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3-6 カミュールの背景

 翌朝、浅い眠りから覚めた俺は、周辺警戒に出向く竜騎士たちの姿を見上げながら、一人町中を散歩した。


 昨夜のトラッドの言葉通り、竜騎士たちの暮らしに華やかさはなかった。布切れだけのテントの中で、最低限の暮らしをしていることがよくわかる。黄金の装備がなければ、ただの難民キャンプと間違われてもおかしくはなかった。


 そんな光景を見ながら、昨夜のトラッドの言葉を思い出す。竜騎士たちは、この戦いに有終の美を飾ろうとしている。その為に、探知士としての力を貸して欲しいとトラッドは願っていた。


 だが、俺が力を貸したところで、このままでは全滅は避けられないだろう。だからといって、その事実を伝えたところで竜騎士たちが引き下がるとも思えなかった。


 そうなると、竜王との会話が重要になってくる。竜騎士たちを全滅から救う方法があるのであれば、見つけ出して竜騎士たちの危機を救ってやりたかった。


 日が上がり、すっかり頭が冴えてきたところで、子供たちの声が聞こえてきた。はしゃぐというより何かのかけ声のような声につられ、崩れかかった建物の陰に足を向けた。


「よし、その調子だぞ」


 建物の陰に行くと、十人ほどの小学生くらいの子供たちが目に入ってきた。対面にいるカミュールの声に合わせて、真剣な顔つきで棒を振り回している。どうやら武術の稽古をカミュールがしているようだ。


 鎧を脱いだカミュールは、麻色の簡素な衣服で汗を流していた。こうして見ると、幼い顔つきとは対照的に、女性らしい流線型の体がはっきりとわかる。まだ少女かと思っていたが、意外と大人の雰囲気が感じられた。


「そこの変態、何をじろじろ見ている?」


 戦闘中は決して見せない柔らかい笑みを子供たちに向けていたカミュールが、急に冷たい視線を俺に向けてきた。


「変態って、いきなり失礼だな」

「人の体をエロい目で見ていたくせに、開き直りか?」


 槍を模した長い棒を俺に向け、カミュールがさらに冷えた目で睨んできた。やましいことはないが、図星に近い部分もあった俺は、頭をかいて頬をひきつらせるしかなかった。


「こいつらは、みんな孤児なんだ」


 休憩を告げたカミュールが、俺の隣に並んだ。子供たちに向ける優しい眼差しと、元の美形な顔立ちもあって妙な緊張感が沸き上がってきた。


「戦争で親を失ったり、竜騎士として散った仲間の子供もいる。そいつらを、トラッドは引き取って面倒をみているんだ」


 カミュールによると、竜騎士の集団は全員が家族のような共同体になっているという。仲間が死ねば、その子供は誰かが面倒を見ることになっている。そうすることで、安心して戦地に赴くことができるということらしい。


「私も、トラッドに引き取られたんだ」

「ということは、カミュールのお父さんも竜騎士だった?」

「違う。私の両親は、農耕民族だ。槍はおろか、武器を手にして戦うことはなかった」


 カミュールの目に、僅かな寂しさを匂わせる曇りが見えた。聞けば、カミュールは両親どころか二人の兄も失っていた。


「平和だった日々が、ドラゴンの襲撃で一瞬にして地獄になった」


 固く握られたカミュールの手が震えている。よほどのことがあったのだろう。事実、語ってくれたカミュールの話は、俺の想像を遥かに越えていた。


 平和だった日々に突如訪れたドラゴンの襲撃。 成す術もなく村人たちは、ドラゴンの餌食となった。カミュールの家族もカミュールを助ける為に囮となり、物陰で震えるカミュールの目の前で食い殺されることとなった。


「襲撃の後、逃げ延びた私は討伐に来たトラッドに引き取られ、復讐の為に竜騎士となったってわけだ」


 カミュールの言葉に、戦闘中のカミュールを思い出す。鬼神のような顔つきでドラゴンと対峙していた背景には、カミュールの悲しい過去があったというわけだ。


「トラッドには恩があるからな。ついでに、こうして子供たちに武術を教えているんだ。こいつらも、一歩間違えたら奴隷になってしまうからな」


 そう語るカミュールの眼差しは優しさに満ちていた。孤児となった者の運命は、この世界で生きる者の宿命でもある。それを知っているカミュールならではの、生き抜く力を与えようとする優しさなのだろう。


 一見勇ましく無礼な感じのするカミュールだが、本当は優しい少女なのだろう。もし、カミュールに悲劇が訪れていなかったら、鬼神のような顔つきで戦地に向かうこともなかったかもしれない。


「佐山はどうなんだ?」

「え?」

「家族はどうしてる? 両親はまだ生きているんだろ?」


 カミュールに問われ、亀裂が入るような痛みが胸に走った。俺は、父親の顔を知らずに育った。生きているのか死んでいるかも不明だ。母親も、俺を養護施設に捨てた以来消息不明のままだ。


「俺も――」


 孤児だと告げようとしたところで、間抜けな声を上げて中道が走り寄ってきた。


「佐山、カミュールちゃんと何しているんだ?」


 二日酔いの血走った目で、中道が不快感を露にしてきた。男の嫉妬ほど醜いものはないが、気落ちしている今だけは、中道のピエロぶりがありがたく感じられた。


「実はな、佐山が私をエロい目で見ながら迫ってきたんだ。探知士として手助けするから、私に一晩お相手してくれだって」


 すまし顔でカミュールがとんでもないことを口にする。一瞬で顔が赤くなった中道が、阿修羅のような顔で迫ってきた。


「お、落ち着け中道。カミュールは嘘をついているんだ」

「ユウキさん、そんな人だったんですね」


 突如聞こえてきたモリスの声に、動揺が一気に加速していく。見ると、中道の陰から涙目のモリスが俺を睨んでいた。


「違うって! カミュールが嘘を――」

「借金している分際で偉くなったな、佐山」


 もはや聞く耳持たないオーラで、中道が腰の剣を抜いた。


「モリスちゃん、手加減はいらないから」


 中道のドスの効いた声に、モリスが魔導書を胸に抱えて頷いた。


「佐山、安心しろ。友の情けとしてみねうちにしといてやる」


 剣を振りかざした中道の瞳が怪しく光る。ドラゴンを丸焦げにした稲妻を放つ剣に、みねうちも何もないだろと抗議したが、中道は不敵な笑みを浮かべるだけだった。


「骨は拾いますから。安心して逝ってくださいね」

「ちょっ、モリス誤解だって――」


 不自然な笑みを浮かべたモリスが、白くしなやかな指で魔導書をめくり始めた。


 とたんに発動する危機回避のスキル。レーダーには高速で赤く点滅する二つの点があった。


 ――カミュール、覚えておけよ


 生命の危機を感じた俺は、カミュールを睨みながら脱兎のごとく走り出した。


 そんな俺を見ながら、カミュールは楽しそうに笑い声を上げていた。

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