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4-6 大規模兵団

 窮地に追い込まれた状況が判明してから二日後、ネイバル共和国から派遣された大規模兵団の先発隊がエストールに到着した。


 兵団は、大型の飛空挺で編成されており、中には戦闘機としか思えない代物を搭載していているものもあった。兵士たちは、主に戦闘機乗りと術士たちで構成されており、白銀の鎧の集団と黒いローブを纏った集団でエストール城下町はごった返すことになった。


 先発隊を受け入れた王に、まだ二十歳そこそこの若い隊長が挨拶に訪れた。トラッドと共に王と待ち構えていた俺は、シェンと名乗った若き隊長を値踏みしていた。


「兵団長、状況を報告してください」


 エストール王に深々と頭を下げ、トラッドにも敬意を示したシェンだが、その柔らかく温室育ちのような雰囲気の陰に、どこか他人を見下したよう気配が感じられた。


「状況は、想像以上に最悪なものだ」

「貴方の想像など必要としていませんよ。ただ、事実だけを聞かせていただくだけで結構です」


 トラッドが説明し始めた言葉を、シェンがいきなり遮ってきた。横暴にも見える態度に、中道が舌打ちするのが聞こえてきた。


「ドラゴンは四方の島に潜伏しており、その数は一万を越えるかと予測している」

「なるほど、それだけの数のドラゴンに、いいようにされていたわけですね」


 無表情だったシェンの顔に、あからさまに呆れた表情が浮かんだ。


「おい、ちょっと待てよ」


 だんまりを決め込んでいた中道が、急に声を荒げてシェンに詰め寄った。


「こちらは?」

「探知士様の一行です」


 冷めた表情で尋ねたシェンに、トラッドが苦虫をかんだような顔で答えた。


「貴方が、伝説とされる探知士さんですか」


 完全に中道を無視して、シェンが俺に視線を向けてきた。


「おい、何をシカトして――」


 顔を赤くしてシェンに掴みかかった中道だが、鮮やかな身のこなしで瞬時に中道の剣を奪ったシェンに、逆に詰め寄られることになった。


「見たところ、相当なレアアイテムのようですね。しかし、こうして奪われてしまったら、貴方はただの肉だるまです」


 中道の剣を振りかざしながら、シェンは馬鹿にしたような声で笑った。


「おい、いい加減にしろよ」


 シェンが笑いながら中道に剣を向けたところで、カミュールが間に乱入してきた。


「これは面白いですね。竜騎士に女がいるとは思いませんでした。さすがは落ちぶれた集団だけのことはあります」

「貴様、ふざけるなよ」

「ふざけてはいませんよ。見たところ、顔はまとものようですから、我が兵団の娼婦として遊んであげましょうか?」


 シェンの言葉に、周りの兵団から下品な笑い声が上がる。さすがにしびれを切らしたカミュールが、槍を手にシェンへ襲いかかった。


 だが、素早さを誇るカミュールの動きをかわしたシェンは、身震いするような滑らかな動きでカミュールから槍を奪い取った。


 ――こいつ、ただ者じゃないな


 槍を取られて驚くカミュールを、シェンは馬鹿にしたように見下していた。その動きには、普通とは違う異常な何かを俺は感じていた。


「カミュール、やめないか!」


 尚も敵意を剥き出しにして襲いかかろうとしたカミュールを、トラッドが一喝して止めさせた。


「しかし――」

「その鎧を着ている時は、見苦しい真似はするな」


 トラッドの言葉を無視して食い下がるカミュールを、トラッドが睨みつけて引き下がらせた。


「部下の失礼、私が代わってお詫びする」

「気にしていませんよ。遊んだだけですから」


 不適な笑みを浮かべ、シェンは鼻で笑った。


「探知士様、申し訳ありませんが彼らと共に作戦会議をすることになっています。よろしければ、出席いただけますか?」


 トラッドに頭を下げられた俺は、黙って頷いた。本来なら、中道とモリスも出席するべきだろう。だが、この状況ではそうはいきそうになかった。仕方なく、心配そうにしているモリスに中道の世話をお願いし、テントの中に消えていったトラッドたちを追いかけた。


 薄暗いテントの中には、エストール王を上座に、トラッドとシェンが向かい合って座っていた。一瞬、席を迷ったが、エストール王に隣を案内され、二人を見渡す形で席についた。


「今回派遣されてくる兵団の総数は、およそ四万になります」


 先程のふざけた態度ではなく、真顔に戻ったシェンが兵団の状況を説明し始めた。


 シェンによれば、シェンが率いる部隊はおよそ三千人で、先発隊として情報収集が最初の任務らしい。さらに二日後には、陸海空の部隊で編成された兵団が到着する予定となっているようだ。


「SSクラスの術士や兵士も揃っていますので、ドラゴンの数が一万だとしても問題はないでしょう」


 シェンの説明では、飛空挺はもちろん、あらゆる兵器が最新式となっており、近年開発されている強力な術を扱う術士たちも部隊に参加しているという。


「前回は竜王を逃がしましたが、今回は必ず討伐します」


 並々ならぬ自信が、茶色の髪をかきあげる仕草と若き青い瞳に揺れていた。竜王を討伐寸前まで追い込んだという実績が、若きシェンに勢いをつけている感じだった。


 そんなシェンとは対象的に、トラッドには覇気がなかった。ドラゴンに四方を囲まれていることに気づいた時から、トラッドは完全に戦意を失っている。竜騎士たちの中には、カミュールを筆頭に出陣を叫ぶ者がいたが、トラッドは一切の話に耳を傾けることなく大規模兵団を受け入れることにしていた。


 その選択は、当然といえば当然だった。百に満たない竜騎士たちが、一万を越えると予想されるドラゴンを相手にしても犬死には避けられないだろう。それはもはや、竜騎士の誉れというよりもただの無謀でしかない。


 ――しかし


 すっかり牙を抜かれたトラッドだが、だからといって安心できるわけでもなかった。光を失った赤い瞳の奥底からは、今でも何かを感じることがある。死んだように見せかけて、実は虎視眈々と機会を伺っているような気配を感じずにはいられなかった。


「探知士さんの予見ではどうなりますか?」


 シェンの問いに答える為、あらためて予見のスキルを発動させる。大規模兵団が参加するというのであれば、多少は予見にも変化があるかもしれなかった。


 意識をレーダーから映像に切り替え、映し出されたものに意識を集中させる。鮮明に映し出された映像には、照りつける太陽の下で戦う竜騎士たちと、おおよそ大規模とは言い難い二つの飛空挺が、竜王とドラゴンの群れを相手に対峙する光景だった。


 ――どういうことだ?


 深く深呼吸して、更に意識を映像に集中させていく。だが、何度確認してもシェンが言った陸海空を埋め尽くす兵団の姿は見当たらなかった。


「今のところ、最悪な結果は起こらないかな」


 映像の内容をぼかしながら、シェンに淡々と告げる。事実、竜王を前に全滅していく竜騎士たちの姿はなくなった。


 だが、だからといって安心できるかというとそうでもなかった。映像は戦いを挑む場面から先に進むことはなく、一時停止のまま止まっているだけだったからだ。


「それは嬉しいですね。我が兵団の士気もあがります」


 俺の言葉に、シェンが満足そうに大きく頷いた。そんなシェンに、俺は一抹の不安を抱いていることを結局は伝えることはできなかった。

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