた。


 おかっぱ頭の女の子はバランスを崩し、頂上の斜面を転げ落ちて行く。落ち葉がクッション代わりになると俺は当初高をくくっていた。


 だが、おかっぱ頭の女の子の転げ落ちる先に分厚い石のテーブルと椅子が見えた時、俺は全力疾走していた。


 トンッ。


 それは、衝撃音と言うには余りに小さな音だった。俺は息をするのも忘れ少女に駆け寄る。


 おかっぱ頭の少女は倒れたまま未動き一つしなかった。少女の後頭部は冷たい石製の椅子に打ち付けられていた。


 俺は少女の身体に触れず、下界で我が子を待つ母親達に救急車を呼ぶよう絶叫する。今日に限って携帯電話を忘れた自分に腹が立ったが、異様な雰囲気を察知した母親達の一人が電話する様子が見えた。


 山広場は騒然とした。そこからの記憶は曖昧だった。おそらく余りにも目まぐるしく事態が推移した為か。


 心肺停止した我が娘を見て半狂乱になる母親。母親達の中で看護師の資格を持つ女性が少女に心臓マッサージを施す。


 遠くから聞こえてくる救急車のサイレン。只事でな無い雰囲気を察したのか、山広場にいた園児達の中には泣き出す子もいた。


 ······呆然と立ち尽くす事しか出来なかった俺は、おかっぱ頭の少女が立っていた場所を見上げた。


 木漏れ日に照らされた茶色い髪の少女は、不思議そうな表情でこちらを見下ろしていた。



 ······過去の夢はそこで途切れた。誰かが俺の胸を手で揺さぶっていた。


「······さん。浅倉さん」


 女の声に薄目を開けると、そこには見慣れた自分の部屋の天井があった。俺はどうやらベットでうたた寝をしていたらしい。


 俺は胸に置かれた白い手を握る。そして視線をその手の主に移す。


「······大丈夫ですか?浅倉さん。うなされていましたよ」


 俺を夢から現実に引き戻したのは、まだあどけない表情を残す全裸の少女だった。


 


 

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