表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/33

4-3 大規模兵団

 夜も深くなった頃、物音に目が覚めた俺は、一人キャンピングカーから下りて眠い目を擦った。


「起こしてしまいましたか」


 忍び寄る足音に目を向けると、鎧姿のままのトラッドが立っていた。傍らには竜翼を休めており、どうやら見回りから戻ってきたところのようだった。


「せっかくですから、少しお話しませんか?」


 何やら思い詰めた表情のトラッドを見て、俺から会話を促してみた。トラッドは一瞬迷う仕草を見せたものの、小さく頷いてくれた。


「探知士様は、昼間の件をどう思いましたか? 非情な奴とは思いませんでしたか?」


 トラッドに問われ、俺は頭をかきながら言葉を探した。だが、上手い表現など見つかるはずもなく、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「無礼を承知で言いますと、非情なやり方とは思いました」


 取り繕っても無駄だと感じた俺は、率直な意見を口にした。


「非情なやり方とはよく言われます。しかし、強さを誇るには、仕方がないことだと自分に言い聞かせています」


 トラッドが困ったように笑いながらも、その両肩を落とした。やはり、本望で仲間を切り捨てたわけではなかったようだ。


「探知士様にはお伝えしておきます。近々、ネイバル共和国は他国と連合して大規模兵団をこの地に送り込むことになったようです」


 僅かに視線を外したトラッドが、苦悶の表情を浮かべながら呟いた。


「ドラゴンの襲撃に竜王が絡んでいるとわかったことで、ネイバル共和国としては、本格的な竜王退治を行うつもりです」


 トラッドによると、ネイバル共和国は既に他国と連合を組んでおり、エストールに向けて大規模兵団を送る準備を進めているという。この他国というのが、かつて竜王たちの地を侵略した国らしい。


 つまり、送られてくる大規模兵団は、逃がした竜王たちを確実に討伐する為に編成された集団とのことだった。


 突然もたらされた情報は、俺にとっては有益なものだった。竜騎士たちのみで戦いに挑めば、全滅は避けられない。だが、大規模兵団の援軍が来るとなると、全滅の危機は避けられるかもしれなかったからだ。


「援軍がくるのであれば、竜騎士としても心強いでしょう」

「いえ、そういうわけにはいかないのです」

「どうしてですか?」

「大規模兵団が来た後の我々の役割は、道案内のみです。ドラゴンのもとに案内した後は、用済みということです」


 歯ぎしりが聞こえそうな程顔を歪ませたトラッドに、俺は何も言えなくなった。昼間の異変の理由は、大規模兵団の援軍にあったようだ。


「なぜ、竜騎士が戦闘に参加できないのですか?」


 辛うじて問いを絞り出した俺に、トラッドが悲しげな表情を向けてきた。


「実は、ここ最近の竜騎士の戦績がよくありません」


 唸るような声で呟いたトラッドが、ここ最近の竜騎士の状況を説明してくれた。


 かつては、群れからはぐれたドラゴンを退治するのは竜騎士の役割だった。ドラゴン相手に一騎討ちする姿は、人々には英雄のように映り、竜騎士たちもドラゴン退治を名誉ある仕事として励んでいた。


 だが、強力な兵器や術の開発により、人々は竜騎士に頼らなくてもドラゴンの驚異に怯えることはなくなった。


 さらに、人々のドラゴン退治が急増し、住みかを失ったドラゴンたちが、竜王の下で群れを大きくするようになっていった。


 その結果、領地を巡る争いがドラゴンと人々との間で発生するようになり、竜騎士たちの仕事も激増していった。


 だが、群れをなして襲いかかるドラゴンを相手に、一騎討ちを誉れとする竜騎士たちは苦戦を強いられるようになった。数の強さを前にしては、少数精鋭の竜騎士たちも歯が立たなくなっていったからだ。


 そうした背景もあり、竜騎士の存在は次第に必要性を失い、今ではかつての栄光は陰を潜めることになっているという。


「我々は、この戦いを最後と覚悟しております。しかし、大規模兵団が来れば最後の戦いすらできなくなるでしょう」


 苦しげな表情で語るトラッドから、悔しさで張り裂けそうな痛みが伝わってくる。このままだと、有終の美を飾るどころか道案内という最悪な結果で終わるかもしれなかった。


 ――でも


 トラッドの痛みや苦しみはわかる反面、俺には救われた気持ちもあった。竜騎士たちが戦わないのであれば、全滅することはないだろう。そうなれば、トラッドたちが引きとっている孤児たちにも被害は及ぶことはない。


 俺にとっては、竜騎士たちへの心配以上に、孤児たちが心配だった。トラッドたちがいなくなれば、引きとっている孤児たちは奴隷になるしかない。親を失いながらも懸命に生き抜く子供たちから、俺はどうしても目をそらすことはできなかった。


「トラッドさん、俺は大規模兵団の援軍が来ることには賛成です」


 一つ深呼吸し、俺はゆっくりとトラッドと向き合った。


「竜騎士の誉れもわかりますが、その誉れも生きていてこそではないのでしょうか」


 震える体を無理矢理抑えながら、俺は慎重に言葉を選んだ。誰かに意見したり、物を言うことのなかった俺にとっては、トラッドに予見のことを打ち明けるのは恐怖でしかなかった。


「その言い方ですと、我々に勝ち目はないようですね」


 自虐的に笑うトラッドに、続く言葉が喉に詰まる。探知士としての言葉の重みが、今更ながら胸に重くのしかかってきた。


「私の予見では、竜王と戦えば竜騎士は全滅することになります」


 下手な小細工は無用と思った俺は、率直に事実を伝えた。


「ですから、この戦いは――」

「我が兵団は、みなドラゴンに恨みを持っています」


 説得に入ろうとした俺を、トラッドが厳しい口調で遮った。


「仲間を失い、家族や恋人を食い殺された者たちが、恨みを晴らす為にと竜騎士になったのです。その想い、私とて例外ではありません」


 トラッドの曇る表情に、底なしの悲しみが見えてくる。トラッドは、竜騎士として戦場を駆け巡る際に、最愛の妻を失ったという。


「竜騎士としての誉れを支えてくれた妻の為にも、例えこの身が引き裂かれようとも、竜王に一槍つけずにはおられないのです」


 固く握りしめられたトラッドの拳から、並々ならぬ覚悟が感じられた。その姿を見て、俺はトラッドたちの目的に気づいた。


 トラッドたちは、最初からわかっていた。苦戦を強いられる戦況の中では、竜騎士たちだけでは戦いを勝利することは難しいことを。


 だから、トラッドたちは覚悟を決めたのだろう。兵団の解散を前に、最後の戦いで恨みを晴らすと。


 それはすなわち、この地で死ぬことを意味していた。それでも戦いを挑むのは、共に戦い支えてくれた仲間や家族が愛して止まなかった竜騎士の誉れの為なのだろう。


 トラッドは、大規模兵団が到着する前に、最後の戦いに挑むつもりのようだ。例え全滅するとわかっていても、竜騎士の誉れを失って生きることを、竜騎士たちは決して望んではいないということだった。


「残された者はどうなりますか?」


 トラッドの覚悟も苦しみもわかったつもりだった。だが、それでも俺は竜騎士たちだけでの戦いを避けたかった。後に残された家族や孤児たちを想うと、トラッドたちの覚悟には完全には賛同することができなかった。


「竜騎士たちの帰りを待つ者たちは、どうなりますか?」

「その点は心配いりません。みな上手くやってくれるでしょう」

「それは、嘘ですよね?」

「嘘というのは?」

「竜騎士たちがいなくなれば、残された家族はますます生きるだけで精一杯になります。そんな状況で、孤児たちを面倒見てくれる人は本当にいると思いますか?」


 俺の訴えに、トラッドが言葉を詰まらせる。図星だったのだろう。今の質素な生活を余儀なくされる竜騎士の家族たちに、主を失った後に孤児を養う余力があるはずがなかった。


「帰ってくると信じて待ち続ける辛さを、トラッドさんはわかりますか?」

「しかし――」

「私にはわかります。戻ってくると信じ続けた結果、二度と戻ってこないとわかった時の辛さは、今もまだこの胸で燻っています」


 児童養護施設に置き去りにされた俺は、二度と戻ってこないとわかっていながらも、母親の迎えを待ち続けた。


 あの時に味わった絶望が俺の全てだった。地獄を生き抜く為に自らの意思を捨て、ただ意味もなく漂うだけの存在になるしかなかった。


 そんな思いを、孤児たちにさせたくなかった。生き延びる術があるならば、トラッドたちにも無駄死にはしてほしくなかった。


「探知士様の気持ちはよくわかります。ですが、これは竜騎士の問題です」

「トラッドさん!」


 話を切り上げて立ち去ろうとするトラッドに、想いを込めて名を叫んだ。


 夜風に虚しく消えていった俺の声に、トラッドがふりむくことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 時代の波にのまれて消えゆく運命の竜騎士、その隊長である者の竜に対する憎悪が静かに感じられました。意地だけはなく私恨が絡んでいるストーリーが人間臭くて納得できます [気になる点] なし 神回…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ