3-3 初陣
トラッドの重い言葉に一瞬で緊張感に包まれた俺たちは、案内されたテーブルに腰を下ろした。
「戦況はどんな感じですか?」
テーブルにつき、まずは状況を確認する。だが、軽い口調で切り出した俺の質問に、トラッドは眉間に深いシワを刻んだ。
「良いとは言えません。むしろ、最悪と言っていいでしょう」
苦悶に満ちた表情で語りだしたトラッドによると、状況は思った以上に最悪だった。
突然現れたドラゴンの集団により、壊滅的状況に追い込まれたエストールを救う為に派遣された竜騎士たちだったが、想像以上のドラゴンの数に手を焼かされているという。
「ドラゴンの数に加え、ドラゴンを束ねる竜王の存在が厄介になっています」
トラッドによれば、ただのドラゴンの集団であれば、駆逐するのに問題はないらしい。だが、竜王が相手となると、竜騎士といえども簡単には駆逐できないとのことだった。
「この世界には、数種類の竜王が存在しています。普段は人と関わることなく、それぞれのエリアを守っているのですが、どういうわけか、今回は竜王自ら人のエリアに襲撃してきたということです」
これまで、人と竜王が直接戦うことはなかった。互いのテリトリーに関与しないことで、接触を避けてきたという。まれにテリトリーからはぐれたドラコンが人を襲うことはあっても、竜王自ら襲撃してくるのは皆無ということだった。
「理由はわかっているんですか?」
「わかりません。しかし、東の国で大規模なドラゴン退治が行われたという噂は聞いています」
侵略的戦争が当たり前のこの世界では、領土を巡る戦争は日々激化しているという。次々に開発される新兵器や強力な術により、これまで踏み入れてこなかった領土にも、人は進出するようになっているらしい。
「その結果、竜王が新たな地を求めて移動してきたのでしょうか?」
「かもしれません。だとすれば、竜騎士の存在は必要なくなるかもしれませんね」
自虐的に笑うトラッドに、暗い影が射していく。近代兵器と術によってドラゴンが倒せるのであれば、もはや竜騎士に頼る必要は今後なくなっていくかもしれないと、トラッドは苦しげにぼやいた。
「いずれにしても、派遣された以上はドラゴンを駆逐せねばなりません。その為にも、探知士様の力を借りたいと願います」
ごつごつした手で握手してきたトラッドの手を、俺は複雑な気持ちで握り返した。トラッドの話が真実なら、トラッドは人が行った尻拭いの為に命をかけることになる。
そんな複雑な心境に陥ったところで、一人の騎士が血相を変えて飛び込んできた。
「団長、ドラゴンの襲撃です!」
「数は!」
「先発隊によると、およそ二十の集団とのことです」
「わかった。全騎士に出陣を伝えよ」
トラッドが叫ぶと、騎士は敬礼して踵を返して出て行った。
「探知士様、早速ですが力を貸していただきたい。手頃な竜を用意していますから、自由に使ってください」
兜を抱えたトラッドに指示され、俺たちもすぐさまキャンピングカーに向かう。すでに上空には、多数の竜騎士たちが陣形を作り初めていた。
「佐山、これでトラッドと交信しよう」
キャンピングカーに戻り、武器を装備していた俺に中道がトランシーバーを渡してきた。ワイヤレスのイヤホンマイクを耳につけ、不思議そうにしているモリスの耳にもつけてやった。
「術を使わずにやりとりできるんですね」
無線の感度を確認していた俺に、モリスが目を丸くする。確かに知らない者が使ったら、不思議に思うかもしれない。
飛び立つ竜の群れの中にトラッドを見つけ、簡単に打ち合わせを行う。戦闘は、俺が予見した内容に従ってトラッドが竜騎士たちを操ることとなった。
「中道、竜に乗ったことはあるか?」
用意された竜にモリスと二人で乗ると、剣を抜いて単身竜に乗った中道に声をかけた。
「ねえよ。けど、気分は最高だな!」
竜に乗った途端、勢いよく空に舞い上がったことには驚いたが、上空から見渡す景色に、俺は沸き上がるような興奮を感じた。
どこまでも続く水平線。手を伸ばせば届きそうな太陽と、頬を撫でていく風。全てが初めてのことで、戦闘中だということを忘れそうになった。
――探知士様、状況は?
イヤホンから聞こえてきた声で我に返った俺は、早速スキルを発動して危機探知を開始した。
レーダーに映る点滅は二十弱。だが、その色は黄色のままだった。
不審に思った俺は、さらに予見のスキルを発動させた。途端に、レーダーには五十近くの赤い点滅が別方向から向かってきていた。
その方角に目を向けると、分厚い雲の塊があった。どうやら二十近いドラゴンは囮のようで、雲に隠れて別のドラゴンが挟み撃ちしてくるようだった。
――トラッドさん、罠が仕掛けられているから気をつけてください!
予見の内容を伝えると、陣形の中心にいたトラッドが勇ましく笑うのが見えた。
トラッドの指示で陣形の後方に下がった俺は、単身襲撃を担ったカミュールの支援に勝手に向かった中道の補佐に就いた。
数分後、囮の集団が姿を表した。灰色の翼を広げ、陣形を組むように飛行する姿から、独特の知性と強さがヒリヒリと肌に伝わってきた。
そんなドラゴンの集団に、カミュールが勢いよく突っ込んでいく。あまりにも無謀に見えたが、カミュールの速さは圧倒的で、瞬時にドラゴンの集団は陣形を崩していった。
――中道、左に散った三体に気をつけろ!
バラバラになったドラゴンたちが、一斉に赤い点滅へと変わっていく。中でも、左に散った三体は特に危険な兆候を示していた。
雲の中にいる本体の動きを伝えながら、俺は背にした弓を手に取った。中道一人では手に余ると思い、後方からの攻撃を仕掛けることにした。
だが、そんな俺の心配をよそに、あっさりと三体のドラゴンは青い点滅へと変わっていった。見ると、剣を振り上げた中道が何かを呟いたと同時に、いきなり剣から稲妻が発生し、カミュールを取り囲もうとした三体が黒焦げになって落下していった。
――見たか佐山、これが俺の実力よ
――実力って、課金して手にしたレアアイテムの力だろうが
――馬鹿、課金も実力のうちだろ
そう捨て台詞を残すと、さらに勢いよく中道はドラゴンを黒焦げにし始めた。どうやらカミュールと二人だけでも問題なさそうだった。
とはいえ、カミュールの戦い方に俺は異質なものを感じていた。素早さのなせる技かもしれないが、真正面から戦いを挑む姿には寒気すら感じるものがある。一瞬見えた表情も、鬼神のように怒りで顔を歪ませていた。
――トラッドさん、本体が二手に分かれています。どうやら上下で挟み撃ちしてくるつもりのようです
雲に隠れて見えないが、雲の中ではドラゴンが体勢を整え始めていた。俺の指示を聞いたトラッドは、竜騎士たちを二分割して挟み撃ちに備えだした。
――上の集団が出てきます!
スピードを上げたドラゴンたちが、上下に分かれて雲から姿を現した。そのタイミングを見計らっていた竜騎士たちが、一斉に集団となって襲撃し始めた。
突然のことに、成す術もなく竜騎士たちの槍に沈んでいくドラゴンたち。動きを読まれている以上、ドラゴンに勝ち目はなかった。
――探知士様、一斉攻撃に移ります
やや遅れて下の方から姿を現したドラゴンを見て、トラッドは陣形を大きく変動させながら、迎え撃つ体勢に入っていった。




