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5-1 帰宅

 涙を流しながら震えるモリスを落ち着かせ、状況を確認してみる。モリスによれば、倒れたビアンにクゥンが呼びかけても返事がないという。


「佐山、どうする?」


 緊迫した表情で中道が背後の飛空挺を顎で示した。戦いが始まる以上、参戦しなければならないが、かといってビアンを放っておくこともできない。


「佐山、モリスと一緒にビアンちゃんの所に行け」

「しかし」

「心配するな。こっちはなんとか上手くやるから。それより、ビアンちゃんとモリスちゃんはお前の家族だ。今行かなくてどうするんだ?」


 家族という言葉が胸に重く沈んできた俺は、不安げに見つめるモリスの顔を見つめ、帰宅することを決意した。


「中道、すまない」

「いいってことよ。そうと決まれば、ドラゴンが動きだす前に行くんだ」


 中道に背中を押され、俺は気持ちを切り替えてモリスと共に竜の背に飛び乗った。


「モリス、飛ばすからしっかり掴まっててくれ」


 空高く舞い上がると、危機回避のスキルを駆使してバラック小屋を目指す。キャンピングカーでは一日かかる距離も、空を一直線に進めば数時間で帰れそうだった。


 眼下に広がる海を抜け、バラック小屋が姿を見せた時には夕暮れが近づいていた。


「ビアン!」


 竜からおりるなり、モリスが弾けたように走り出した。その後を、俺も無我夢中で追いかけた。


 バラック小屋に入ると、食事の用意をしていたのか、コップと皿を手にしたビアンが床に倒れており、そばでクゥンが必死にビアンの頬をなめていた。


「ビアン!」


 その光景に全身の血が沸騰したように熱くなった俺は、倒れたビアンを抱き抱えてベッドに運んでいった。抱き抱えたビアンの体は冷たく、呼吸も弱々しかった。


「モリス、魔導書に回復の術は載ってないか?」


 ビアンの手を握りしめているモリスに呼びかけると、モリスは慌てながら魔導書のページをめくり始めた。


「いくつかあるみたいです。でも、どれをやったらいいか――」

「どれでもいい、中道のレアアイテムだから何か効果があるはず」


 迷うモリスに指示を出すと、モリスは魔導書をベッドに置いて祈りを捧げるように手を組み合わせた。


「ビアン、おじちゃんが帰ってきたぞ。モリスも一緒だ。だから目を覚ましてくれ」


 モリスの祈りに合わせ、俺も狂ったように祈り続ける。いくつかの術を施した後、ようやくビアンの体に温もりが戻ってきたような気がした。


「ビアン、お願いだから目を覚まして。ビアンまでいなくなったら、私、どうしたらいいの? ねえビアン、お願いだから私を一人にしないでよ!」


 モリスの悲痛な叫びが、バラック小屋に静かに響き渡る。両親を失い、孤児として二人で生きてきたことを考えたら、モリスにとってはビアンはなくてはならない存在だった。


 ――何やってんだよ俺


 モリスの悲痛な叫びを聞きながら、俺は目の前の光景に愕然とするしかなかった。


 ――今まで何してたんだ? ビアンの病を治すと言いながら、俺は何してたんだ!


 強烈な後悔が胸に湧き、俺は堪えきれずに涙を流した。


 ――ビアンを助ける為に旅に出たはずなのに、結局俺は、何一つ決められずに傍観していただけじゃないか!


 泣き崩れるモリスを前にして、俺は自分の無力さを痛感した。伝説のレアジョブになったことに浮かれ、大事なことを見失っていた。


 トラッドもカミュールもシェンも、自分の運命と戦いながら目の前の試練と向き合っていた。その姿を見ていたはずなのに、俺はいつもの悪い癖で傍観ばかりしていた。


 後悔ばかりが、壊れた蛇口から噴き出す水のように溢れてくる。今さらどうすることもできないが、それでも、何とかしないといけない気持ちだけが空回りを続けた。


 夜になっても、ビアンが目を覚ますことはなかった。ただ、モリスの祈りと術が効いているのか、青白かった顔が少しずつ赤みを帯びてきていた。


 寝ずの看病を続けているモリスのそばで、俺はただ本当に立っているだけだった。何もしてやれないことと、何もしてこれなかったことへの苛立ちをずっと抑え続けていた。


 そんな無意味な時間だけが過ぎ、夜が明けようとした頃、突然の中道の来訪で事態は急変した。


「佐山、非常にヤバいことになってる」


 竜から飛び降り、バラック小屋に駆け込んできた中道が悲痛の声を上げる。真新しい白銀の鎧は傷だらけで、額からは血を流していた。


「どうしたんだ?」

「シェンの出陣に合わせたかのように、ドラゴンの奴らが総攻撃を仕掛けてきた」


 中道によると、ドラゴンに囲まれたシェンとトラッドたちは、防戦一方で苦戦しているという。


「このままじゃ全滅は避けられない。佐山、お前の力が必要だ」


 中道がモリスを気にしながらも、窮地の現状を訴えてくる。反撃の道筋を見いだせないシェンとトラッドたちの為にも、俺の探知士としてのスキルが必要だった。


「わかった」


 中道の訴えを聞いた俺は、弾けたように出陣の準備を始めた。


「ユウキさん!」


 そんな俺に、モリスが心配そうに声をかけてきた。戦えば全滅するかもしれない戦場に行くわけだから、モリスも黙ってはいられなかったようだ。


「モリス、わかっている。俺は大丈夫だから、必ずビアンを治す力を手に入れて帰ってくるから」


 何もできないでいた自分を悔やみながらも、俺は自分なりの覚悟を決めた。


「必ず、生きて帰ってきてください」

「ありがとう」


 モリスに抱きつかれた俺は、震えるモリスの体を優しく抱きしめた。予見の結果がいまだに見えないとしても、やれるだけのことはやると誓った。


「中道、急ごう」


 モリスにビアンの看病を頼み、急いで竜に飛び乗ると、一心不乱にエストールを目指した。

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