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4-7 シェンの野望とカミュールの涙

 作戦会議が終わった後、俺はシェンと二人で話をすることにした。シェンの予定では、すぐにでも東の島にいるドラゴンを討伐するつもりらしい。西からくる竜王に備え、背後の危険を断っておきたいとのことだった。


 日が沈みだした広場に腰を下ろすと、訝しげな表情のシェンに話しかけた。


「シェン、君の動きは尋常じゃなかったけど、何かスキルを持っているのか?」


 シェンの身のこなしには、武道を越えた何かが感じられた。おそらくシェンは、生粋の兵士ではないはず。別の何かからジョブチェンジしたとしか思えなかった。


「さすがは探知士さんですね。私がただの兵士ではないと見抜かれたわけですか」


 話の目的をさとったのか、シェンが表情を崩して目を細めた。シェンにとって、ジョブチェンジする前のジョブはあまり知られたくないことのように見えた。


「実は、私は孤児出身なのです。奴隷斡旋団体に売られた後は、ある盗賊一家に引きとられました」


 幼い頃に両親を失ったシェンは、奴隷になった後に強制的に盗賊へとジョブチェンジさせられたという。


「盗賊という仕事は、本当に過酷なものでした。身分はこの世界では最底辺ですし、騎士団たちの憂さ晴らしで殺害されても文句は言えません。そんな過酷な世界で奴隷だったと聞けば、私がどんな地獄を味わったかわかると思います」


 過去を語るシェンの顔が、苦悶で大きく歪んでいく。思い出すのも辛いと言いたげな眼差しには、底冷えするような冷たさがあった。


「どうして兵士になろうと思ったんだ?」

「私は名のある領地の貴族でした。ですから、そのプライドは汚物を口にしても守るつもりでしたから」


 シェンは地獄の日々から抜け出す為に、密かに剣の技を磨き続けていた。育ちのよさと盗賊で身につけた身のこなしが基礎となり、シェンは若くして兵士へとジョブチェンジすることができたという。


「兵士になってからは、手柄が全てでした。盗賊出身でしたから、周りからの差別もひどいものがありました。しかし、全ては手柄を手にすることで私は変わることができたのです」


 シェンの上から目線や人を馬鹿にしたような態度をとる裏には、シェンなりの地獄から這い上がってきたプライドがあったようだ。


「だとしたら、今回の討伐も手柄の為なのか?」

「もちろんです。兵団の中でも先発隊というのは嫌がられます。どんな危険があるかわからないところに先陣を切っていくわけですからね。しかし、だからこそ私にとっては好都合なのです」


 手柄の為なら、どんな危険も顧みない。力強いシェンの瞳がそうはっきり告げていた。


「私は、いつか騎士団に入りたいと考えています」

「騎士団に?」

「はい。私をゴミのように扱った連中を見返し、非道に堕ちることなく誇り高き騎士になることで、身代わりとなって亡くなった父への恩返しができればと思っています」


 照れくさそうに笑うシェンの横顔に、ようやく年相応の若さが見えた。孤児として地獄を生きながらもその胸に抱いつうた信念の強さに、俺は素直に感心するしかなかった。


「叶うといいな」

「その為にも、この戦いは重要です。だから、探知士さんにはお世話になりたいと思います」


 シェンは嫌みなく頭を下げると、討伐の準備があるからと立ち去っていった。


 ――信念、か


 立ち去るシェンの背中を見つめながら、自分のことを思い返してみる。


 孤児となり、イジメと暴力の世界で生きた俺に、信念と言えるものはなかった。


 ただ、毎日を生き抜くだけで精一杯だった。


 どうやってイジメや暴力から逃げるかを考えるだけで精一杯だった。目標や夢に目を向ける暇も余裕もなかった。


 だが、シェンはどうだろうか。いや、シェンだけではない。トラッドやカミュール、さらにはモリスはどうだろうか。過酷な運命を前にしても、みな、胸に秘めた想いを糧に運命に抗っている。俺みたいに、孤児を理由に腐ることは決してなかった。


 ひょっとしたら、その点が俺には足りていないのかもしれない。夢や信念といったものを持てない弱さが、俺の覚醒に足りない要素のような気がした。


 ――夢、か


 兵団に消えていくシェンの背中に向けて呟いてみる。


 だが、漂うようにしか生きてこなかった俺には、まるで実感が持てなかった。


 ◯ ◯ ◯


 夜の闇が城下町を覆い始めた頃、俺はふて腐れている中道を残し、モリスと二人で城下町をあてもなく散歩した。


 松明を揺らす風は生温く、空に広がった雲は雨の気配を漂わせていた。明朝には出陣するとシェンは言っていたから、明日の戦いは雨になりそうだった。


「モリスは、将来何になりたかった?」


 夜営から僅かに離れた小川のそばに腰を下ろすと、薄闇でも綺麗だとわかるモリスの横顔に話しかけた。


「将来、ですか?」

「そう。将来の夢とかあった?」

「私の一族は、男も女も狩人になるのが決まっています。その中でも、女は家を、男は狩場を守るのが務めでしたから、私も母と同じようになるつもりでした」

「そうか」

「あ、でも、素敵な家を持つのが夢でした。家を選ぶ権利は女にありましたから、その権利だけは大切に使いたいという気持ちはありました」


 おどけたように、でも、目を輝かせながら語るモリスに、燻っていた胸が洗い流されるような気がした。


「だとしたら、バラック小屋は最悪だっただろ?」

「いえ、そんなことありません。とても温かいお家だと思います」


 俺の自虐に、モリスが慌てて手を振って否定してくる。お世辞だとしても、モリスが喜んでいるならとりあえずよしとしておいた。


「ユウキさんは、何か夢があるんですか?」

「俺?」

「はい。ユウキさんは、違う世界から来たと言ってました。その世界で、ユウキさんはどんな夢を持って生きていたんですか?」


 モリスの柔らかな微笑みが添えられた質問に、俺は頭をかくしかなかった。


「俺には夢なんかなかったかな。いや、夢をみる余裕なんてなかった。毎日が生きるだけで精一杯で、今もあまり変わらないかな」


 考えてみなくとも、俺の人生に語る夢などなかった。シェンのように地獄を抜け出して這い上がる気持ちもなければ、トラッドのように命をかけて挑むものもなかった。漂うようにしか生きていなかったのが、俺の人生といえた。


「でも、今は探知士になられてます。きっと、今までとは違う自分になられたのですから、何か新たな夢を抱けるかもしれませんね」


 否定的な意見しか言わない俺に、モリスは明るく励ますような言葉を送ってくれた。確かに、パラレルアイランドを通じて俺は違う自分に出会ったような気がしていた。


 そのきっかけを作ったものがあるとしたら、やはりモリスとビアンの存在だろう。こうしてそばにいてくれることの安らぎは、人生で初めて感じたことでもあった。


 だから、今の俺に夢があるとしたら、ビアンの病を治してモリスとビアンと暮らしていくことになるかもしれない。


 月明かりに浮かぶモリスの横顔に、鼓動がピッチを上げていく。無意識に伸ばした手が、モリスの柔らかい手を掴む。僅かに頬を赤くしたモリスが、無言のまま俺の手を握り返してきた。


「この戦いが終わったら――」


 ずっと一緒にいて欲しい。そう言いかけたところで、突然の怒声に雰囲気はぶち壊しとなった。


「あれは、カミュールさん?」


 川辺の奥に人影が二つ見えた。一つはカミュールで、対面しているのはトラッドだった。息を殺して観察すると、どうやらカミュールがトラッドに何か抗議しているようだった。


 やがて、トラッドが立ち去ると、カミュールは崩れるようにその場に座りこんだ。


「カミュール」


 ただならぬ気配を感じた俺は、カミュールのそばに駆け寄った。俺の声に気づいたカミュールは、愕然とした表情で震えていた。


「どうしたんだ?」

「どうしたもない。第七兵団は、今日限りで解散だとさ」


 怒りを噛み締めるように、カミュールが顔をしかめて吐き捨てた。


「解散になることは、みんなもわかっていた。だからこそ、ドラゴンへの恨みを晴らす最後の舞台として、トラッドについてきたんだ。なのにトラッドの奴、ドラゴンに囲まれているとわかったとたん、よその兵団に尻尾まいて逃げやがったんだ」


 激しく吐き捨てたカミュールが、肩を震わせながら俯いた。その頬には、声を殺した涙が流れ落ちていた。


「どんなドラゴンが相手でも、どんなに苦しい戦いだとしても、決してトラッドは逃げることはしなかった。そんなトラッドに憧れて、私は――」


 カミュールの声なき声が、夜の風に消えていく。カミュールの悔しさと無念は、トラッドへの憧れからきているようだった。


「カミュール、トラッドの誉れに対する気持ちは本物だと思う」

「だったら、なぜ逃げる必要があるんだ?」

「カミュール、トラッドは逃げたわけじゃないと思う。竜騎士を束ねる長として、苦渋の決断があったんじゃないのか?」

「そんなもの、ただの言い訳だ!」


 カミュールは乱暴に涙を拭うと、悲しげな表情のまま走り去っていった。


「カミュール!」


 慌てて追いかけようとした俺の手を、モリスがしっかりと握ってきた。


「今は一人になりたいと思いますよ」


 モリスに諭され、俺はカミュールを追うのをやめた。


 竜騎士たちが大切にしてきた誉れ。


 それが、今は風前の灯火になっているような気がして、俺は複雑な気持ちで拳を握り締めるしかなかった。

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