1-3 目覚めたら異世界だった
懐かしい土の匂いで目を覚ました。薄く開けた目には、抜けるような青空と照りつける太陽が見えた。頬に感じる草の感触から、どうやら大地に寝転がっているようだ。
起き上がって体を確認してみる。ぼさぼさの髪に痩せた体。ややこけた面長の顔に変化はない。ただ、着ている服が着古しの普段着と違い、無地の布でできた簡易な服だった。
「目覚めたか?」
頭上から中道の声がした。ふり向くと、白銀の鎧を着た中道が立っていた。
「どうだ? 初の異世界の感想は?」
「思ったより景色が綺麗だなってことと、恐ろしく鎧が似合わない奴がいた」
笑いながら中道にぼやくと、「ほっとけ」と中道が舌打ちした。
そんなやりとりをしながら起き上がり、改めて周囲を見渡してみる。季節は初夏を思わせる青空で、頬にあたる風が甘くて柔らかい気がした。周囲には山脈が連なり、大自然とまではいかなくても、肺を満たす空気の清々しさは都会にはない心地よさだった。
「で、まずは何をするんだ?」
「そうだな。まずはベースの設置だ」
中道の指示に従い、腕時計を操作してメニュー画面を表示する。メニューの中にあるオンラインショップを選択し、アイテム一覧にタッチした。
「この、パラレルステーションというのは何だ?」
メニュー画面の上に小さくスクロールする文字を指差しながら、中道に聞いてみた。
「パラレルステーションというのは、このゲームを管理している会社だ。こっちの世界と俺たちの世界との間を橋渡ししている存在と考えたらいい」
中道いわく、パラレルステーションというのがこのゲームのマスター的存在であり、何かをする時にはパラレルステーションを介して行うという。例えば、こっちの世界で必要になった物があれば、元の世界から物質を移送することもできるという。
「ゲームの目的によってベースも変わってくるが、とりあえず佐山は定住型にしておいてくれ」
中道が横に並び、アイテム一覧の中にあるメニューを指差しながら説明する。ベースとは、この世界に移送されたドッペルゲンガーの家のようなものらしい。こうして精神を移送している間は問題ないが、俺が元の世界に帰るとドッペルゲンガーは眠ることになるという。その眠っている間に何かあっては問題ということで、ゲームを始めたらまずやるのがベースの設置ということだった。
「ちなみに、お前のベースは何だ?」
メニューを選びながら、中道が選択したベースを聞いてみる。中道は弛んだ頬を歪ませて、右手の親指で後ろを指した。
その方向に目を向けると、小高い丘の上に改造しまくってるようなキャンピングカーがあった。外装はド派手なファイヤー柄でペイントされ、運転席は遠目でもコックピットかよとツッコミたくなるような仕様になっていた。
「冒険に移動はつき物だ。ああ見えて、水陸両用だぞ。しかも、短時間なら空も飛べるように改造してある」
無駄に白い歯を覗かせてドヤ顔を決める中道。完全に異世界の雰囲気ぶち壊しのキャンピングカーだったが、移動が楽になるのはありがたいので適当に褒めておいた。
「移動型のベースは課金の額が桁違いになるから、佐山はとりあえずドッペルゲンガーを休ませる程度のものでいいだろう。どうせ冒険に出たら、俺のベースで休むことになるからな」
「だったら、別に俺のベースはいらないんじゃないのか?」
「そうはいかないんだ。このゲームの規定で、必ずドッペルゲンガーを休ませるベースを設置しなければ、その他のサービスが受けられなくなるようになっている。それに、このベース設置は最初の関門でもある」
「関門?」
「パラレルアイランドでは、全てのサービスが課金によって成り立っている。つまり、課金を躊躇ったら終わりだってこと。そうならない為にも、ベース設置にはかなりの金を課金しないといけないようになっている。要するに、最初に多額の課金をさせることで、課金してベースを設置したからにはゲームをやり続けないともったいないと錯覚させるってわけだ」
中道の説明を聞いて、すぐにモットーを思い出した。課金を煽るモットーは、すでにスタートラインから始まっているというわけだ。
「このゲームでは、一円が一ミールで換算される。ミールは共通紙幣の単位だから、単純に円に置き換えて考えればいい」
「てことは、このバラック小屋みたいなものが八百五十万もするのか?」
メニューにある定住型ベースを見ながら、桁違いな金額に呆れるしかなかった。一番安いテントみたいなもので百万という値がついている。となると、このゲームに参加するには、最初に最低でも百万は課金しないといけないということになる。
急に馬鹿らしくなってきたが、メニュー画面にある所持金を見て俺は目を疑ってしまった。
「これ、一千万ミールとなってるけど、中道が課金してくれたのか?」
驚く俺に、中道は涼しい顔で頷いた。確かに中道は金持ちのどら息子だが、たかがゲームに一千万課金するとはまともとは思えなかった。
「スタートは最低でもそのぐらいはかかる。それより、さっさとベースを決めてくれ」
あっけらかんと語る中道に促され、ベース選びを再開する。どうせ休むだけならと思い、テントはよせという中道の忠告に従ってバラック小屋を選択した。
「ついてないな。どうやら移送に一日かかるみたいだ」
手続き完了ボタンに触れると、メニュー画面が一転して移送の案内画面になった。どうやら在庫がないらしく、組み立ててからの移送となるので一日遅れるといった旨が記されていた。
「仕方ない、今日はゲームに慣れるついでに近くを探索するだけにするか」
中道が派手な装飾を施した兜を脱ぐと、見事に禿げ上がった頭に柔らかい陽射しが反射した。異世界の価値観はわからないが、これでは助けた姫もドン引きするかもしれない。
そんな皮肉を口にしかけたところで、ざわついた空気が頬を撫でていった。
「中道、何かくるぞ」
異変はすぐに嫌な予感に変わり、胸のざわつきがさらに大きくなった。神経を集中させて周囲を見渡すと、山の奥に繋がっている森の空気が張りつめていることに気づいた。
中道が兜をかぶり直し、腰につけた剣を手にする。見た目は様になっているが、無双するのはゲームだけで、実際はスライムも倒せるかどうか怪しいレベルでしかないはず。
そんな俺の不安をよそに、異変の正体はいきなり森の中から駆け出てきた。
「た、助けてください!」
駆け出てきたのは、十代後半と十歳くらいの女の子二人だった。薄汚れた白いローブを纏い、悲痛な顔で助けを求めている。二人とも長い金髪が乱れてるから、森の中をさ迷い続けていたのだろう。
アクアブルーの瞳に涙を浮かべた年下の女の子は、脇にカワウソのような生き物を抱えていた。黄色と黒色の縞模様からして、普通の生き物ではなさそうだ。
何事かと事情を確認しようとしたが、その歩みはすぐに止まった。
女の子二人を追うようにして現れた集団。六本足の象のような生き物にまたがり、全身黒の外套で身を包んだ姿からは、友好的な雰囲気は一切感じられなかった。




