4-2 竜騎士の誉れ
パラレルアイランドに戻ると、慌ただしい空気が広がっていた。モリスとパラレルステーションから戻った中道と共に、トラッドのもとに向かう。既にトラッドは戦闘体勢に入っており、これからドラゴンと一戦交えるという。
トラッドに続いて、俺も中道と竜にまたがりと、ドラゴンが潜伏しているという島を目指した。
――先発隊の情報では、数は多くありません。探知士様は離れた場所で待機を!
勇ましい無線の声を残し、トラッドは数人の竜騎士たちと一気に島へと下降していった。
「おいおい、俺たちはお預けか?」
俺の隣にきた中道が不満の声をもらす。確かに、トラッドの指示は手出し無用と捉えてよかった。
――なんか変だな
微かに無線の声に感じた違和感。戦闘中でも落ち着きを失わないトラッドの声に、焦りが感じられた。
「とりあえず、様子を見よう」
不満顔の中道に告げると、スキルを発動させて様子を見ることにする。レーダーに映るドラゴンの数は十にも満たない。点滅色も黄色と青を繰り返しており、トラッドたちに危険はなかった。
戦闘も、そばで見ている限り問題はなかった。トラッドの的確な指示の下、連携を活かした攻撃でドラゴンを地へと沈めていく。竜にまたがり、黄金の鎧を纏った竜騎士たちの姿は、見ているだけで胸が沸き踊るほどの鮮やかさと力強さがあった。
「竜騎士さんたち、どこか変です」
俺の背中にくっついていたモリスが、訳ありな声で呟いた。
「変って、何が?」
「私も詳しくは言えませんが、狩猟で集団行動する時は冷静さが大切だそうです。でも、今の竜騎士さんたち、どこか思い詰めているといいますか、冷静さを欠いているように見えます」
モリスが感じる違和感は、狩猟民族ならではのことだろう。戦闘も狩猟も相手を倒すことに変わりはない。だとしたら、モリスの目に冷静さを欠いているように見えるということは、竜騎士たちに冷静でいられない何かがあったのだろう。
モリスの指摘を通して見ると、確かに竜騎士たちの動きにはどこか異常な動きがあるように見える。連携を取りながらも、我先にとばかりにドラゴンへ槍をつけていく動きに、焦りのようなものが感じられた。
――トラッドさん、危ない!
戦いを静観していたが、状況は突如一転した。連携の乱れをつかれたことで、二体のドラゴンが竜騎士たちの背後へ回り込むことになり、一気に点滅は赤い色へと変わった。
残りのドラゴンは五体。三体と二体で挟み撃ちする形となったことで、戦況は竜騎士たちの不利となった。
「中道、行くぞ!」
俺の言葉に、中道が剣を抜いて頷いた。トラッドへ参戦を告げるも、応答はなかった。
「モリス、背後の二体を攻撃してくれ」
二体とはいえ、息の合う攻撃で竜騎士たちを撹乱する動きは厄介だった。陣形を立て直そうとトラッドも必死のようだが、そうはさせまいとドラゴンたちも攻撃の手を休めなかった。
「中道、来るぞ!」
予見のスキルに、中道の危機が反応する。単身挑む中道に回避を伝えながら、ドラゴンたちへの距離を一気に詰めた。
「モリス、いける?」
「はい!」
撹乱する二体のドラゴンは、やがて二人の竜騎士に狙いを定めていた。前からくるドラゴンに気をとられている二人の竜騎士は、静かに忍び寄るドラゴンの動きに気づいていなかった。
「モリス、今だ!」
予見をフル稼働させ、狙いを定める。太陽を背に急降下し始めたドラゴンに、モリスは風の術を放った。
――やったか?
幾重に重なったかまいたちが、ドラゴンへ襲いかかる。悲鳴のような咆哮を上げて墜ちていくドラゴン。だが、その数は一体だけだった。
――しまった!
予見のタイミングとモリスに伝えるタイミングが僅かにズレていた。その一瞬の間に、もう一体のドラゴンが風の術をかわして竜騎士に突っ込んでいった。
――間に合うか?
すぐに体勢を立て直し、弓を構えたところで、突然の稲妻が竜騎士に襲いかかるドラゴンに直撃した。
一瞬で黒焦げになって墜ちていくドラゴン。その横には、ガッツポーズを決める中道の姿があった。
ドラゴンの攻撃を免れた竜騎士が、俺と中道に頭を下げる。と同時に、連携を取り戻して残りのドラゴンを地へ叩き落としていった。
「またもや圧勝だったな」
隣に並んだ中道が楽しげに口笛を吹いた。多少の苦戦はあったものの、竜騎士たちに被害はなく完全勝利に終わった。
だが、勝利に酔いしれながら帰還する竜騎士たちの中で、トラッドだけは渋い表情を浮かべていた。
地上に戻ると、待機していた竜騎士たちが暖かく迎え入れ、労いの言葉をかけてくれた。
「中道、生きてたのか」
出陣しなかったカミュールが、中道にわざとらしく笑みを向ける。中道はパブロフの犬のごとく反応すると、鼻の下を伸ばして自慢話を始めた。
「待ってくれ!」
和やかな空気を一変させるような声が、一団の輪から聞こえてきた。目を向けると、先の戦いで連携を崩した竜騎士二人が、トラッドに詰め寄っていた。
「竜騎士に二言はない。他者に命拾いしてもらう奴など、我が兵団に用はない」
ピシャリと冷たい口調で言い放つトラッドには、情けの欠片もなかった。どうやら、先の戦いで俺たちが助けた竜騎士をクビにしているようだった。
「おいおい、あんまりじゃないか?」
トラッドの仕打ちに不快感を露にした中道が、抗議の声を上げる。だが、その声を遮ったのは、涼しい顔をしたカミュールだった。
「よせ、中道。いつものことだ」
「いつものこと?」
カミュールの対応に違和感があった俺は、トラッドの仕打ちについて聞いてみた。
「竜騎士は、ドラゴン相手に命を捨てでも立ち向かうのを最高の誉れとしている。言い換えれば、ドラゴン相手に遅れを取るような奴に、竜騎士を名乗る資格はないってことだ」
カミュールにとっては、二人の竜騎士がクビになることは当然のことらしい。よく見ると、他の竜騎士たちも同情の視線は送っても、トラッドに反論する者はいなかった。
「竜騎士になる条件って知っているか?」
カミュールの説明に対して不満の色を隠せないでいる中道に、カミュールが困ったようにため息をつきながら口を開いた。
「竜騎士になるには、まずは乗りこなす竜を手に入れないといけない。しかも、飼い慣らされた竜ではなく、野生のドラゴンと一騎討ちして手なづける必要がある」
そうして野生のドラゴンを自ら操る竜にできた者が、晴れて竜騎士の仲間になれるという。口でいうのは簡単だが、実際は多くの戦士たちがドラゴンにやられて命を落としているらしい。
「つまり、ここにいる連中はみなドラゴンとの一騎討ちに勝利し、我こそはと竜騎士を目指した者ばかりだ。だからこそ、ドラゴン相手に一歩も引かないことを、最高の誉れとしている」
だから、竜騎士としての誉れにそぐわない奴はクビになって当然ということらしい。
カミュールの説明に半分しか同意できなかったが、トラッドが後ろ手に組んだ拳を震わせているのを見て、妙な納得感を得ることができた。
多分、トラッドも二人の竜騎士をクビにすることを本望とは思っていないのかもしれない。できればそばにいて欲しい反面、竜騎士としての誉れも大切なのだろう。その為に下さなければならい判断は、時に非情で残酷なのかもしれない。
だが、そうすることで竜騎士たちは強さを維持してきた。ドラゴンを手なづける猛者であっても、誉れにそぐわない者は容赦なく切り捨てられる。そんな非情な世界で生き抜く為にも、竜騎士たちにとっては命よりも誉れが大切なのだろう。
「中道、わかってやれよ」
がっくりと肩を落としてテントに消えていった竜騎士を見ながら、中道に弱く呟いた。
「わかってる。これも、この世界ならではと思うことにした」
中道は渋々ながらも、トラッドへの抗議を止めた。その表情には、中道にしては珍しく寂しげな雰囲気があった。




