エピローグ
朝のミーティングが終わると、日課であるクレーム処理に取りかかった。相手は取引先の中でもゲスに分類する奴で、女子社員に対するあげ足を取ることで有名だった。
ネクタイを僅かに緩め、禿げ親父をタコの姿に置き換える。電話をかけると、イメージしたタコが赤くなるほどの罵声を浴びせられた。
頭の隅で課金の計算をしながら、適当に謝罪を伝える。女子社員が悪いのは事実だが、責任は相手にもあるのは一目瞭然だから、俺は決まり文句を並べて事案処理の方法を探ることに専念した。
不安そうに女子社員が見つめてくる中、処理が終わりかけた瞬間、禿げ親父はいきなりネチネチと女子社員の悪口を語りだした。
化粧が濃い、態度が悪い、言葉使いが悪いといったことに始まり、挙げ句には人格を否定するようなことまで言い出した。
「失礼ですが」
終わりのない誹謗中傷に耐えかねた俺は、深く深呼吸をして禿げ親父の言葉を遮った。
「確かに、うちの社員が迷惑をかけたのは間違いありません。その点は謝罪して対応させていただきます。しかし、うちの社員を傷つけるようなことにつきましては、受け入れるつもりはありません」
禿げ親父の罵詈雑言に、務めて冷静に伝えることに専念する。周囲の空気が固まった気がしたが、気にせず続けることにした。
「彼女は、わが社のムードメーカーです。誰よりも真面目に仕事をこなし、職場を明るくしてくれる大切な存在です。確かに迷惑はおかけしましたが、だからといって彼女の人格を否定されるいわれはありません。お気に召さないようでしたら、取引は結構です」
一方的に禿げ親父に伝えて電話を切る。冷静だったつもりだが、どうやら俺も頭にきていたようだ。
小さくため息をつき、顔を上げた時だった。
職場のみんなが、固まったまま俺を見つめていた。その視線に気づいた俺は、ようやく自分のした過ちに気がついた。クレームに対してクレームで返すという、あってはならない対応をしたことに、背中を冷たい汗が流れ落ちていった。
「佐山、ちょっと」
鬼瓦の名前が似合う形相になった部長に連れられ、ドナドナの子牛のように特別叱責室に向かう。二人きりになると、案の定、しこたま怒られることになった。
「佐山、お前変わったな」
一通りの叱責が終わると、急に砕けた雰囲気になった部長が声をかけてきた。
「そうですか?」
「ああ、随分とたくましくなった」
微かに笑みを浮かべた部長に言われると、そんな気もしなくはなかった。
「あの時の二人の影響か?」
「え?」
突然の言葉に、俺は情けないほど裏返った声を上げた。
「ドッペルゲンガーは、姿を変えられるんだ」
「どういうこと、ですか?」
「あの時追いかけていた二人の姉妹は、奴隷解放団体に保護してもらう予定だった。孤児の運命がかわいそうだから、俺は孤児を解放する活動をしていた」
「まさか、部長も」
部長の口から語られる内容に、俺は確信を抱いた。モリスとビアンを追いかけていたあの集団のリーダーは、鬼瓦部長で間違いなかった。
「お前に二人を託して正解だったようだな」
「だから、だから部長は俺に――」
あっさりと金を貸してくれたことが気になっていたが、どうやら部長は全てわかった上でのことだったようだ。
「俺も、養護施設上がりの孤児だ。お前と違って養親に恵まれたが、養護施設で味わった地獄を糧に生きてきた。お前にも、そうあって欲しいと思っている」
「そうだったんですね」
部長の告白で謎が解けた。きつく俺にあたるのも、部長なりに俺に強くなってもらいたいからだった。
「借りたお金、必ず返済します」
「楽しみにしてるよ」
部長の親心に触れた気がした俺は、深く頭を下げて感謝を伝えた。部長は軽く手を振ると、背を向けて会議室を出ていった。
――ひょっとしたら、父親というのはこんな感じかもしれないな
消えていく部長の背中を見ながら、俺は初めて父親という存在の意味を感じたような気がした。
○ ○ ○
出発の朝は、見事なまでの快晴だった。SSSの探知士となり、竜王を討伐した功績を認められた俺は、パラレルステーションから特別派遣隊に任命されることになった。
パラレルアイランドは、いまだ未知の世界が多いこともあり、その未知の部分を開拓していくのが俺の役割になった。
「ユウキさん、準備できましたよ」
キャンピングカーに荷物を積んでいた俺に、モリスが笑顔を向けてくる。隣には緊張と興奮を滲ませたビアンが、クゥンを抱いて立っていた。
「ビアン、クゥンと一緒に乗ってみて」
キャンピングカーのドアを開けると、ビアンが恐る恐るクゥンと中に入っていく。乗り込んだと同時に歓声を上げたから、どうやら気に入ってくれたようだ。
「本当にいいんですか?」
何度も聞いた言葉を、再びモリスが聞いてくる。特別派遣隊になった俺は、バラック小屋をやめにして新たな住居を探すことにしていた。その住居探しの旅に、俺はモリスを誘っていた。
「いいんだ。ビアンが安心して過ごせる場所と家を探したい。だから、モリスには一緒についてきて欲しいんだ」
照れ隠しで頭をかきながら伝えると、モリスは顔を赤くして頷いてくれた。
その様子を白々しい目で見ていた中道だったが、突如現れた白い竜によって態度を一辺させた。
「カミュールちゃん!」
中道の嬉しそうな声に、黄金の鎧をまとったカミュールがにこやかに手を振ってきた。
「佐山、私も同行させてくれ。中道だけだと頼りないだろ」
竜から降りてきたカミュールが、俺の旅に参加したいと申し出てきた。
当然ながら即答する中道。カミュールによれば、解散した竜騎士たちは各々の道を探しながら暮らしているという。カミュールとしては、俺についていくことで自分の道を探したいとのことだった。
「よかったな、中道」
カミュールの申し出を快諾すると、俄然元気になった中道がカミュールをキャンピングカーへと案内した。
「よし、出発とするか」
中道に声をかけて助手席に乗り込むと、キャンピングカーが勢いよく爆音を轟かせた。
外は快晴。
目的地は未踏の地。
俺たちの新たな冒険が、再び始まっていった。
~完~
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。初めて書き上げた異世界ファンタジーでしたが、最後までたどり着けたのも、皆さまの暖かい応援のおかげだと感謝しております。
佐山たちの冒険はひとまず終わりとなりますが、今後、再び彼らの冒険を目にすることがあれば、再び暖かく見守っていただけたらと思います。
水葉直人改め小森日和




