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1-4 交渉

「旅の者か?」


 いかつさ全開の集団は、俺たちの前で走りを止めるとドスの効いた声で尋ねてきた。顔は布きれで覆われているため確認できないが、隙間から覗く赤い瞳には身震いするような冷たさがあった。


「こいつらは奴隷斡旋集団だな」

「奴隷斡旋集団?」

「この世界では奴隷制度が当たり前に存在する。戦争で親を失った孤児は、この世界ではまともに生きていけないらしい。俺も詳しくはわからないが、女は娼婦に、男は奴隷か傭兵として売り飛ばされるって話だ」


 この世界では、侵略的戦争が当たり前のように発生しているという。おそらく、この女の子たちも戦争のおかげで親を失って孤児となり、娼婦として売られる過程で逃げ出したのだろう。


「俺たちはただの旅人だ。邪魔するつもりはない」


 どうするか考える間もなく、中道が剣を納めて声を上げた。


「おい、中道」

「佐山、黙ってろ。ここは関わるな」


 相手に悟られないように中道が小声で話しかけてくる。気のせいか、僅かに緊張の色が見てとれた。


「まだ説明していなかったが、この世界の全てをパラレルステーションが把握しているわけじゃない」

「どういうことだ?」

「この世界での俺たちは、単なる移送者だ。それはパラレルステーションも同じってことだ。つまり、パラレルステーションが関与していないことに関しては、何が起きるかわからないからノータッチでスルーしろってことだ」


 中道の声に焦りが混ざっていた。要するに、ゲームと関係ない事象については、関わるなというのがこのゲームの基本のようだ。


「助けてください! 妹は病気なんです。娼婦になんかなったら死んでしまいます!」


 仕方ないと割りきって背を向けようとした俺の腕に、年上の女の子が泣きながらしがみついてきた。つられて妹の方に目を向けると、幼くても美形の顔が確かに青白く見えなくもなかった。


「悪いが、俺たちにはどうする――」

「お願いです! 助けてください!」


 僅かに胸の痛みを感じながらも、女の子の腕をほどきにかかる。だが、笑えば間違いなく美少女だと思う顔を涙で濡らして、なおも女の子は俺の腕にしがみついてきた。


 ――お願いだから!


 懇願してくる女の子の瞳に、不意に遠い過去の記憶が蘇ってきた。


 ひどく暑かった夏の夕暮れ。児童養護施設に預けられた八歳の俺は、二度と戻ってくることのないたった一人の家族だった母親に泣きながら懇願していた。


 ――お願いだから、必ず迎えに来てね


 幼心でも気づいてはいた。


 母親が、二度と俺を迎えに来ることはないことを。


 それでも俺は、懸命に泣き声を上げていた。必ず迎えに来てくれと。


 あの時の光景がやけに鮮明に甦る。今の女の子の瞳は、あの時の、救いを求める俺の瞳と同じに見えて仕方なかった。


「一つ、聞いてもいいですか?」


 胸に沸き上がる衝動にかられ、追いかけてきた集団に声をかける。中道の「やめろ」という声が聞こえてきたが、もう止めることはできなかった。


「なんだ?」

「この子たちを救うにはどうしたらいいですか?」


 口をついた言葉に、中道が呆れた顔で俺の肩を掴んできた。


「佐山、関わるなって」

「わかってる。けど、無視することもできない」


 説得にかかった中道をやんわりと押し退け、リーダーと思われる一際派手な装飾をした男の前に立った。


「そいつらを助けたいのか?」

「できるならそうしたいと考えています」


 象のような生き物にまたがっていた男は、さらに底冷えするような眼光を放つと、軽やかな身のこなしで地面に下りてきた。


「そいつらは奴隷だ。なのに助けるというのか?」

「方法があるならそうしたいです」

「ならば簡単だ。売り物を手にする方法は一つ。金を払うことだ」


 男はゆっくりと俺の前に近づくと、外套の中から動物の皮みたいな紙を取り出した。


「そいつらの契約書だ。値段は一人百万ミール。その金額を払うのであれば、お前の好きにするがいい」


 男が契約書を俺の手に載せる。男の腕には、明らかに人ではないグロテスクな模様が見えた。


「今すぐに払うのは無理です。けど、数日猶予をもらえれば必ず用意します」


 契約書は白紙だった。だが、俺が言葉を発すると同時に、赤い色した見たこともない文字が浮かび上がってきた。


「よかろう。一日だけ待ってやる。その間に二百万ミールを用意できれば、そいつらはお前の自由だ」


 男の声に反応するかのように、赤い文字が契約書に浮かび上がっていく。どうやら今のやりとりが、そのまま新たな契約書となったようだ。


「お前の血でサインしろ。それで契約は完了だ」


 男は腰から剣を抜くと、刀身を俺に向けてきた。ため息をつく中道に「すまない」と呟き、契約書にサインをした。


「一日だけそいつらの身を保証しよう。明日、再びここに来る。その時に金が確認できれば、そいつらはお前の自由だ」


 男は告げると、手際よく女の子二人を拘束していった。その間、年上の女の子が心配そうに俺を見ていたが、心配ないからと頷いてやった。


「しかし、変わった旅の者だな」


 去り際、男がふりむいて声をかけてきた。


「この世界では、孤児の運命は決まっている。一度助けても別の連中に狙われるだけだぞ。その度、金を払うつもりか?」


 男の忠告ともとれる言葉に曖昧に返事をして二人を見送った。


 孤児の運命など、言われなくても痛いほどわかっているつもりだった。

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