4-5 用意されていたシナリオ
手分けして状況把握に向かった竜騎士たちと合流し、中道はカミュールと共に、俺とモリスはトラッドと共に調査を開始した。
エストール領域の島は、五つとも巨大なジャングルなとなっており、島ごとに独特の生物や魔物が生息している。中には、エストール人もあえて立ち入らないようにしている島もあり、その全てを調査することは考えただけで途方にくれるものがあった。
「これだけの広さを縄張りにしているとしましたら、ドラゴンの数も数えきれなくなるかもしれませんね」
見渡す限りのジャングルが広がる光景を目にして、モリスが力なく呟いた。狩猟民族としての血がモリスに嫌な予感をさせているのか、俺にしがみついた体が固く強張っていた。
「エストール城は四方を島に囲まれている。もし、四方の島にドラゴンが潜伏しているとしたら最悪なことになってしまう」
どれだけの数のドラゴンが島に潜伏しているかはわからないが、高速で飛び続けてもなお先の見えない広さを考えたら、その数が百や二百でないことは容易に想像できた。
――探知士様、スキルで探知できますか?
旋回しながら飛び続けていたトラッドから、疲れた声で無線が飛んできた。上空からは四方を見渡すことはできるが、生い茂ったジャングルの中を検索するのはなかなか上手くいかないようだった。
トラッドの願いを受け、探知のスキルを発動する。だが、もともと探知のスキルは危機回避に特化したものであるせいか、危険が生じていない相手に対しては上手くいかなかった。何度かやり方を変えてみたが、レーダーに映るのは膨大な数の青と黄色の点滅ばかりだった。
――森の魔物が邪魔になっていまして、正確な状況が把握できません
虚しい結果をトラッドに伝えると、ため息が聞こえてきそうな声で「了解」とトラッドが返答してきた。
その後も検索を続けたが、目ぼしい当たりはなかった。こうなると、後は森の中に直接入っていくしかなかった。
――トラッドさん、森の中に入りましょう
俺の探知スキルを使えば、森の中に潜む危機は回避できる。魔物が生息する森とはいえ、危機回避できれば調査に問題はなかった。
適当な広場に着地し、息がむせるような空気が漂う森の中に入っていく。光があまり入らない森の中は、薄暗い洞窟の中を歩いている感じがした。
ぬかるむ足下に滑るモリスに手を貸し、そのままモリスの手を握る。微かにモリスの手が固くなったが、すぐに柔らかい手が握り返してきた。
息がつまる空気と不気味な鳴き声が響く中、危機を回避しながら進んでいく。森の中は、ドラゴン以外にも脅威となりそうな魔物が生息しており、先を進むのも骨が折れる作業が続いていた。
「隊長! これを!」
先を歩いていた竜騎士が何かを見つけたらようで、強張った表情でトラッドを呼んだ。
駆け足に変わったトラッドの後を追い、竜騎士が見つけたものを確認する。
それは、体長三メートル程の二本の角を生やした熊みたいな魔物だった。体中に大きな爪痕があり、おそらくはドラゴンと戦って敗れたのだろう。
「この一帯を支配していた魔物です。それを襲うということは、やはりドラゴンがこの島をに潜伏しているのは間違いありません」
固くなったトラッドの表情からは、血の気が引いていた。この広大な島に潜伏するとなると、一体どのくらいの数になるのか見当もつかなかった。
「とりあえず一度戻り、他の者の報告を聞きましょう」
そう告げたとトラッドの声が沈んでいた。思った以上の危機的状況に、誰もが続く言葉を発することができなかった。
◯ ◯ ◯
島の調査が終わると、竜騎士たちは再び広場に終結した。その表情に明るさはなく、報告は聞かなくても最悪な状況だとわかった。
「中道、どうだった?」
戻ってきた中道に、調査の状況を確認してみる。中道によると、東の島はドラゴンだらけであり、カミュールたちと共に何とか戻ってきたという。
「とりあえず、千や二千という数ではなかったぞ。辺り一面がドラゴンだらけで、東の島にいるドラゴンを相手にするだけでも、一苦労どころじゃないな」
明らかに気落ちした中道の声に、事の悲惨さが伝わってくる。ドラゴンの数が膨大な数だと予想されるのに対して、竜騎士の数は百にも満たっていない。まともにぶつかれば、竜王にたどり着く前に全滅するのは明らかだった。
「俺たちが調査した島は、ドラゴンの数は確認できなかったが、島を支配している痕跡は見つかっている。他の島も同じような状況らしいから、俺たちはドラゴンに囲まれていると考えてよさそうだな」
次々に報告する竜騎士たちの内容を聞く限り、竜王が密かに周りの島にドラゴンを潜伏させていたのは間違いないようだ。
「てことは、竜王はやっぱり大規模兵団が来るのを待っているということか?」
「そうなるかな。これだけの数のドラゴンがいるなら、竜騎士たちと共にエストールを滅ぼしていいはずだ。なのにそうしないのは、密かに準備を進めて大規模兵団を滅ぼすつもりだろう」
竜騎士やエストールを完全に滅ぼさないのは、竜王が手の内を隠しているからだ。そうすることで、大規模兵団たちが油断した隙に一斉攻撃を仕掛けるつもりかもしれない。
まるで、用意されたシナリオのようだった。竜騎士を巧みに騙しながら、大規模兵団を誘い出して恨みを晴らす。竜王たちも追い出された身だから、大規模兵団への恨みも根深いのだろう。
この状況では、もはや竜騎士たちの有終の美どころの話ではなくなってくる。大規模兵団が来たとしても、竜王に勝てるかどうかさえわからない状況だった。
「なんだか、竜騎士さんたちがかわいそうですね」
心配そうに竜騎士たちを見つめるモリスが、悲しげな声で呟いた。
「私も、戦争で両親を失いました。その苦しさや悔しさはよくわかります。仇を取る為に今日まで頑張ってきた竜騎士さんたちを思うと、とても辛いです」
モリスの滲み出るような言葉に、俺も中道も口を開くことができなかった。
モリスも戦争で家族を失った一人だ。気丈に振る舞いながらも、竜騎士たちの姿に自分の思いを重ねていたのかもしれない。
モリスには、予見のことをやんわりとだが伝えてはいる。戦えば全滅するという未来を、モリスなりに俺を支えることで変えようとしてくれている。その想いを考えたら、絶望に追い込まれていく竜騎士たちを、モリスもまた、絶望に似た気持ちで案じているのかもしれない。
「まだ、結果はわからない」
一つ深呼吸して、俺はつまりそうになる喉を押し退けて声を発した。
「わからないって、どういう意味だ?」
「まだ、方法が一つだけある」
それは、俺が覚醒してSSSにランクアップすることだ。かつて魔王を倒したときにキーになったとされる、SSSのスキルを手にすることができれば、あるいは状況は変わるかもしれない。
鬼瓦も、状況を変えるにはまずは自分が変わることだと言っていた。だとしたら、竜騎士たちの未来を変えるには、俺自身がランクアップするしかなかった。
だが、その方法はまだわかっていない。竜王は、俺に素質があると言っていた。ということは、俺の中にある何かが覚醒を邪魔しているということだろう。
心配そうに見つめるモリスと中道を見ながら、俺はできるかどうかわからない覚醒について、二人にゆっくりと切り出した。




