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4-8 異変

 明朝、雨を含んだ重い雲が空に広がる中、出陣を待つシェンの兵団に大きな衝撃が走っていた。


 既に竜に乗って待機していた竜騎士たちも、ただならぬ雰囲気と一向に出陣しない状況に首を傾げている。そんな状況を生み出しているのが、先ほど訪れてきた大規模兵団本体からの使者らしい。


「とりあえず、シェンの所に行こう」


 戦闘の準備をしていた俺は、まだへそを曲げている中道と不安そうなモリスを連れて、シェンがいるテントへ向かった。


「ふざけるな!」


 テントに入るなり、顔を赤くしたシェンが怒鳴り声を上げた。見ると、使者と思われる二人が何かの文書のようなものを手にしており、シェンはその一つを掴むなりくしゃくしゃに引き裂いていた。


「王の命令は絶対です」


 苦しげな表情で呟きながら、床に散った紙切れを使者が拾っていく。その言葉に、シェンが再び怒気を高めていた。


「シェン、どうしたんだ?」


 異様な雰囲気に包まれる中、俺はトラッドに一度目を向けた後、髪をかきむしるシェンに詰めよった。


「兵団の本隊が来ないそうです」

「来ないって、どういうことだ?」


 いきなりのことに面を食らった俺は、二人の使者に目を向けた。


「連合兵団は、和を乱す者がいるとして出陣を一時取り止めにしました」


 涼しい顔をしたまま、使者は当たり前のような口調で説明を始めた。


 使者によれば、先発隊として出陣したシェンを快く思っていない何者かが、ネイバル共和国の王に進言したことがきっかけだという。


「和を乱すって、シェンは先発隊として命令を受けて出陣したんじゃないのか?」

「そうなのですが、連合兵団の上層部の考えは違うようです。実際、命令は下していないことになっています」

「なんでそんな真似をするんだ?」

「盗賊上がりの兵士を、快く思っていない方々がいらっしゃるからでしょうね」


 無表情のまま語る使者の言葉に、シェンが握りこぶしを震わせた。この事態は、盗賊の過去を持つシェンを陥れようとした何者かの陰謀が裏に潜んでいるようだった。


「上層部としては、シェンに尻尾をまいて逃げ帰り、王に命乞いしろとのことです」

「ふざけるな!」


 使者の冷徹な言葉に、シェンが怒りを露にして掴みかかる。中道と二人で間に入り、なんとか場を収めた。


「命令に従わなかったらシェンはどうなる?」

「犬死にするのを見届けるとのことです」


 襟の乱れをただしながら、使者は感情のない声で俺の質問に答えた。連合兵団の考えとしては、もともとシェンを見殺しにするつもりだったらしい。


「どうせ竜王討伐に恐れをなした者の仕業だろう。責任回避ついでに私を陥れるつもりなら、それは間違いだと思い知らせてやる」


 シェンは乱暴に吐き捨てると、奥へと消えていった。


「シェン、待て!」


 明らかに自暴自棄になっているシェンに嫌な予感がした俺は、シェンを呼び止めようとした。だが、俺の声は血相を変えて飛び込んできた竜騎士によってかき消された。


「隊長! カミュールの姿が見当たりません!」

「なんだと!」


 沈黙を貫いていたトラッドだったが、竜騎士の報告に表情を一変させて声を上げた。


「数名と見回りに行ったようですが、カミュールだけが戻ってきていません」

「わかった、すぐに探索に向かう。手が空いている者はついてくるように伝えてくれ」


 トラッドは竜騎士に指示を出すと、弾けたようにテントから出て行った。


「佐山、俺たちも行くぞ」


 この様子だと、カミュールに何かあったのは間違いない。それをさとった中道は、俺の返事を待たずに竜へと駆け出していった。


「モリス、俺たちも行こう」


 モリスに声をかけ、膨らみ続ける嫌な予感を抑えながら空へ飛び立つ。既にトラッドは仲間と共に、上空で待機していた。


 ――探知士様、カミュールの居場所はわかりますか?


 トラッドの無線を受け、カミュールを意識しながらスキルを発動する。レーダーには東の空が映り、二十ほどの赤い点滅に囲まれた青い点滅が一つ見えた。


 ――トラッドさん、東です。カミュールはドラゴンの群れに囲まれています!


 俺の無線を聞くなり、トラッドはスピードを上げて東の空へ飛び立っていった。


 ――中道、ドラゴンの群れが近づいている。カミュールの背後を頼んだぞ


 レーダーには、カミュールを囲む赤い点滅とは別に、赤い点滅がカミュールの背後に近づいていた。


 ――任せろ!


 中道は告げると、トラッドに続いて雲の中に突っ込んでいった。


「モリス、術の準備をしていてくれ。雲を抜けたらすぐに戦闘開始だ」


 俺の背中にしがみつくモリスに指示を出すと、俺も弓を構えて雲を抜けるのを待った。


 ――トラッドさん、カミュールの上空が危険です!


 予見のスキルを発動させ、竜騎士に襲いかかる危険を伝えていく。トラッドが俺の指示に従って陣形を組み直したところで、雲の中から出ることになった。


 ――中道! カミュールの後ろを守ってやれ

 ――任せとけ


 雲を抜けた先には、ドラゴンに囲まれながらも懸命に応戦するカミュールの姿があった。スピードを活かしてドラゴンを撹乱しているが、ドラゴンの数が多過ぎて後手に回っていた。


 中道が稲妻を放ち、俺も氷の矢を乱れ射つ。その後に、モリスが風の術を放ったところで、カミュールの背後に迫っていたドラゴンたちを撃墜した。


 上空では、連携を駆使しながらトラッドたちが次々にドラゴンを撃墜していく。ようやく自由を取り戻したカミュールが、ドラゴンの包囲網から抜け出していった。


 ――トラッドさん、ドラゴンの数が多過ぎます。ここは一時撤退を


 カミュールの安全は確保できたが、ドラゴンの数はいまだ危険レベルで点在している。このまま戦えば、竜騎士にも被害がおよぶ危険があった。


 ――それはできません

 ――どういうことですか?

 ――竜騎士が、ドラゴンに背を向けることはできません


 トラッドはそこで無線を打ち切ると、竜騎士たちと共にさらなる戦闘を繰り広げた。


 ――佐山、どうする?

 ――仕方ない、俺たちも加勢しよう


 俺の隣に並んだ中道に即答すると、中道は親指を立ててカミュールの加勢に飛び立っていった。


「モリス、しっかり掴まってて」


 俺はトラッドに予見の内容を伝えながら、後方支援に回った。大空を舞台に、巧みにドラゴンと一騎討ちを繰り返す竜騎士をサポートしつつ、用意した矢を全て射ち切った。


 戦闘は、辛うじてこちらの勝利に終わった。死者は出なかったが、竜騎士の大半が負傷していた為、命からがら陣営に帰ることになった。


「カミュール、なぜ勝手な真似をした!」


 陣営に戻るなり、暗い顔をしたカミュールにトラッドが怒声を浴びせる。カミュールは肩を落として項垂れていたが、やがて涙を流しながら顔を上げた。


「ドラゴン相手に指をくわえて見ているだけなんて、私にはできない」

「だから、勝手に馬鹿な真似をしたのか?」

「臆病者になったトラッドに、責められるいわれはない」


 悲しげな表情を浮かべたカミュールが、悔しさを滲ませてトラッドに抗議した。


 だが、トラッドはカミュールの抗議に対して平手打ちを返した。


「俺が臆病者だと?」


 びっくりして固まったカミュールに、鳥肌が立つほどの冷たい声でトラッドが問いかけた。


「俺がこのまま、案内役なんていう間抜けな役割をやると思うか?」

「でも、トラッドはみんなを解散させて――」


 カミュールはそこで何かに気づいたのか、突然声を失ったままトラッドを凝視した。


「そうだ。皆を解散させたのは、俺の反逆行為に対して責任を負わせない為だ。戦場での命令違反に対する罪は重いからな」

「ってことは、やっぱり――」

「ああ、胸に刻んだ復讐の誓いを忘れるわけがないだろ」


 トラッドがカミュールの頭を撫でながら、久方ぶりの笑顔を見せた。


 と同時に、竜騎士たちが槍を掲げて歓声を上げ始める。まるでトラッドのその言葉を待っていたかのように、沈んでいた竜騎士たちが精悍な顔つきに変わっていった。


 ――そういうことか


 再び団結し始めた竜騎士たちを見て、俺は予見の内容を思い出した。予見では、ドラゴンを相手に竜騎士たちも戦っていた。予定では、竜騎士たちは案内役のみで戦闘には参加しないことになっていたはず。


 だが、竜騎士たちは前線で死闘を繰り広げていたということは、最初からトラッドはそのつもりでシェンに従うふりをしていただけだった。


「中道、このままだと予見通りになりそうだ」


 近くで一緒に見守っていた中道にぽつりと呟くと、中道は無表情のまま顔を向けてきた。


「シェンの兵団と竜騎士が戦うって奴か。なあ佐山、あれから予見の内容に変化はないのか?」


 中道の問いに、俺は首を横にふるしかなかった。何度繰り返しても、予見はドラゴンと対峙する場面から進むことはなかった。


「佐山、シェンの奴が出陣するみたいだぞ」


 無言になった俺の肩を叩いた中道が、見ろよとばかりに顎を向けた。その先には、待機していた飛空挺が一斉に飛び立とうとしていた。


「感情に流されたままだと危険だな。俺たちも――」


 戦場で、頭に血の上ったまま戦うのはまずいだろう。出陣は避けられないとしても、戦うからには勝つべき手段を選ぶ必要がある。


 探知士としてどこまで役割を果たせるかはわからない。覚醒もまだな状態で不安はあるが、シェンや竜騎士たちを見捨てることはできなかった。


 そんな想いが胸に溢れた時だった。


「ユウキさん!」


 キャンピングカーで休んでいたはずのモリスが、涙目のまま血相を変えて駆け寄ってきた。


「ビアンが、ビアンが倒れたまま目を覚まさないって」

「何だって!」


 不意に告げられた内容。それは、クゥンからのビアンの容態を知らせる火急のものだった。


 ~第四章 完~


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