3-5 宴
完全勝利を祝して、今宵は宴となった。エストール人からのささやかな気遣いだったが、壊滅寸前の町に物質の余裕はなく、質素かつひっそりとした宴となった。
とはいえ、満天の銀河の下、松明の灯りと自然の穏やかな風に包まれた雰囲気は、元の世界では味わえない風情があった。遠い異国の情緒感にしんみりしながら、トラッドに案内されてエストールの王と対面することになった。
宴の中心にいた王は、見た目は五十近い雰囲気だが、強靭な胸を張って俺たちの前に来ると、威厳さを携えたまま深く頭を下げてきた。
王といえど、その姿は他のエストール人と大差はなかった。非常事態だからこそ、着飾ったものを捨てて戦場に出向いているという。王という立場からは想像できないほどの豪胆さに好感を持った俺は、握手を交わしながら頭を下げて応えた。
「探知士様、このような辺境の地に来て下さったこと、一族を代表して改めて感謝します」
酒らしき液体の入った木の器を手に、王が感謝を述べる。続けて運ばれてきた料理は、見たことのない動物の丸焼きやら果物の盛り合わせだった。
「一つ聞きたいのですが、よろしいですか?」
宴が始まり、予想外の美味に中道と驚いていたところで、王が神妙な顔つきで口を開いた。
「探知士様ほどの方なら、他に報酬が高い仕事もあったはずです。にもかかわらず、報酬も安く危険な仕事をどうして引き受けて下さったのですか?」
王の言葉に、微かな疑惑の気配を感じた。この地に来た理由に、ドラゴン退治以外の目的がないか危惧しているようだ。過去に幾多の侵略を受けてきたエストール人ならではの、警戒心の強さが見てとれた。
「実は、家族となった者の中に病気となっている者がいます」
警戒心を抱かれている以上、下手なことは言わずにこれまでのことを赤裸々に告白した。
「奴隷となった孤児を養うだけでなく、病気の治癒方法を求めてこの地に来られたわけですか」
王の言葉から、漂っていた警戒心が薄れていくのを感じた。どうやら俺たちのことを、正式に受け入れてくれたようだ。
「探知士様は変わっておられますな」
「この世界に来てよく言われます」
「ひょっとしたら、そのようなお方だからこそ、伝説ともいわれる探知士になることができたのかもしれませんな」
完全に警戒心を解いた王が、しみじみと頷きを繰り返した。その様子を確認したところで、俺はビアンの病について聞いてみた。
「ビアンの病を治す方法にドラゴンが関係しているようです。何か思いあたることはありませんか?」
俺の問いに、王とトラッドが顔を見合わせた。
「巷では、ドラゴンの血を飲むと不老不死になれるだとか、どんな病も治るという噂はあります。しかし、残念ながらドラゴンにそうした力はないと言わざるをえません」
トラッドが控えめながらも、巷の噂を否定した。竜騎士だからこそ、ドラゴンのことは一番よくわかっているだろう。
「ただ、竜王についてはわかりません。強力な力を持つ竜王なら、何かしらの病を治す力を持っている可能性はあるかもしれません」
トラッドによれば、竜王の死骸は一体だけでも国が一つ買えるくらいの金になるという。事実、竜王の体から取れるものは高額な武器防具となったり、難病を治す薬になったりするらしい。
あまりにもレア過ぎる為、市場に出ることはないから真偽の程は定かではない。しかし、今も国を上げて竜王退治が行われているという話もあることから、あながちデマとは言い切れないのかもしれなかった。
「昔、このエストールにも不治の病が広まったという言い伝えがあります」
王は遠くを見るような眼差しを俺に向け、エストールで発生した不治の病について語りだした。
「様々な治癒の儀式や術が施されましたが、病が治まることはなかったそうです」
「ビアンと同じ症状ですね」
「困り果てた先代は、海王に救いを求め、海王の試練を乗り越えて病を治したという記録がございます」
「海王の試練?」
「詳しくは私も存じておりません。先の戦闘で書庫がやられてしまい、詳しい記録を見ることが叶わなくなっております」
伏し目がちに語る王に、静かな失意が胸を過る。だが、中身はわからないとはいえ、不治の病を治す方法があるという事実がわかっただけでも貴重な手がかりとなった。
「ただ、先代に聞いた話では、海王の試練はこの世界のありかたを問うものだったと記憶しております。ですから、探知士様が竜王に力を求めるのでしたら、何かしらの試練があるのは覚悟なされるのがよろしいかと思います」
王が伏し目がちにトラッドへ視線を移す。その仕草の意味はわからなかったが、竜騎士に気を使うあたり、試練には討伐が絡んでいるのは何となく伝わってきた。
「探知士様、心配はいりません。竜王をねじ伏せて、その力とやらを手に入れてみせましょう」
微かに赤くなった顔で、トラッドが勇ましく告げる。もし、予見が発動していなかったら、トラッドの勇猛さに安心できたかもしれない。
だが、このままでは竜騎士たちが全滅する未来が待っていることを知っている以上、俺はぎこちなく頷くしかなかった。
その後は、味わったことのない食べ物と、竜騎士たちの武勇伝にと、宴は日付が変わるまで盛り上がった。
やがて、宴も一段落となったところで、トラッドが俺の肩に手を置いてきた。
「探知士様、少しよろしいですか?」
酒に酔っていた先刻とは違い、真剣な眼差しのトラッドには有無を言わせない雰囲気があった。
「何でしょうか?」
カミュールと必死に戯れる中道を残し、眠い目を擦るモリスをキャンピングカーに休ませると、俺はトラッドと二人で宴の輪から離れていった。
「探知士様に、お伝えしておくことがあります」
流星群が夜空を彩る中、トラッドは思い詰めた表情で口を開いた。
「実は、第七兵団は近々解散となります」
やけに落ち着いた声だった。だから、最初は聞き間違いかと思ったが、トラッドの揺るぎない瞳が間違いではないと告げていた。
「解散って、なぜです?」
「竜騎士の時代は終わりということです」
ポツリと呟いた言葉に、息苦しくなるような重みがあった。さらに、続けて語った内容には、声を失うほどの衝撃があった。
トラッドによれば、近年目まぐるしいスピードで開発される兵器や強力な術のおかげで、今や戦闘は大量虐殺の時代になっているという。その勢いは、かつて竜騎士でしか手を出せなかったドラゴンを相手にも一歩も引かないもので、一騎討ちを誇る竜騎士の戦い方は、もはや過去の遺産になりつつあるという。
そうした現状となった一因に、異国からの見たこともない兵器が絡んでいると、トラッドが暗い顔をして説明してくれた。空や海を埋め尽くす兵器の数々は、聞く限りでは俺がいた世界から移送されたものと推測できた。
つまり、パラレルステーションがこの世界に移送できるようになったことで、この世界での戦闘のあり方ががらりと変わったようだ。
「見てもわかる通り、竜騎士の暮らしは質素です。かつては人々から英雄視されていた我々も、傲慢さが仇となり、近年は仕事も激減しております」
トラッドの言うとおり、この町にいる竜騎士たちの集団は、見た目以上に質素な暮らしぶりが伺えた。
「恐らく、この戦いが我々にとっては最後となるでしょう」
トラッドの悲壮感溢れる声が、嫌でも胸に突き刺さってきた。
「この話、他の竜騎士たちは知っているんですか?」
「皆には伝えてあります。この戦いが、竜騎士として最後になるということを」
だから、竜騎士として最後の美を飾る為に、竜騎士たちはこの戦いに命をかけているとトラッドは最後に力説した。
トラッドの言葉は、強烈な重荷となった。カミュール相手に酔い潰れた中道を抱えてキャンピングカーに戻ると、俺は一人で夜空を見上げた。
行き場を失った竜騎士たちの最後の決戦。
それが有終の美で終わるのか、全滅という最悪の結果で終わるのか。今の俺のスキルでは、竜騎士たちの行く末を見定めることができなかった。




