1-1 佐山勇希の日常
三十年の人生を、ただ意味もなくだらだらと生きてきた。
日陰を好み、唯一の親友以外とは誰とも交わらず、ただ、意味のない日々を生きてきた。
当然、彼女はいない。仕事は窓際でパワハラとクレームに耐える日々。とはいえ、こんな俺でも働けるわけだから、日本はまだ弱者に優しい国かもしれない。
定時を過ぎ、パワハラ残業を乗り越えて駅へと駆け込む。千鳥足の連中をすり抜けて最終電車に飛び乗ると、疲れた体をシートに沈めた。
ぼさぼさの髪を撫でながらネクタイを緩めると、心地よい電車内のクーラーが、熱帯夜で火照った体を癒し始めてくれた。六時間後には同じ電車に乗るかと思うとゾッとするが、この一時だけは何も考えずに浸っていたかった。
一息ついたところで、スマホを確認する。待ち受け画面は、俺の嫁である小雪だ。エプロン姿で見上げる姿はいつ見てもかわいい。昨年のボーナスで買った自分へのご褒美だった。ただのフィギュアと思いつつも、今日まで何度も癒されてきた。
そんな癒しを邪魔するかのように、親友の中道和正からメールが一件届いていた。仕方なく開くと、ヤバいゲームを見つけたから週末明けておけとだけ書いてあった。中道は色んな意味でヤバい奴だから、中道がヤバいということはそれなりに期待できそうだ。
もともと予定などない俺は、了解とだけ返信する。考えたら、最近プライベートでは了解としか言ってないような気がした。
スマホをポケットにねじ込みながら外に目を向ける。車窓からは、闇夜に光る街の灯りが銀河のように見えた。眠らない街とまではいかなくても、この街もまだ眠るにはもう少しかかるだろう。
そんな中途半端なこの街を、俺は案外気に入っている。生まれ故郷を捨て、逃げるようにたどり着いた街。俺には、帰るふるさとも帰りを待ってくれる人もいない。
そんな、意味も価値もない俺の人生。
だから、時々思うことがある。
もし、違う人生を歩んでいたらどうなっていただろうか。
俺にもまともな両親がいたら、違う人生があったのではないだろうか。
そして――。
もし、この世界とは違う未知の世界があるとしたら、ひょっとしたら俺は、違う人生をやり直せるんじゃないだろうか。
ふと現実に返った先には、車窓に映る覇気のない顔があった。見るからにモテなさそうな佐山勇希という自分の顔を見て、俺は小さく笑った。
違う人生などあるわけがなかった。トラックにひかれるアクシデントも勇気もない俺は、これまでも、そしてこれからも、ただ日陰をひっそり生きていくだけだ。
つかの間の癒しが終わり、改札へと小走りで向かう。
入社以来、何一つ変わらない日常が今日もひっそりと終わっていった。




