1-2 パラレルアイランド
週末、予定通りに中道がやってきた。無駄に派手なジャージスタイルが定番の中道は、左脇に二リットルのコーラ、右脇にノートパソコンを抱えていた。
「で、面白いゲームを見つけたんだって?」
ベッドから這い出て白いシャツとジーパンに着替えると、床に置いたノートパソコンを立ち上げている中身に声をかけた。
「お前、多分、いや、絶対びっくりするぞ」
興奮気味に顔を向けた中道が、鼻息荒くタバコに火をつける。窓を開けながら気だるく生返事をすると、中道は舌打ちしながらゲームの話を始めた。
中道が持ち込んできたゲームの中身は、簡単に言えば無数にあるオンラインゲームの一つだった。この世界とは違う世界で冒険をするもので、よくあるロールプレイングゲームの域を出ていなかった。
「ここまでは数あるクソゲーと同じだ。だがな、他のゲームと違ってこのパラレルアイランドは、実際に現地へ行くことができるんだ。しかも、最近流行りのVRなんかじゃなくて、モノホンの現地を体感できるシロモノなんだ」
中道が首に巻いたタオルで額の汗を拭いながら、語気を強めていく。久しぶりに「モノホン」て聞いたなと思いつつ、無駄に弛んだ顎をタプタプしてやると、さらに鼻息荒くして俺の手を払いのけた。
「佐山、俺の話を馬鹿にしてんのか?」
「信じろっていうのがおかしくないか?」
「何が?」
「現地を体験するって、そんな夢みたいなことがあるわけないだろ」
せっかくの休日、朝から期待していた中道の話が期待外れだったことにがっかりした俺は、中道に苛立ちを込めた目を向けた。
「それが、本当にあるんだよ」
鼻の頭に浮いた汗を光らせながら、中道が醜く頬を歪ませる。中道は無類のゲーム好きだ。本当に面白いゲームには湯水のように課金し、クソゲーには平気でレビューに辛辣な言葉を書きなぐる男だ。
そんな中道が、冗談としか思えない内容を真面目に語っている。どんなに評判がいい作品でもクソならクソだと言いきる男が、ありもしない現実を真顔で語っていることに、なぜか言いようのない衝動を感じた。
「現地にって、一体どうやって行くんだ?」
眼鏡をかけ直し、中道の前に座り直した俺は、とりあえず中道の話を真面目に聞くことにした。
「ドッペルゲンガーを使うんだ」
「ドッペルゲンガー?」
「そうだ。詳しい理論は俺もわからないが、とにかく、この世界にもう一人のお前を誕生させることから始まる」
中道によると、この世界にはパラレルワールドという別次元の世界があり、その存在を証明しようとする集団がいるらしい。
もともと科学的な実験だったらしいが、ある時、本当にこの世界とは全く違う別次元の世界へのアクセスに成功したという。
そのきっかけとなったのが、強制的に作り出したドッペルゲンガーだという。本来、この世界に一人しか存在しえない人物を強制的に二人存在させることで、物理的なバグを引き起こしてパラレルワールドへアクセスするのだという。
「本来存在することのないもう一人の自分は、物理的なバグによって別次元の世界へと移送される。つまり、ドッペルゲンガーが移送された先が、このゲームであるパラレルアイランドなんだ。後は、移送されたドッペルゲンガーに精神だけ転移すれば、晴れて未知の世界での冒険ができるってわけだ」
中道が説明しながら、ポケットから折り畳まれたパンフレットのようなものを取り出して俺に差し出してきた。
「とりあえず、読んでみろよ」
喉を鳴らすしかなかった俺は、再び眼鏡をかけ直しながら受け取ったパンフレットに目を落とした。
――パラレルアイランドモットー?
無駄に光沢のあるパンフレットの一枚目には、やけに無機質に感じる文字が並んでいた。このモットーというのが、パラレルアイランドの重要な要素であり、最初に確認すべきことだと注意書きされていた。
「中道、手の込んだ嫌がらせか?」
モットーを読み終えた俺は、怒りに任せてパンフレットを握り締めていた。
「ちょっと、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるかよ。まったく、なんだよ、ボーイズビー課金シャスって。手の込んだ嫌がらせをして楽しいか?」
「まあ、お前が怒るのも無理がないのはわかる。けどな」
中道が座り直しながら俺の手からパンフレットを取り上げた。俺の反応は想定内だったようで、次の策でも示すかのように黒光りするメカニカルな腕時計を、俺の顔の前に向けた。
「これは、何だ?」
中道が腕時計の液晶部分に触れると、淡く発光する緑色の画面が空中に映し出された。
「これはパラレルアイランドへアクセスする装置だ。もちろん、それだけじゃない。パラレルアイランドで色んな操作を行う、いわばコントローラーみたいなものだ」
中道は説明しながら、ポケットからもう一つ腕時計を取り出した。
「お前の分だ。つけてみろ」
中道に促され、液晶部分が眠ったままの腕時計をつけた。
「全然動かないぞ」
「まだ登録が済んでいないからな」
無反応の腕時計を中道に見せると、中道は鼻で笑ってパソコンの画面を向けてきた。
「お前の情報は登録してある。ささやかだが課金もしておいた。後は、お前自身でエンターを押して欲しい」
パソコンの画面には、勝手に打ち込まれた俺の個人情報が並んでいた。同意が必要な項目も勝手に同意されていて、後は完了をクリックするだけだった。
「怪しいサイトじゃないよな?」
「もちろんだ。それどころか、行く先は未知の世界の冒険だ」
中道の力強い言葉に背中を押され、半信半疑のまま完了をクリックする。しばらくして画面に受付完了の文字が出たと同時に、つけていた腕時計から電子音が鳴り響いた。
「アクセス完了だな。今、お前のドッペルゲンガーが移送されたから、これから早速冒険に行くぞ」
有無を言わせない勢いの中道に流されるまま腕時計の液晶に触れ、メニュー画面を浮かび上がらせる。赤く点滅するアクセスというボタンに触れた瞬間、強烈な睡魔が襲ってきた。
何か大事な事を忘れているような気がしたが、抗うこともできないなまま眠りに落ちていった。




