5-2 作戦
夜が明け、昼にさしかかったところで、目の前に異様な光景が広がり始めた。エストール全体を覆う墨のような黒い雲と、空を埋めつくす数のドラゴンたち。その光景に圧倒された俺は、震える体に鞭を入れてシェンのいる飛空挺を目指した。
「中道、援護を頼む」
危機回避と探知のスキルを発動し、最短距離でシェンのもとに向かう。さすがに戦闘は回避できなかったが、中道に指示を出しながらドラゴンの群れを突き破っていった。
エストール内は夜かと思うほど薄い闇に包まれていた。既に撃墜された飛空挺が地上で煙を上げている。撃墜したドラゴンの亡骸も地上に溢れており、空も地上も地獄絵図に変わっていた。
「シェン!」
陣形を組み、必死に攻防を繰り広げる飛空挺の一団に近寄ると、乗り込んできたドラゴンを叩き落としているシェンの元に向かった。
「探知士さん、来てくれましたか」
俺の顔を見たシェンの表情が僅かに明るくなる。だが、一晩中戦い続けているせいか、疲労の色は濃く現れていた。
「中道、トラッドを呼んできてくれ」
上空では、竜騎士たちが連携プレイでドラゴンを撃墜している。だが、倒しても倒してもきりがない状況に、竜騎士たちも疲労の色を滲ませていた。
「探知士様、よくぞ来てくださいました」
ドラゴンの返り血で黒くなった顔を拭いながら、トラッドが飛空挺へ戻ってきた。
「状況は中道から聞いています。このままではいつ全滅してもおかしくはありません。なので、スキルを使って竜王を一点突破しましょう」
今の状況では、万を越えるドラゴンの数に押しきられてしまいそうだった。それを回避するには、闇に紛れ込んで姿を現さない竜王を集中攻撃して討伐するしかなかった。
「これから、兵団を二つに分けよう。一つは竜王討伐部隊。もう一つは背後を守る部隊だ。シェン、急ぎでできる?」
俺の問いに頷いたシェンは、早速陣形を組み直す為に指示を出し始めた。
「トラッドさんも、竜騎士たちの陣形を分けるようにお願いします」
「了解です」
トラッドは答えると、再び空へ舞い上がっていった。
「よし、竜王の居場所を探るか」
俺はスキルを発動させ、レーダーに無数に点滅する赤い光に意識を集中させた。
「いた!」
飛び交う点滅の中で、一つだけ黒く異様な光を放つ点をみつけた。その光からは、竜王と対面した時に感じたただならぬ気配が感じられた。
「探知士さん、行ける飛空挺は二隻のみしかありません」
申し訳なく語るシェンによると、激戦を繰り広げる中で兵団を分けるのは至難の選択であり、特に背後を守るとなると、より多くの戦力を残しておく必要があるとのことだった。
それは竜騎士たちも同じだった。元々少ない上に、すでに戦死した竜騎士もいる為、駆り出せる数には限界があるとトラッドが嘆いていた。
――予見と同じか
即席で集めた数を見て、予見と同じ光景に気づいた。このまま行けば、答えのまだ見えない未来に突き進むことになる。
だが、迷っている暇はなかった。戦況は刻一刻と悪くなっている。ここで決断しなければ、結果は全滅に終わってしまう。
――モリス、ビアン、必ず生きて帰るからな
心の中で何度も誓いを繰り返した俺は、予見通りの展開に進むことに決めた。
「竜王はあの雲の先です。俺と中道とカミュールの三人で先導しますから、その後をついて来てください」
竜にまたがり、一際黒く膨れ上がった雲を指さすと、中道と共に空へ飛び立った。
「カミュール、ついてきてくれ!」
近くを哨戒していたカミュールに声をかけ、危機回避のスキルに従って雲の中に突っ込んでいく。雲の中もドラゴンで溢れていたが、いつの間にか息のあったコンビネーションで、カミュールと中道がドラゴンを仕留めていった。
やがて、雲を抜けて太陽が照らす上空へ出た瞬間、俺は二度目となる竜王との対面に体が再び震え始めた。
空を覆うように広げた漆黒の羽と、体の底から寒気がするような赤い瞳に、カミュールも中道も声を失って固まっていた。
――忠告したはずだ。紛い物の力で戦えば、ドラゴンの餌にしてやると
怪しく光赤い瞳を細めて、竜王が静かに呟いた。その声には、一切の感情を挟まない冷徹な空気が感じられた。
「シェン、総攻撃で行くぞ!」
遅れてきたシェンに近づき、総攻撃指の示を出す。同時に、上空で陣形を作り始めたトラッドにも、総攻撃の無線を飛ばした。
――一か八か、やるしかない!
弓を手にし、全スキルを発動して竜王と対峙する。既に竜騎士たちは竜王のそばにいたドラゴンたちと戦い始めており、シェンの二隻の飛空挺からも術士や兵士を乗せた戦闘機が飛び立っていた。
術と火力による総攻撃を、微動だにしない竜王へ浴びせていく。その間、俺はいくつもの属性を持たせた矢を乱れ射った。
だが、手応えを感じられた一度目の攻撃は、竜王に傷一つつけることはできなかった。
――愚かなことだ
ただの煙幕にしかならなかった攻撃に、竜王は声を出して笑っていた。と同時に、凄まじい耳鳴りを伴うような衝撃波を放ってきた。
「佐山、これはヤバいぞ」
衝撃波に何とか耐えながらも、耳を塞いでいた中道が切羽詰まった声で叫んだ。
――なんだ、これ?
衝撃波は収まったが、耳鳴りが止むことはなかった。しかも、どういうわけか体の動きが急に悪くなり、竜に乗っているだけで精一杯となった。
その症状は俺だけではなかった。竜騎士たちもシェンの兵団たちも、一様に動きが鈍くなり、ドラゴンの猛攻に追い込まれていった。
――探知士様、気をつけてください。竜王の衝撃波には、体の自由を奪う術が施されているようです
異変に戸惑う中、トラッドの無線が虚しく響く。横では、自慢のスピードを失ったカミュールが、二体のドラゴンに囲まれていた。
「カミュールちゃん!」
カミュールのピンチに気づいた中道が、剣をふりかざして助けに向かう。だが、その剣から稲妻が放たれることはなかった。
――まずい、体の自由だけじゃなく、スキルの発動も奪われているじゃないか
頭の中に広がっていたレーダーが、一気に霞がかったように見えなくなっていく。その状況は術士たちも同じようで、ドラゴンの猛攻を跳ね返していた術が空から消えていった。
「中道!」
落胆するのもつかの間、視界の隅を一体のドラゴンが横切るのが見えた。さらに、そのドラゴンが正確に中道の背後を捉えているのがわかった。
――間に合うか?
すかさず矢を放つも、力を失った矢はドラゴンに届くことはなかった。仕方なく俺は、全力で体を動かして中道とドラゴンの間に割って入ることにした。
だが、コントロールを失っていた竜は、上手く飛ぶことができず、結果的にドラゴンに体当たりする羽目になってしまった。
「佐山!」
頭が痺れるような衝撃の後、俺は体が宙に浮くのを感じた。だが、感じたのはそこまでで、微かに聞こえた中道の声が頭に響いた直後、強烈な重力と共に意識は暗い闇に墜ちていった。




