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4-4 ドラゴンの策略

 微かに鼻をくすぐるハーブティの匂いで目を覚ますと、中道とモリスが朝食を用意していた。


「モリス、モリスって寝言がうるさかったぞ」


 寝ぼけたままの頭に、中道のからかう言葉が聞こえてくる。いきなりのことに慌てた俺は、顔を赤くして驚くモリスと目が合ってしまった。


「馬鹿、冗談だよ。それとも、つい口にしてしまうような心当たりがあるのか?」

「この野郎」


 豪快に笑う中道に、俺は恥ずかしさをごまかすように、怒りのツッコミを入れた。


「そんなことより、聞いて欲しい話がある」


 顔を赤くしながらも、どことなく嬉しそうにしているモリスに調子が狂いつつも、俺は朝食の席について昨夜のことを話した。


「なるほど、竜騎士の誉れね」


 中道がため息をつきながらも、どこかわかっていたような雰囲気でハーブティに口をつけた。


「てことは、カミュールちゃんも戦いに参加するわけか」

「そういうことになる」


 俺が答えると、中道は寂しげな目で俯いた。


「でも、大規模兵団が来るのでしたら、竜騎士さんたちもなんとかなりませんか?」

「難しいかな。俺の予見にも変化がないから、多分、大規模兵団が着く前に最後の戦いに挑むつもりだろう」

「となると、佐山としては竜騎士たちの戦闘をどうにかして回避したいわけだな?」

「できればそうしたい。残された孤児を考えたら、竜騎士の全滅をなんとしても避けたいところだ」


 大規模兵団が来る以上、戦闘は大規模兵団と共に行った方がいいだろう。竜王との更なる会話を考えたが、竜王に聞く耳を持つ気配はなさそうだった。


「佐山、お前の気持ちはよくわかる。だがな、俺は竜騎士たちの気持ちもわかる気がするんだ」


 ハーブティを飲み干して一息ついた中道が、神妙な顔つきで口を開いた。


「竜騎士として、これが最後の戦いになるのであれば、できれば積年の恨みを晴らして勝利したいと思うだろう。それがかなわないとしても、誉れを捨てて生き延びるより、命を捨ててでも立ち向かうという気持ちは、わからないでもないんだよな」


 中道が言葉を濁しながらも、竜騎士の気持ちを代弁するかのように呟いた。


「確かに、竜騎士として生きた誇りもあるだろう。最後の戦いが道案内だけというのは、散っていった仲間や家族にも顔向けできないと思うかもしれないな」


 結局のところ、竜騎士たちを動かしているのは、ドラゴン相手に一騎討ちで勝利してきた誉れと、ドラゴンへの恨みを晴らす気持ちだ。その気持ちを変えることは、赤の他人である俺たちには無理な話かもしれない。


 そう考えていたところで、外から俺たちを呼び出すカミュールの声が聞こえてきた。


「佐山、中道、モリス、ちょっと来てくれ!」


 声に慌てた気配があり、俺は中道とモリスに目で合図を送ってキャンピングカーを降りた。


「ドラゴンの解体をやっているんだけど、トラッドからすぐに三人を呼んできてくれと頼まれた」


 踵を返しながら、カミュールが用件を早口で伝えてくる。落ち着かない表情からは、どこか焦りのようなものが感じられた。


「ドラゴンの解体って、何でそんなことをするんだ?」


 ただならぬ雰囲気に嫌な予感がした俺は、カミュールに事情を聞いてみた。


 カミュールによると、竜騎士は倒したドラゴンを解体することで、ドラゴンの生態を把握することがあるという。特に重要なのがドラゴンの胃袋であり、何を食べているのかを調べることで、ドラゴンの生息地を割り出すとのことだった。


 竜騎士たちが輪になっている広場に着くと、円の中心でトラッドとエストール王が厳しい表情を浮かべていた。


「探知士様、お休みのところをすみません」


 顔を上げたトラッドが俺に気づくと、厳しい表情を崩すことなく頭を下げた。


「何かあったのですか?」


 竜騎士の輪を抜け、トラッドの前に着いた瞬間、足下の異様な物に反射的に口を押さえた。


「これは何ですか?」

「ドラゴンの胃袋から取り出したものです」


 トラッドの足下にあったのは、何かの生き物が固まったものだった。


「こちらは先日に討伐したドラゴンから取り出した物で、そちらがその前に討伐したドラゴンから取り出した物です」


 トラッドの説明を聞きながら、異臭を放つ生き物だった物を観察してみる。よく見ると、二つの内容物は別々の生物だとわかった。


「本来、ドラゴンは縄張りの獲物しか口にしません。この地に来た時に調べたドラゴンからは、エストール領域に生息する生物は確認されませんでした。しかし、このドラゴンからは、エストール領域の生物が見つかっています」


 トラッドによれば、ドラゴンは縄張りと認めなければ、その地の生物を口にすることはないという。言い換えれば、その地の生物がドラゴンの胃袋から出てきた場合、ドラゴンはその地を縄張りとして支配していることになる。


「見つかった生物は、エストール領域の五つの島に生息しているものばかりです。つまり、いつの間にかドラゴンたちはエストール領域に縄張りを作っていたということになります」


 トラッドが歯ぎしりをしながら、握りこぶしを震わせた。ドラゴンたちが侵略していたことに気づかなかったことを、悔しがっているようだった。


「ドラゴンが縄張りを持ったら、多くのドラゴンがその地に棲みつくことになります。そうなれば、竜王がいる西の島以外からもドラゴンの襲撃を受けることになりかねません」

「では、どうするんですか?」

「とりあえず、現状把握が急務です。これから、ドラゴンの生息状況を確認に向かいます」


 トラッドはそう告げると、竜騎士たちに出陣を命じた。命令を受けた竜騎士たちが次々と空へ飛び立っていくが、誰もがその顔に不安の色を滲ませていた。


「なんか、いきなり厄介になったな」


 出陣の準備に戻ったところで、中道が神妙な顔つきで口を開いた。


「まるでドラゴンの策略を感じるよ」

「ドラゴンの策略、ですか?」

「ああ、竜王に会った時に思ったんだ。竜王は、竜騎士との戦闘に絶対の自信を持っていた。今にして思えば、あれだけの自信があれば、既に総攻撃を仕掛けていてもおかしくはない気がする」


 竜王に会った時、竜王から感じたのは絶対の自信だった。その時は気づかなかったが、よくよく考えてみたら今の状況は不自然だった。


 多少の襲撃はあっても、竜王自ら出向くことはない。まるで静観しているかのような態度は、裏を返せば何かを企んでいたということになる。


「ドラゴンの奴ら、何を企んでいるんだ?」

「多分、エストール領域に密かに縄張りを作ることで、総攻撃の準備をしているのかもしれないな」

「けどよ、竜王は絶対の自信があるんだろ? だったら、なぜそんな回りくどいことをやっているんだ?」

「それは――」


 中道の質問で、ある閃きが俺の中に稲妻のように走っていった。


「竜王の目的は、竜騎士を倒すことやエストールを侵略することじゃないかもしれない」

「え? どういうことでしょうか?」

「ひょっとしたら竜王は、近々来る大規模兵団を相手にしようとしているのかもしれない」


 俺の考えに、中道とモリスが同時に表情を固まらせた。


「竜王たちが、自分たちの縄張りを侵略されたことで追い出されたとしたら、今回の戦いは竜王の復讐ということになるかもしれないってことだ」

「竜王の復讐か。ということは、竜騎士たちは最初から相手にされていなかったことになるわけか」

「そういうことになるな」


 中道の考えに頷いて同意した俺は、中道と共にため息をついた。


 トラッドたちは、この戦いに誉れと命をかけている。ドラゴン相手に一騎討ちすることで有終の美を飾ろうとしているが、実際には、竜王にとって竜騎士たちは最初から相手にさえしていなかった。


 その状況に、俺は体の力が抜けるような虚しさを感じた。かつてはドラゴン退治として英雄だった竜騎士たちも、今はドラゴンにさえ相手にされないほどの小さな存在になっていた。


「佐山、気落ちするのは後だ。今は状況を確認することに専念しよう」


 トラッドたちに想いを寄せていた俺の肩を、中道が力強く叩いた。俺は頷いて返すと、モリスと共にドラゴンにまたがった。


 竜騎士たちの未来に新たに生じた運命。いずれにせよ、今は状況確認が先だと言い聞かせて、空へと竜を羽ばたかせた。

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