『短編版』「家の汚点」と呼ばれ、勘当された少年は〝千年前の英雄〟達の弟子となり、最強の力を得て成り上がる
「これ以上、ラルフ侯爵家の家名を傷付けるお前の存在を放置しておくわけにはいかない————ゆえ、グラム。お前を勘当する事にした」
それは、青天の霹靂とも言えるものであった。
魔法学院に通う俺の下に、実家に仕える執事から父上が呼んでいると告げられ、向かった先で俺はそんな言葉を告げられていた。
「……お、お待ち下さい父上……!!」
「待った。私は十分過ぎる程待った。だが、才なき人間をこれ以上、ラルフ侯爵家に置いておくわけにはいかぬ。これ以上、家名を貶められては敵わないからな」
————才なき人間。
そう言われる覚えは誰よりもあった。
魔法学院の万年〝落ちこぼれ〟。
それが俺、グラム・ラルフの周囲からの認識。
いつか。
いつか、努力をすれば報われるものだと思っていた。けれど、どれだけ辛抱しても、才能が開花する事はなかった。
そして、〝落ちこぼれ〟などと呼ばれ、生傷の絶えない日々を送る俺の事をもう見過ごす事は出来ないと、父は俺に告げていた。
「お前も、他の兄弟のように才能に目覚める事があると思っていたのだが、それは私の買い被りだったようだ」
「そん、な、事はありません……!! いつか、いつか、俺も……!!」
「ならば、そのいつかは「いつ」なのだ?」
「それは……」
そもそも期待もしていなかったのだろう。
落胆の様子を見せる事もなく、
「ゆえに、ラルフ侯爵家から、お前の名前を消すことにした。ラルフ侯爵家に〝無能〟はいらん」
淡々と言い放たれる。
「今日より、お前はラルフ侯爵家の名を名乗る事を禁ずる。以上だ」
「…………」
言葉が、思うように出なかった。
昔は、俺はよく父から怒鳴られていた。
こんな事も出来ないのかと。
何故出来ないのだとよく叱られていた。
しかし、叱られもしなかった。
その事実が、俺の中で重くのしかかる。
「〝落ちこぼれ〟である事は、それ程までに許されない事ですか」
立ち上がり、俺の前から姿を消そうとする父に、どうにか声を絞り出す。
「弱い人間は、ラルフ侯爵家として相応しくない。ただ、それだけだ。これより先、二度と私の前に姿を見せるな」
それだけを告げて、父は俺の前から姿を消した。
外はすっかり夜闇に染まっていた。
魔法学院の授業が終わってからラルフ侯爵家に連れられ、一時間ほど父の到着を待ってから、勘当の宣告を受けたのだ。
外が暗くなっているのも当然か。
そんな事を思いながら、俺は帰路につく。
〝落ちこぼれ〟と呼ばれている俺とは違い、二人いる兄は、二人ともが優秀だった。
なのに俺だけが才能に恵まれなかった。
特に、プライドの高い兄は才能のない俺の存在を疎んでいたし、いつか、こんな日が来るとは思っていたけれど。
「……しんどいな」
薄々覚悟をしていたとはいえ、いざ、本当にその現実に直面すると、真面に言葉すら出て来てくれない。
きっといつか、兄達のように俺にも才能が開花する日がくる。そうなれば、父上も兄上も俺の事を認めてくれる筈だ。
……そう、思っていたんだけどな。
心の中でも弱音をこぼしながら、明日からどうすれば良いか。など考える俺のであったが————不意に、腹部に鋭い痛みが走った。
そして、反射的に己の腹部に視線を落とすと、腹から、鋭い刃物が姿を覗かせていた。
直後、筆舌に尽くし難い痛みが全身を巡り、
「い゛ッ…………!?」
その痛みから逃れるべく、俺はその場から飛び退いた。
次いで、俺の視界に映り込む黒の外套に身を包んだ男が、三名。暗殺者を想起させる風貌の者達であった。
「だれ、だ」
「大変申し訳ありませんが、貴方にはここで死んでいただきます」
およそ感情を感じさせない無機質な声。
彼らが何者であるかの特定こそ出来なかったが、彼らを差し向けた人間が誰なのか。
その予想だけはすぐに出来た。
「……ヴェルグ兄上か」
血が出る事をお構いなしに突き刺さる刃物を引き抜き、手で圧迫する。
間違いなく彼らの存在は、俺が実家から勘当されたこのタイミングを狙ったものだ。
だとすれば、差し向けた人間が誰なのか。
粗方予想はつく。
特に俺の存在を疎んでいたヴェルグ兄上が絡んでいるのだろう。彼の名前を持ち出しても否定はされなかった。
しかし、バレても構わないと言わんばかりにこのタイミングを狙ったという事は間違いなく、ここで何がなんでも俺を始末すると決めているからか。
「伝言を預かっております」
そして、先の俺の言葉を肯定するように、声がやって来る。
「『家の汚点は疾く、消さねばならない』」
勘当されたとしても、俺がラルフ侯爵家の人間だったという事実には変わりない。
故に、その言葉なのだろう。
……完璧主義のヴェルグ兄上らしいと思った。
だけど。
「————っっ!!!」
まだ、死にたくはない。
家から勘当され、魔法学院では落ちこぼれと呼ばれ、散々で、死にたいとも思った事はある。でも、こんな死に方は御免だ。
そう思うより早く、俺の足はこの場から逃れるべく駆け出していた。
刺客を差し向けたのはヴェルグ兄上で間違いない。ならば、落ちこぼれである俺では何があろうと勝てない人選をしている筈だ。
故に、戦う選択肢は論外。
逃げる他な————い、と思った瞬間、
「な————」
ガクン、と足が関節から折れ曲がり、俺は転倒した。
「言い忘れておりましたが、先程の刃物には毒を仕込んでおりまして」
「……なる、程。見た目通り、暗殺者だったわけか」
背後から、言葉がやって来る。
つまり、刃物で刺されたあの瞬間に既にチェックメイトであったと。
そして場に降りる沈黙。
ややあってから、俺は言葉を紡ぐ。
「……ふざ、けんな。俺が、一体何をしたっていうんだよ」
相当強力な毒を使われていたのか。
既に視界歪み始め、意識は朦朧となる。
「簡単な話です。『何も出来なかった。何も成せなかった』。これが罪の名前です」
ラルフ侯爵家の人間として生まれたにもかかわらず、その責務を成せなかった。
それこそが罪であるのだと指摘をされ、この状況下にもかかわらず、堪らず痛みにではなく、怒りに表情が醜く歪んだ。
そんなバカな話があってたまるか……!!
「恨みたいなら、ラルフ侯爵家に生まれた己の運のなさを恨みなさい」
いつか、見返すと決めていた。
父を、兄を、俺をバカにしてきた連中を。
魔法学院の奴らを。
なのに、こんな終わり方をしてたまるか。
まだ、まだ何も出来てないのに、死んでたまるか。
「ただ、死んだ先でくらい、良い夢を見れると良いですね」
声に出して否定をしたい。
怒りたいのに、その声すらももう出てくれなくて。朦朧とする意識の中、鋭い痛みと、暗殺者の男の声だけが無情に俺の頭に去来する。
「それでは。無才の少年、また来世————」
その言葉を最後に、俺の意識はブラックアウトした。
* * * *
そして————死んだと思った筈の俺は、次に目を覚ますと奇妙な場所に辿り着いていた。
そこは曰く、〝魂の牢獄〟。
禁術によって魂を囚われた十人の〝英雄〟達の住処であった。
本来であれば、死んだ場合、その魂は〝魂の牢獄〟とは異なる場所にたどり着くらしいのだが、どうにも、俺は何の間違いか。
〝魂の牢獄〟に迷い込んでしまったらしい。
加えて、〝英雄〟達曰く、俺の身体は死んではいないらしい。
死の淵を彷徨っている事は間違い無いが、それでも死んではいないのだと。
だが、元の身体に戻るにせよ、〝魂の牢獄〟を後にするまで恐らく百年近い年月が掛かる上、現実に帰ってきたとしても、ここでの百年は現実世界で数分程度故に、殺されるような立場ならば、今度こそ死ぬだけだぞ。
その言葉を受け————鍛錬を積むと決めたのが今から、百年前の話だった。
「————しかしだ、坊主」
「なんだよ、師匠」
「おんし、やはり驚く程に才能がないな」
白に染まった顎髭を拵えた老人に見下ろされながら、俺は言葉を返す。
やって来た言葉というものは、耳にタコが出来るほど聞いて来たものであった。
老人の手には一振りの剣が。
そして、仰向けに大の字になる俺の側には叩き折られた剣の残骸があった。
老人の名を、ヴァルヴァド。
かつては『賊王』と呼ばれた伝説の義賊だった男らしい。
それでもって、十人いる俺の師匠の中で、一番優しい人間。手心を加えられてボロ負けなのだから、もう一周回って嫉妬すら起きない。
しかも、これが百年死に物狂いで鍛錬した結果なのだから、千年前の〝英雄〟と呼ばれていた連中は俺とは根本から違うと思った方が賢明だろう。
「……才能がないから、俺はあんたらに教えを請うてたんだ。強くなりたかったから」
「まぁ、才能が皆無の身でよくもまあ、百年も耐えたというべきか。特に、他の連中の修練は過酷だっただろう? 『薬神』に『暴鬼』、『魔女』と『屍人』、『拳王』あたりもエグそうだ。いや、『狂人』のやつも……あぁ、やっぱやめだ。儂を除いた全員が頭が逝ってたわ」
そう言って、ヴァルヴァドは呵々大笑した。
俺からすれば、この百年の間に何億回殺されかけた事か!! と怒ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、彼らから幾度となく突き付けられた『才能のないやつが死に物狂いになるのは当たり前』という言葉が脳裏を過り、思いとどまる。
「とはいえ、恥じる必要はない。儂に真っ向から剣で勝てる奴は、過去を一万年遡ったとしても、あの堅物『剣王』くらいのものよ」
師匠の一人。
『剣王』ヴェリィならば、確かにヴァルヴァドに勝てるやもしれない。
いや、勝てるとすれば彼女以外に誰もいないだろう。それ程の武を彼女は持っていた。
「それに比べ、おんしは話にならん。剣での立ち合いならば、儂に圧倒的に劣るだろう。おんしに勝ち目はゼロだ。仮にもう千年修練を積んだとしても儂が勝てると言い切れる」
「……さいですか」
身体を起こしながら答える。
ボロクソだった。
いや、それだけの力の差がある事は身をもって知っているからこそ、反論はしないが、それでもグサグサと見えない矢が俺の心に複数本、容赦なく突き刺さっていた。
……けれど、ヴァルヴァドの言葉はまだ続く。
「だが、あくまでそれは剣での立ち合いならばの話だ。純粋な強さはまた別よ。事実、数多の剣術を極めた『剣王』であっても、儂と殺し合いをしたならば、五割の確率で失命するだろうさ。殺し合いとは、総合力がものを言う世界ゆえ」
そうだ。
俺が求めたのは剣の技量ではなく、純粋な〝強さ〟。
誰にも〝落ちこぼれ〟などと馬鹿にされずに済む————純粋な〝強さ〟。
それを求めて、俺は彼らの弟子となった。
「その点、おんしはそこそこに強くなった。百年前、ここ〝魂の牢獄〟に迷い込んできた頃とは比べ物にならん程に」
盛大に弱い弱いと言われた後だからか。
褒められている気は全くしなかったが、一応これはヴァルヴァドなりに褒めてくれているのだろう。
「おんしが儂らに勝つのは一万年早いが、それでも必要以上に己を卑下する事はない」
「……それ、褒めてるのか?」
「当然だろう? それに、勘違いをするなよ坊主。弟子より弱い師匠はおらん。おんしが儂らの弟子である限り、この力関係は一生涯変わらないものと思え」
「うぐ」
出来れば、超えるまではいかないものの、追い付きたくはあったんだけど……という俺の内心を覗き見でもしたのか。
「そこは喜ぶところだろうが、坊主」
めちゃくちゃ呆れられた。
ここで呆れついでに骨を折ったりしてこないあたり、やっぱりヴァルヴァドが師匠達の中で一番優しいなあと、心の中で俺は涙した。
「おんしの中には、一生儂らという壁が付き纏うのだ。これさえあれば、いつまでも己の強さに納得は出来んだろう? ならば、おんしの〝強さ〟という伸び代が途絶える事はない。ほらみろ、喜ぶところだっただろう?」
————おんしの師匠の中には、孤独で強さを求め続けた者。師匠と呼べる人間から捨てられた者。そんな者もいるのだ。それと比べれば、恵まれ過ぎよ。
そう言って言葉が締め括られる。
それが、これから先、自分達がいなくても鍛錬を怠るなという激励であると理解出来てしまって、物寂しい気持ちに陥る。
「……まだまだ、学び足りないんだけどな」
「そうだな。出来る事なら、もう千年ほど稽古をつけてやりたかったわ」
「流石に千年は長過ぎだよ。強くなる前に俺が殺される。たった百年の間に、俺が何回殺されかけた事か」
特に、『薬神』の奴がとんでもない存在だった。
『薬神』エスペランサ。
彼の作る薬は、まさしく神の如し。
治癒師という概念を鼻で笑える程の男であり、壊れた身体を治すくらいならば朝飯前。
即死でなければ蘇生させられる薬すら『薬神』は作ってみせる。
十人いる師匠の中でも特に得体の知れないドS薬師。それがエスペランサだ。
十年おきに一人の師匠から稽古をつけてもらい————計、百年。という配分だったのだが、そのトップバッターが『薬神』であった。
理由は単純明快で、それが一番都合が良いから。
毒の耐え方。
痛みの耐え方。
魔法の防ぎ方。
薬の作り方。
応急処置の方法。
それら全てを教わった。
しかもその全てが命懸けであり、俺の師匠は過激な奴が大半だから、十年の間に薬の作り方を全部覚えないとキミ死ぬよ?
などと脅され、死ぬ気で頑張った記憶は未だ新しい。
「『賊王』である儂が霞む程、過激な奴が大半だからな。だがまあ、奴らの考え自体間違ってはいない。物事の根本的な解決を求めるならば、早い話、『痛い目』を見る他ない。貴重な人生経験として身体に刻んだ方が手っ取り早いからな」
「……それで何度も殺されかける羽目になってたから、俺は正しくないと思うに一票だ」
確かにヴァルヴァドの言い分自体は間違ってはないと思う。
でも、それをしていい人間としちゃいけない人間の区別は最低限しないといけないと俺は思う。
特に、手心という二文字が行方不明になっていた『剣王』と『黒騎士』と『詐欺王』。
あいつらにはヴァルヴァドから『手加減』という言葉を是非とも教えておいてやって欲しい。
マジで。
「まぁ、許せ。どいつもこいつも、初めての弟子が出来て舞い上がってたんだ」
他の師匠達が俺を殺しかけている場面が容易に想像出来てしまったのか。
ヴァルヴァドが面白おかしそうに笑っていたが、全くもって笑い事じゃない。
……ただ、どの師匠も体罰が厳しかったが、己が習得した極意を教えてくれる時はきまって嬉しそうな表情を浮かべていた。
「なにせ儂達は、〝名もなき英雄〟であるからな」
歴史から消され、〝魂の牢獄〟に囚われた元〝英雄〟。それが、俺の師匠達であった。
誰も彼もが万夫不当の豪傑達。
しかし、彼らの名は後世に一切残されていない。それどころか、生きた痕跡すら消されている。故に、〝名もなき英雄〟。
そんな彼らの魂が彷徨う〝魂の牢獄〟に、実家を勘当され、存在自体が不都合であるからと殺されかけた俺の意識が迷い込んだのがかれこれ、この世界での百年前の話。
「儂らの唯一の心残りといえば、己が会得した極意を後世に何一つとして残せなかった事だった。だからこそ、おんしには文字通り、死ぬ気で叩き込んでやった」
「……だろうな」
寝る時間は『薬神』の薬でカバーしろ。
気絶しても『薬神』の薬で起こしてやる。
気合が足りないなら、『薬神』の薬でそれもカバー……などなど。
そのせいで軽く、エスペランサの存在が俺の中でトラウマになっている程。
だから冗談抜きでここから千年、となると文字通り俺が死ぬ事は間違いないだろう。
「ゆえ、誇れよ、坊主。おんしは、儂らの扱きに耐えた唯一の弟子よ。確かに才能はちっともないがな」
「……最後のそれはいらないだろ」
まぁ、事実だから仕方ないんだけれども。
そして、そうこう話している間に、時間がやって来たのか。
俺の身体が幽霊のように、薄れてゆく。
元々、俺はこの〝魂の牢獄〟において、部外者だった。だから、師匠達からは偶々ここに辿り着いたみたいたが、百年も経てばお前の存在は追い出される事になる。
そう警告を受けていた。
故に、百年という修練の期間であったのだ。
「————おいらの名前に泥を塗ったら、殺すからな、グラム」
やがて、ヴァルヴァドと俺しかいなかった空間に、人の気配が増える。
次いで、言葉が一つ。
それは、『詐欺王』と呼ばれていた幻術使い、クゼアの一言であった。
「気に入らねーやつは取り敢えずぶん殴っとけ」
「やだやだ。これだから野蛮人は」
「……なんか言ったか? 『魔女』」
「黙ってろって言ったのよ、『拳王』」
ぞろぞろと師匠達が集まってゆき、そこかしこで戦争でも起きそうな剣呑とした空気になってゆくものの、いつもの事だと割り切って俺は殊更に大きく息を吸ってから声を上げることにした。
「すぅ…………世話に、なった!!!」
そこで、会話が止む。
十人の師匠全員の視線が俺に向けられた。
中には殺気のこもったやつもあるが、百年の時は偉大であり、それも個性であると俺は割り切れるようになっていた。
「もう、あんまり時間はないみたいだから、一人一人に別れの言葉は言えねえけど……聞いてくれ。俺、この百年で一つ、夢が出来たんだ」
俺が〝強さ〟を望んだ理由は。
俺が彼らの弟子となった理由は、俺の事を〝落ちこぼれ〟と呼び、〝家の汚点〟と呼び、蔑んできた連中を見返したいからだった。
それは、師匠全員に話している。
というより、話せと強要された。
だから、俺はひたすらその為だけに百年を費やしてきた……つもりだったのだが、気付けば他に目標が出来ていた。
それは、夢とでもいうべきか。
「誰も彼もを見返したいって想いに変わりはないけれど、それ以上に俺は、師匠達の名を世界に残したいと思うようになったんだ。体罰すげえ多かったし、意地悪りぃやつも多かったけど、それでも、俺にはこんなにすげえ師匠がいるんだって————世界中の奴らに自慢をしたい!!」
元々俺は孤独だった。
〝落ちこぼれ〟である俺に、世話を焼こうとする者は愚か、近づいて来るのは蔑む目的の奴くらい。
それもあって、なのかもしれない。
常に厳しいし、体罰多いし、性格はひん曲がってる師匠達であったけれど、百年の時を経て、彼らの存在というものは俺の中で大きなものへと変わっていた。
だから————〝自慢〟をしたかった。
百年修行しても、手すら届かない頂にいる十人の師匠達の事を。
「だから、見守っててくれよ、みんな」
俺は歯を見せて笑ってやる。
正真正銘の笑顔ってやつを、浮かべた。
そして、十人十色の返事を聞きながら、俺の存在は百年滞在した〝魂の牢獄〟から薄れ消え————元の場所へとかえる事となった。
心地の良かった夢のような世界から、俺が忌み嫌っていた現実の世界ってやつに。
* * * *
〝魂の牢獄〟で聞いていた通り、あそこでの百年は現実世界での数分程度、という話は本当だったようで、百年前に目にしていた光景が百年越しにそのまま俺の視界に映り込む。
馴染み深い灰色の空。
そこは、見慣れた俺の部屋の天井だった。
そして、側には何故か、泣きそうな顔で俺を見詰めてくる幼馴染————リュカの姿があった。
けれど、リュカがどうしてここに居るのか。
家に辿り着く前に襲われた筈の俺が何故、家にいるのか。
それらの疑問が頭の中でぐるぐると巡る中、刺されたであろう腹部へと手を伸ばすと、衣服こそ破れてはいたが、傷らしい傷は見受けられなかった。
「……ルドリアか」
『屍人』ルドリア。
それは師匠の一人であり、稀代のネクロマンサーであった人間。
自身もリビングデッドのような生命力を誇っており、付けられた名前が『屍人』。
そんな彼女の極意を、俺もまた受け継いでいる。故に、傷が塞がっているのだと理解をして、彼女に心底感謝した。
「……心配したんだよ、グラム……!! グラムってば、深刻そうな顔で実家に向かったっきり帰ってこないし、心配になって様子を見にきたら家の前で倒れてるし……!!!」
そういえば、魔法学院が終わった時、この世話焼きな幼馴染と一緒に帰ってたんだっけかと俺にとって百年前にあたる記憶をどうにか掘り起こす。
家の前で倒れていたのは事故死として処理するつもりだったからなのか。
兎も角、家の中まで運んでくれたリュカには感謝してもしきれない。
「……悪い。心配、かけたよな」
「ねえ、グラム。何があったの」
言い詰まる。
傷こそ塞がってはいたが、着ていた制服は刃物の跡とその部分だけ赤く変色してしまっている。
何もなかった。と嘘を貫き通すには少しばかり厳しい状況であった。
だから、端的に、
「勘当された。もう二度と、ラルフの名を名乗るなって言われてきた」
〝魂の牢獄〟の事は伏せ、リュカが知りたいであろう事実を述べる。
瞬間、悲痛なまでに彼女の表情が歪んだ。
この世話焼きな幼馴染は、俺がどうにかして父や兄達を見返したいと願っている事を知っていた数少ない人間だ。
だからこそ、その機会すらも取り上げられた事実を聞いて、絶句してしまっていた。
しかし、それも刹那。
「……なら、だったら、この機会に魔法学院を、」
「辞めない。俺は辞める気はないよ、リュカ」
————辞めよう?
きっと、本来であればリュカの口から紡がれたであろう発言を強引に俺は遮る。
彼女は、俺が生傷絶えない生活を送っていた事を誰よりも知ってる人だ。
だからきっと、実家との縁が切れたのだから、これ以上、苦しむ必要はないという思いでそう言ってくれようとしたのだと思う。
だけど。
「リュカにはまだ言ってなかったけど、俺、新しい目標が出来たんだ。だから、辞めないよ。辞めたくない。馬鹿にされたまま、終わりたくないんだ。何より、そんな事をしたら俺は『詐欺王』に怒られるからさ」
十人の師匠から、極意を教わる際。
誰も彼もが俺にひとつだけ約束をしろと条件を付けてきた。
『拳王』ハイザであれば、俺が教える極意を『女』にだけは使うな。
それが、どれだけ救えない極悪人だろうと。
『黒騎士』ファイナであれば、手前が極意を教える代わり、『ベルトア』姓の人間と出会う事があれば、一度だけ手を貸してやってくれ。
……そんな、約束を十人分。
そして、『詐欺王』クゼアとの約束は————逃げない事であった。
みっともなく負けるのは仕方がない。
でも、目の前に立ちはだかった障害から逃げる事は今後一切許さないというものであった。
「あい、つ?」
とっても性格の悪い詐欺師の事。
そう言えたならば、どれほど楽だったか。
でも、〝魂の牢獄〟での話を今ここで持ち出す気はなかった。
だから、言葉の綾であると言うように苦笑いをして誤魔化す。
「それに、今ここで俺が逃げたら、二度と父や兄を見返す機会はないと思うんだ」
その為に、俺は百年学んできた。
才能はないと知っているから、それこそ、死に物狂いで学んできた。
そして、師匠達の名を世界に刻んでやるのだ。
俺にはこれほど素晴らしい師匠がいるのだと声高に叫んでやるのだ。
それはなんと素晴らしいことか。
面白いことか。
窓越しに広がる夜空は、百年前より明るいものに思えた。それはまるで、常にかかっていた暗い紗が取り払われたかのような。
世界で唯一、俺だけがあの〝英雄〟達の弟子なのだと。その事実が、俺の世界をこれ以上なく、明るく照らしてくれる。
故にこそ、こんな俺に百年付き合ってくれた〝英雄〟達に恥じない生を歩まなくては。
今日からは、前だけを見て生きていくんだ。
〝魂の牢獄〟で見守ってくれてる師匠達の分まで、精一杯————!
「父も、兄も、魔法学院の連中も、全員見返してやるんだ。もう二度と、馬鹿にはさせない」
俺自身のこと。
こんな才能なしに世話を焼いてくれるリュカのことも、もう二度と誰にも馬鹿にはさせない。
「————俺は、生きてる!!!」
己の中で百年止まっていた歯車が、その言葉と共にゆっくりと回り始めた。
* * * *
「————全く、どいつもこいつも素直じゃないわねえ」
それは、グラムのいなくなった〝魂の牢獄〟にて行われていた会話。
『魔女』ビエラが静かになった空間で、呆れ混じりに声をあげていた。
「それはどういう事カナー?」
独特のイントネーションで、小柄な少年『暴鬼』アンゲラが反応する。
「グラムの事よ。どいつもこいつも、『才能がない』『才能がない』ばっかり言ってたでしょう? 『賊王』に至っては、最後の最後まで」
「儂は事実しか言っとらんよ」
「剣の才能は、そうでしょうねえ」
まるで、剣以外なら違うと言わんばかりの物言いに、喜色満面の笑みを浮かべて今度は無精髭を拵えた大男————『拳王』ハイザが答える。
「徒手空拳の才も無かったぞ。体術も同様にな」
「そういう事を言ってるわけじゃないって分かってて言ってるでしょアンタら」
無駄な問答をさせられた事にビエラが怒りつつ、このままでは埒があかないと判断してか。
あぁ、もう! と、乱暴に髪を掻きむしった後、
「————この中で、自分の極意が十年で身に付けられる人間がこの世に存在すると思ってた奴がいるなら名乗り出なさいな」
その一言に場は静まり返る。
ただ、静寂は長くは続かず、そこかしこで笑い声が漏れ始める。
「才能がない? ええ、まぁ、そうでしょうね。アレは、そもそも真面な才能じゃない。天賦だとか、天稟だとか、そんな言葉も生温い。まぁ、当の本人は自覚してないでしょうけどね」
増長させないために。
そもそも増長する余裕すら一切与える事もなく、一方的にボコボコにしながら戦い方を誰もが教えてきたのだ。
気づく余地は、どこにも無かった筈だ。
「とはいえ、ああいう面白おかしい子こそ、あたし達の弟子って感じするわよねえ。こう、常識の枠組みに入らない感じが特に」
「違いねェなあ」
獰猛に笑みながら、返事をしたのは『狂人』アポロナイザー。
————普通に優秀で、普通に才能がある人間相手だったら、きっとこの中の全員が途中でつまらなくなって投げ出してたでしょうし。
『魔女』のその言葉に、誰もが同意した。
そもそも、〝魂の牢獄〟に囚われる〝英雄〟達は誰もが一癖二癖ある者達だ。
親切に鍛えてやるお人好しはここには存在しない。あるとすれば、好奇心に動かされるような気紛れくらいか。
そして、その気紛れを運良く勝ち取ったのがグラムという少年だった。
故に、グラムは何も知らなかった。
実は、己の師匠達に認められていたことも、彼らの極意を受け継いだ事自体が異常である事も何もかも。
そして、『才能なし』と言われ続け、比較してきた者達が、大国の総戦力を駆使し、多くの被害を出しながらも禁術で漸く抑え込まれたような規格外しかいなかった事も。
「————存分に羽ばたけ、少年。見捨てた家族なんて、とっとと見返してしまえ」
親愛の情の籠った『魔女』の激励が、場に響き、常に喧嘩腰のような奴等までその時ばかりは破顔していた。
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